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夫は外で働き、妻は家を守るべき?

umiさんのこちらのnoteにインスパイアされて、久しぶりに授業で教えていることを書こうと思いました。

私はSDGsという言葉が誕生する前から世界に存在するGlobal Issuesを授業で扱い、生徒にそれらの問題を主体的に学び、解決策を模索するような授業を実践しています。

「ジェンダー」はその中でも生徒が特に関心の高い分野の一つです。

授業では、まず我々がいかにジェンダー・バイアス(性的偏見)にとらわれているかということ生徒に体感してもらいます。

第1回目の授業の冒頭で、「ジェンダー」というテーマを伝えずに、いきなり下記のクイズを出します。

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」1

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」2

みなさん、答えはわかりましたでしょうか。繰り返しになりますが、「ジェンダー」というテーマは生徒に伝えていない状況での質問です。結果生徒は軽いパニックになります。

「え、お父さんが二人?」
「血のつながった父親と育ての父親(養父)ってこと?」
「あ、同性婚が認められている国の話か」
「事故死したお父さんが外科医に憑依して、自分の死んでいる姿を見て驚いているんじゃない?」

などなどのいろいろな答えが出てきますが、この問題には解答が用意されており、正解はこちらです。

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」3

生徒は皆「あ~」となります。同時に自分たちが「世界的に権威のある脳外科医」という言葉にミスリードされ、この外科医が男性だと思い込んでいたことに気づきます。

これがトリガー・クエスチョン(Trigger Question:生徒の興味関心をかきたてるきっかけになる質問)になります。いかに我々がジェンダー・バイアスに支配されているか。そして、そのバイアスが自分らしく生きることを阻害し、ひいては職業選択などにまで影響を与える可能性があることを知ります。

そして次にこんな調査をオンラインで実施します。

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」4

A、B、それぞれ21問ずつ、計42問に5分くらいで、オンラインでそれぞれの点数を入力してもらいます。(挙手でもいいのですが、やはり周りのことを気にしてしまうので、この手のアンケートはオンラインの方が正確なデータが取れます)

そこで生徒は薄々気づいていくわけです。Aが「女らしさ」、Bが「男らしさ」かと。そして嘆くのです。「あたし女子なのに、Bの方がスコアが高い!」と。(vice versa=逆もしかり、です)

そこで質問。

君たち、この『男らしさ、女らしさ』って本当に必要?

さらに質問します。

女子で、これまでお母さんとかに「あなた、女の子なんだからもっと女らしくしなさい!」と言われたことある人ってどのくらいいる?

ほとんどが手を上げます。

で、どんな気持ちだった?

と聞くと、ほとんどの生徒は

「なんか釈然としなかった」とか「微妙」

とか答えます。

そして男子に

同じく親から「男なんだからびしっとしなさい」とか「男ならめそめそ泣くな」とか言われたことない?

と聞くと、やはり一定数手を上げます。

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」5

そして、どうやら世間ではこんな風に「男らしさ、女らしさ」を定義しているらしいよ、というのを示します。ここでほとんどの生徒は気づきます。男女それぞれにこんなイメージを求め、これらすべてに当てはまる男/女を目指すのは無理ゲーだと(笑)

もちろん各個人がこの「○○らしさ」を求めるのは自由です。ただし、それを他の人に求めるのはいかがでしょう。人の価値観も生き方も多様であるべきはずなのに、我々は知らず知らずのうちに固定概念にとらわれ、「自分らしく」ではなく「男/女らしく」生きてしまっているのではないだろうか。そんなことを問いかけ、考えさせ、話合わせます。

また、この「男/女らしさ」という概念は海外ではどこまで浸透しているのかを検証していきます。

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」6

(日本青少年研究所「高校生の生活と意識に関する調査」2003年調査)

それぞれの国で「○○らしさ」に対する調査を高校生1000人対象に行いました。(2003年と少しデータが古いことは強調します。特に中国はここ20年で目覚ましい変化を遂げていることを意識させます)その結果、男子高校生、女子高校生、それぞれ「○○らしさ」の肯定派(肯定、やや肯定)はどのくらいのパーセントなのか。みなさんわかりますか。

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」7

結構意外な結果じゃないですか?(もちろん今はこれとは違う数字になると思いますが)

この結果を見て、生徒たちには仮説を立てさせます。

例えば、

「アメリカと中国では男女間で意識の差が少ないのは○○だから」
「逆に韓国では男女の意識間で大きなギャップがあるが、それは○○だから」
「どの国でも男らしさの肯定派の方が多いのは○○だから」

などです。

まずはインターネットなどを使わずに自分たちの頭を使って、データを分析していきます。一人では難しいので、グループで意見・情報を交換させます。この時点で生徒たちは結構面白い仮説を立ててきます。中には宗教(キリスト教や儒教など)に注目する生徒や、国家体制(民主主義か社会主義か)などに着目する生徒も出てきます。そこでその仮説を検証するためのリサーチをネットを使って行い、またグループであーだこーだ話し合います。ここで大切にしているのは数字の裏側にある背景を考察すること、仮説を立てる力を身につけること、その仮説を証明する努力をすること、他のメンバーとコラボすることなどです。

ところで、そもそもこの「○○らしさ」って世界共通の認識なのでしょうか。

そこでまた生徒に聞きます。(またオンラインアンケートです)

「意地の悪い」って男らしさ、女らしさ、どっちだと思う?

皆さんどちらだと思いますか?ほとんどの生徒は「女らしさ」と答えます。(女性のみなさんごめんなさい。私の意見ではなく、客観的なデータです笑)

そして、国や文化が違えば、男らしさや女らしさに対する概念が異なることを教えます。

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して8

なんと「意地の悪い」は日本以外の3か国では男らしさを表す言葉なのです!

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」9

そしてよく見ていくとわかるのが、アメリカ女子の逞しさ(笑)

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」10

なので、今日本で「○○らしく」生きて、それを周りに評価されたとしても、もし海外で暮らすようになったら、その「○○らしさ」はあまり価値がないことかもしれない、という身もふたもない話をします。

繰り返しますが、「男らしさ、女らしさ」という考え方が悪いわけではありません。それを他人に押し付けること、そして社会が固定概念で硬直することが問題なのです。

ここまでやって、やっとタイトルのトピックに入ります。

まずこのCMを見せます。

生徒には「週末の夜家族とバラエティー番組でも見ていて、その間にCMを見ているという想定」で頭を空っぽにして見なさい、と指示します。(まぁそんなの無理なんですが・・・)

もし上記のシチュエーションでこのCMを見たら、ほとんどの生徒は「あー、幸せそうな家族だなぁ」「寺田心くんかわいいなぁ」としか思わないはずです。

ただ、「ジェンダー」という文脈でこのCMを見ると、

「なぜお母さんが全部家事と育児をやらねばならないのか」
(女子から)「ていうか無理!」
「お父さん出てこなかったんじゃね?」

という意見が噴出します。

中には

「確かにお母さん大変だけど、これが『普通』だから仕方ないと思う」

なんて意見も出てきます。

そしてクエスチョン。

「その『普通』はほんとに正しいか?」

「『普通』や『当たり前』を疑え」といつも指導をしているので、生徒たちは立ち止まって考えます。

そして結論として

「このCMやばい」

となります。

実際にこのCMは炎上しました。本来は「お母さん、いつも家事や育児を頑張ってくれてありがとう!」という世の母親たちをたたえる意図があったと思うのですが、「なぜ母親にすべての家事育児を押し付けるのだ!?」という強い逆風が吹き、放送中止になりました。

上に載せた動画は60秒版のCMなのですが、お茶の間に流れたのは30秒版で、そちらにはお父さんは1回しか登場しません。(13秒当たり。しかも子どもたちが朝食を食べ、妻が洗濯物を干している中、一人パソコンしてます)

60秒版では18秒あたりに父親も子どもたちの着替えを手伝っているシーンがあるのですが、これは30秒版ではカットされています。30秒版にこのシーンが入っていたら、もしかしたら炎上しなかったかもしれません。

いずれせよ、両親が共働きであるにもかかわらず、母親がすべての家事育児をこなすワンオペ状態であることを考えさせるいい題材だと思い、毎年この動画を見せています。

そして、このCMと関連して、日本では昔から「夫は外で働き、妻は家を守るべき」という固定概念があります。この考え方は欧米に比べて非常に顕著ですが、今の高校生たちはどのように考えているのでしょうか。あるクラスの調査結果です。

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」11

「反対」と「どちらかと言えば反対」を合わせると57%が反対派でした。

では、日本国民はどう考えているのか。

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」12

出典:内閣府男女共同参画白書(2016年)

生徒は賛成派が40%もいることに驚きます。そして男女別で言うと、やはり男性のなかにまだ根強く残っているのですが、女性も40%が賛成しているという事実は見過ごせないと思います。

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」13

また、年代別だと当然高齢になればなるほど賛成派が多いというのは納得できると思うのですが、男性のデータを見ると、70代、60代、50代と賛成派が減っているのに、40代は賛成派が60代とほぼ変わらないという謎が生じます。

ここでまた生徒たちには仮説を立て、その仮説を検証させます。

第1回「ジェンダーフリー社会を目指して」14

こちらのデータも興味深いです。1982年から経年比較をしたときに、当然このステレオタイプな考え方は変わっていきます。社会が成熟すれば、男女平等が当然のこととして受け入れらるはずなので、何ら不思議ではないのですが、なんと2009年と2012年の間で賛成派と反対派の数字が逆転します。(そして2016年にはまた元に戻ります)

これはいったいなぜか?答えは簡単ですね。東日本大震災です。未曽有の大惨事が国民全体の価値観を変え、そして数年後には価値観が元に戻るというは興味深い結果です。

このように様々なデータを扱いながら、自分たちが親になったときに自分はどうしていたいか、そして社会としてどうあるべきかということを全員に考えさせます。

ここまでで、私の「ジェンダー」の授業の半分といったところです。この後「ジェンダーギャップ指数」から日本と他国(北欧やルワンダなど)の文化比較を行い、目も当てられないような日本のジェンダーを取り巻く状況を考えていきます。

また、関連して性差別を扱っていきます。女性差別を中心に扱いますが、男性差別も掘り下げていきます。

そして最後に性的少数者(LGBTQ+)をテーマにし、彼らを様々な側面から見ていきます。2015年の電通の調査では7%(13人に1人)が性的少数者であるという結果が出ており(最新の調査では3%という結果も出ています)、クラスに数人そのような人がいるという想定で話し合いをさせます。(欧米では平均して4~7%という調査結果が出ています)

いろいろな文献や動画を使い、LGBTQ+の方々のリアルな声を彼らに届け、彼らが住みやすい社会を作るための施策を考案させます。

また、グループで「ジェンダーギャップ指数のランキングを向上させるために日本がやらなければいけないこと」というテーマでプレゼンをさせたりもします。

大変長くなってしまいましたが、私の「ジェンダー」の授業について書かせていただきました。過去にも自分の授業についていくつか書いているので、ご興味のある方はこちらをご覧ください。

最後までお読みいただきありがとうございました。