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小を選択する時代:The Rise of Small(2)

「小」を選択するということ

「個」の時代は、「小」を選択できる時代である。「組織」の時代では規模の大きさで序列が決まり、「小」であることは弱さの象徴であった。しかし、「個」の時代にあっては、規模の大小は戦略的な選択肢に過ぎない。「大」ではなく、戦略的に「小」を選択することも有効な方法になりうるのである。

「個」の時代とは、「個」の立場で考える時代である。

例えば、1000人の事業規模で10億円の利益を上げる企業と、5人で500万円を稼ぐ企業とは、「個」の立場からは対等なのである。一人あたりの利益は、どちらも100万円である。「組織」の時代の論理で見れば、前者が有利かもしれない。しかし、「個」の立場からは、自分のやりたいこと、生活上の優先順位、事業の目的に即して、あえて後者を選ぶことも有効な選択肢である。

さらに現実を見れば、前者のような企業では、利益の大部分を一部の経営者と株主が独占し、従業員との大きな格差があることも少なくない。後者が小規模でも平等に利益配分をするのなら、「小」を選ぶのも十分に理にかなっている。

もちろん「組織」の時代の寵児であった銀行員はそうは見ない。銀行の与信判断は、多少利益率が低くとも、基本的には規模を重視する。資本額、資産規模、売上高、従業員数など、数字が大きい方が安定していると判断する。数字の大きさは、事業が成功した証であると評価する。手間がかかる小口取引より、大口取引を好むバイアスもかかっている。

しかし、「個」の時代では一人当たりの利益率とその配分のあり方を、更には事業目的や事業の社会的なインパクトなどを重視する。資金調達や運用にしても、「小」への金融サービスが多様化し、選択可能なオプションが格段に増えている。銀行に断られたら、あとは消費者ローンのような高利貸しに頼るほかない時代は過去のものである。キャッシュレスも含め、新しい資金決済手段の普及は、小規模事業者のキャッシュフロー改善に役立っている。

小さくては不測の事態への対応が難しい。コロナ感染拡大のようなことがあると、企業活動を維持することが困難である、という見方もある。確かに企業という「組織」の立場からはそうかもしれないが、「個」の立場からすれば、景況に合わせて非正規労働者などの人件費が調整されているだけで、企業の規模が大きいからといって、自分が安泰とは限らない。調整といっても、簡単ではない。これだけ変化が激しい社会にあって、規模が大きいことは法人といえどもリスクでもある。

事業を軌道に乗せ、継続し続けることは、規模の大小に関係なく至難の業である。事業に失敗した場合には、無理に支援するのではなく、再起できる環境を整える方がよほど大事である。たとえ失敗しても、何度も再起できる社会的なコンセンサスと具体的な仕組みが、「個」の時代のダイナミックなイノベーション創出には重要である。

「個」の時代を生み出した背景

「個」の時代にあって、「小」を選ぶことが有効な選択肢のひとつとなった背景には、主に以下の3つの要因が挙げられると考える。

情報技術革新とデジタル化

第一に、情報通信技術の革新によって、コミュニケーションや事務処理にかかるコストが格段に下がったことだ。

「組織」の時代には、コミュニケーションを円滑にするために膨大なコストを掛けていた。例えば、筆者が銀行員だった頃、本支店間の文書のやりとりは銀行内の「交換便」というもので行われ、その配送だけでも相当の人数と手間が必要であった。アメリカのドラマなどで、スタッフがカートでオフィス中を周り、書類をあちこちに配る様子を見たことがあるだろう。

顧客に何かを知らせるには個別に電話した。5人を集めて会議をするには、5回の電話が必要であった。人数が多いと連絡網があり、順番に要件を伝えるという方法もとられた。伝言ゲームになるので、最後の人が最初の人に電話をかけて終了となる。

書類のやりとりはFAXか、そうでなければ郵送やバイク便を利用していた。遠距離通信や海外とのやりとりはコストが高く、個人や小規模事業者の負担できるものではなかった。広範囲のコミュニケーションは、贅沢なものであった。

ところが、今や地球の裏側にいる人であっても、ほとんどコストをかけずにコミュニケーションできる。しかも、同時に多数に向けて、同じメッセージを配信することができる。しかも人数に制限はない。こうしたコミュニケーションは、いつでもどこでもできる上、ほとんどコストがかからない。

デジタル化とクラウドサービスは、あらゆる業務管理や事務処理を楽にしてくれた。顧客管理、見積書や請求書の発行、経理処理、会計処理、各種印刷など。これから更にサービスの種類が広がり、質も改善し、費用も安くなると考えられるが、今でも相当の固定費を節約できている。「個」は、コスト面で圧倒的な競争力(コストアドバンテージ)を持つに至ったのである。

ボーダーレスに連携できる環境

第二に、上記の帰結であるが、ボーダーレスな連携が可能/容易になり、モノもコトもシェアしながら事業を展開できることである。

筆者は、特にこの点を重視している。必要な時に最適な人やグループと組み、必要なモノやコトをシェアできることは、非常にダイナミックなビジネス展開を可能にする。内部に人材を揃え、組織を抱える必要がなくなる。これはいわゆる「外注」ということではなく、純粋なパートナーシップとして事業を構築できる点に可能性が秘められている。

本連載ブログの中盤には、スタートアップのビジネスを取り上げるが、これはコストを下げる面だけではなく、イノベーションを起こすアプローチを変えている。不可能だと思われていたアイデアでさえ、実験的に取り組むことができるのだ。

ファイナンスと物流のイノベーション

第三に、ファイナンスと物流のイノベーションが、格段にビジネスを小規模で行うことの後押しをしている。

売れたからといってお金が入ってくる訳でも、モノが届く訳でもないのである。店頭での現金売買ならいざ知らず、遠隔地との資金やモノのやりとりは、非常にコストがかかり、リスクもあった。資金回収は小規模事業者には大きな負担となるので、信用状況の判断がつかない先や個人との取引は避けるのが通例であった。

クレジットカードやオンライン決済が普及したことは、資金回収のリスクを下げ、宅配を含めた輸送サービスは、モノのやりとりを格段に安心できるものに変えた。経理事務や配送事務の負担も大きく下がり、一人でもある程度の取引量をこなせるようになった。

「組織」の時代の影が色濃い日本にいてはあまり気づかないのだが、世界のビジネスは上記の利点を活かしたビジネスが大きな隆盛を迎えている。まさに、The Rise of Small(小さきものの台頭)が現実化しているのだ。

「個」の時代のリスク

もちろん、「個」の時代が全て薔薇色ということではない。むしろ、新しいリスクや危険も生まれている。コミュニケーションの容易さは、悪意の入り込む余地を大幅に増やしている。誰へでもアプローチできる一方、誰からもアプローチされる。選択肢が多い分、相手を間違えるリスクも高まっているのである。

「小」を選択できるが、事業の適正規模を判断することは容易ではない。特に事業の成長ステージで小規模を維持するのか、拡張するのか、個別に難しい判断を要する。

様々な局面で自由度は増すが、自由であることには不安もつきまとう。寄らば大樹の陰という考えも捨てがたい。選択肢があるということは、判断が求められるということでもある。

新しい時代の「ものづくりエコシステム」とは、こうした理解の上に、創造力のある人たちが、自由自在に活躍できる環境を構築する取り組みである。

新たな挑戦を促し、内外の必要なリソースにはアクセスしやすくし、失敗しても再起できる仕組みや方法論をエコシステム内でつくる取り組みである。「個」の時代のアドバンテージを最大限に活かしながら、表裏一体となっているリスクや危険をコントロールする環境や仕組みが必要である。

新しい取り組み

このビジョンを具体的に押し進めるため、2022年7月より東京都足立区と共に「スタートアップのためのモノづくりアクセラレータープログラム(A-MAP)」を開始する。足立区の産業振興にかかる事業である。短く、小さな取り組みではあるが、TOKYO町工場HUBのこれまでの学びを土台に、産官学に金融を絡め、スタートアップ支援のための新しいエコシステム構築につなげたい。ローカルでありながら、グローバルにつながる動きを展開する。

関心のある方は、こちらをご参照。

https://tokyo-fabhub.com/education/a-map-2022/


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