現代「モノづくり」考(3):3つの原動力
「モノづくり」は「希望」と繋がっている
人間にとって、「モノづくり」は常に「希望」と結びついていた。日々の暮らしを便利にするため、家族の生活を豊かにするため、企業の成長のため、国や地域の発展のため、社会のインフラを支えるため、子供達により良い未来を残すため。そうした「希望」をもって私たちは、太古の昔よりものづくりに勤しんできた。
現代の「モノづくり」は、現代の「希望」に繋がるものでなくてはいけない。希望は、困難や苦痛と表裏一体である。私たちが希望を語る時、それは私たちの困難や苦痛、未来に予測される問題や災難と向き合うことでもある。現代の「モノづくり」は、新しい足場に立ち、暮らしや生活、社会の課題を直視するところから始まる。
現代の「モノづくり」について考えることは、現代の「希望」について考えることである。私たちは、すでに大量に安く作ることを単純には「希望」とは信じることができなくなっている。空前絶後の生産能力を持つ私たち人間は、その能力を発揮するには対価が必要であることを身をもって知った。わたくしたちは、その経験から学んだ知恵を踏まえて、現代の「希望」を語らなくてはいけない。
私たちが求めるのは、暮らしや生活の豊かさ、幸せの向上、持続可能な地球環境、多様性を持つインクルーシブな社会である。自由と公正があり、平和な社会である。弱者には支援を提供し、困った時には助けを求められる世の中である。
現代の「モノづくり」は、上記の人々の切なる求めに寄り添って、「モノ」を通じた有効な解決を見出し、それを適用しなくてはいけない。
3つの原動力
創造力、技術力、応用力
「希望」とつながり、価値創造を志向する現代の「モノづくり」は、どのようなダイナニズム、原動力で生み出され、発展・普及していくのであろうか。
「モノづくり=製造業」の時代においては、「技術力」が原動力であった。早く走りたい、空を飛びたい、快適な衣食住を求めたい。人々の「希望」を満たしたのは、科学の進歩であり、技術の発展であった。
ここでいう「技術力 Science, technology, and productivity)」とは、基礎科学の研究から生産技術に至るまでの科学技術に加え、それを社会に製品として生み出す生産手段やシステム、さらには組織やそのマネジメント手法、その実践の知識や経験を含む。こうした諸要素の有機的で高度な結び付きによる「技術力」は、近代以降の社会経済の発展に大きな貢献をした。
「モノづくり」のため、人々は資本を集め、設備を調達し、労働者を雇い、組織やシステムを構築し、「技術力」を最大限に生かした。「技術力」をグローバルに普及・発展させ、世界に大きな成果をもたらした。その結果、先進国は「豊か」になり、今も発展途上国が同じ道を進んでいる。
しかし、「モノづくり」の主体が転換し、新たな価値創造の期待が寄せられている現代においては、「技術力」だけに頼って「モノづくり」を起動させることはできない。現代の「モノづくり」を動かすには、「技術力」に加え、「創造力 Creativity」と「応用力 Applicability」が必要となっている。
3つの原動力の意義
創造力と応用力は、今も昔も「技術力」の大事な要素としてある。新しい物を開発する行為は創造力を要する。出来上がった製品を、多種多様な用途に適用するには、応用力が必要である。それぞれ「技術力」の核心にあった。では、なぜあえて「創造力」と「応用力」を「モノづくり」の原動力として取り上げ、「技術力」と分けてクローズアップするのか。
それは、現代の「モノづくり」は、「価値創造」の総合的な取り組みだからである。社会の課題解決や人々に豊かさと幸せをもたらすため、多様なステークホルダーが協働して働きかける活動であり、より広範囲の人々が「モノづくり」に関わるからである。
「モノづくり」は、物を製造することから、モノをプロデュースする取り組みに変化している。課題を捉え、その解決を考える「創造力」は、その活動の核心にある。また、地球環境の保護、限られた資源の有効活用、社会の多様性やアクセシビリティへのニーズの高まりなどを受けて、「モノ」をいかに適用し、応用するかを方向づける「応用力」は、重要な「モノづくり」の原動力になっている。
もはや、「技術力」だけでは、「モノづくり」は完結しなくなっている。新たな時代の「創造力」と「応用力」と組み合わせて、新しいイノベーションを起こすことが求められている。3つの原動力は、それぞれが起点となって「モノづくり」を起動できる。しかも独立しては働かず、3つが一体となって初めて「モノづくり」が展開される。
創造力は、課題に向き合う
「創造力」については、次回に詳しく語りたい。ここでは簡単に、以下の3つの諸要素に分解できるものと紹介するに留める。すなわち、第一に、課題を発見する力。第二に、問いかける力。第三に、仮説を描く力である。
これらの力は、技術の創造と設計において欠かせない力である。同様に、様々な社会課題を解決する上でも需要な要素でもある。特定の課題に向き合い、その問題の本質を掘り下げ、実現可能で有効な解決方法を見出し、具体的な仮説を描く力は、「モノづくり」の重要な原動力となる。
「創造力」は、天才的な科学者や、独創的なデザイナー、高度の技を持つ職人のものだけではない。それは、あらゆる社会の課題や、暮らしや生活上の困難や痛み、地球環境や気候変動に関わる危機に向き合う全ての人に備わる力なのである。
「創造力」を持つあらゆる人が、「モノづくり」の原動力になりうる。
応用力は、未来を志向する
では、「応用力」あるいは「適用力」とは何か?これは「モノ」の活用と処分のあり方を考え、実行する力である。限りある資源を有効活用し、いかに小さな力で、最大限のインパクトを生み出すか。どのように「モノ」の使用と処分のサイクルを最適化するか。これらの回答を模索する力が「応用力」である。
技術革新とその普及を通じて、わたくしたちは無数の手段・方法を手にしている。それをいかに有効に組み合わせていくかが、「応用力」である。
例えば、東アフリカのルワンダでドローンを使った血液輸送サービスを行っている医療系スタートアップのZipline。
ルワンダは、「千の丘の国」と呼ばれるほど、起伏が激しく、都市以外の交通網も未整備なところも多い。緊急時に輸血をしようにも、病院に血液をタイムリーに届けることができなかった。これを解決する方法として、ドローンを活用した配送センターサービスを2016年に開始した。詳しくは、こちらの記事をご参照。
https://wired.jp/2020/06/03/drones-flight-carry-covid-tests-labs-africa/
ここには「創造力」と「応用力」の理想的な組み合わせがある。カスタマイズされたドローンやそれを制御する設備、血液輸送に伴う多種多様な機器など「技術力」の統合がここにある。その結果、以前であれば救うことのできなかった命を助けることができるようになった。
また、現代の「モノづくり」においては、物をつくれば「おしまい」とはならない。その使用と共に、その処分について考えることも「モノづくり」の一部である。世界ではあらゆる「モノ」について、持続可能な地球環境を念頭においた「処分」の方法が模索されている。
例えば、素材のもたらす環境負荷について高い感度を持つ人たちが増えてきている。海洋プラスチック、不法投棄、土壌汚染などは、大きな社会問題である。
その対策として、生分解性の低いプラスチックやシリコンから植物性樹脂などの生分解性の高い素材に転換する取り組みが、様々な分野やレベルで加速している。紙ストローへの転換が話題になったが、家電製品、建築資材、アパレルや化粧品など様々な分野に広がっている。
「応用力」は、それ自体がイノベーションになる。
3つの原動力が価値を創造する
この3つの原動力をひとつの工場で全て抱える必要は全くない。むしろ、そのようにひとつのところで完結できないところに、現代の「モノづくり」の特徴がある。それぞれの原動力を動かす多種多様なステークホルダーが、直接または間接的につながり、総合的に働きかける活動が現代の「モノづくり」である。
「技術力」だけを切り取って「モノづくり」とはいえないように、「創造力」も「応用力」も独立しては成り立たない。それぞれが、独立して「モノづくり」を動かす原動力であり、起点ともなりうるが、3つの力が合わさり、一体として働くことで「モノづくり」が成立する。
現代においては「技術力」の中核にある「製造力」は細分化され、モジュール化している。一方、「個」の時代に入り、私たちはグローバルにつながり、新しい協働を自由自在に構築していける環境にある。現代の「モノづくり」は、バラバラに存在する諸要素をボーダーレスに組み合わせ、この時代にふさわしい「価値創造」を実現する取り組みである。
ここにおいて、現代の「モノづくり」は「希望」につながる。未来の豊かさや幸せ、持続可能な地球環境や社会経済の実現に直結する。現代の「モノづくり」は、3つの原動力を回転させ、個人が、企業が、大学が、地域が、社会がそれぞれの役割を果たし、力を合わせて「希望」を実現するダイナミックな取り組みなのである。
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