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日本一の銭湯の町、日本一のメガネの町


公衆浴場、いわゆる「町の銭湯」。

スーパー銭湯はレジャー施設として人気を誇っていますが、町の銭湯はより日常生活に密着した存在として、多くの人から愛されています。

私の家にはお風呂がありますが、休日は必ず銭湯に行きます。
年間で120回以上は銭湯に行っている計算になりますね。
たっぷりのお湯をふんだんに使えて、大きな湯船で手足を伸ばせる。自宅のお風呂ではできない、最高のぜいたくです。
銭湯はどのお店もそれなりに個性や持ち味があり、私にもいくつかお気に入りの銭湯があります。
行く先はその時々によってまちまちです。今日は豊中市の五色湯、明日は住吉区の錦温泉…というふうに。銭湯に行くことが軽いドライブも兼ねています。

ところで、日本国内で銭湯の数が一番多い町はどこか、ご存じでしょうか。

厚生労働省の「衛生行政報告例」2019年度版という統計調査では、「町の銭湯」が「私営・一般・公衆浴場」としてカテゴリされています。
この調査結果を見ると、日本国内で銭湯の数が一番多い政令指定都市は大阪市でした。
数にすると267軒。
大阪市の人口が約270万人として、人口10万人あたりの銭湯の数は9.88軒になります。
2番目は京都市で、人口10万人あたり9.86軒。大阪市とほとんど差がありません。

これが名古屋市になると人口10万人あたり2.79軒。
川崎市で2.38軒。
横浜市では1.6軒。

ちなみに東京都でも人口10万人あたりでは3.73軒です。

大阪市と京都市は、日本国内でダントツの銭湯の町と言ってよいでしょう。

では、1位の大阪市の中で一番銭湯が多いのは、どの区でしょう?

それは生野区。
2021年6月時点で30軒以上の銭湯が営業しています。
大阪市の24区の中で、すべての銭湯のうち13%が生野区に集中しているのです。
生野区の人口は約12万8千人なので、人口10万人あたりの数では、38.4軒ということになります。
大阪市内の人口10万人あたりの銭湯の数が9.88軒だったので、生野区の銭湯の数が突出していることがわかるでしょう。

大阪市生野区は、日本一の銭湯の町なのです。

町の銭湯の屋号には「~湯」とつくものが一般的ですが、大阪の銭湯の屋号には「~温泉」とつくものが多いのです。これは他の地域の方にはあまりなじみがないかもしれません。
「温泉」と名乗ってはいますが、たいていは本来の意味の「温泉」ではありません。
なぜ大阪では、銭湯の屋号に「温泉」とつけるのが主流になったのか。そのへんの事情はわかりません。なにか大阪ならではのご愛嬌からきた伝統なのでしょうか。

銭湯激戦区である生野区にも、「温泉」を名乗る銭湯がたくさんあります。
しかし、その一方で、「出世湯」「天竜湯」「橘湯」など、「~湯」系の屋号を名乗っているお店も多いのです。
生野区以外の大阪市では「~湯」系の屋号は珍しいくらいなので、これにもなにか地域特有の事情があるのかもしれませんね。

生野区にある銭湯の屋号をながめていると、ひときわ異彩を放つ名前が目に飛び込んできます。
「めがね温泉」というお店です。

「めがね温泉」。

「めがね温泉」です。

なぜ、銭湯の屋号に「めがね」なのでしょう。経営者の方がメガネをかけていたからでしょうか。

「めがね温泉」を中心に半径500メートルくらいの範囲を見ると、さすが銭湯激戦区。このエリアだけでも、「新田島温泉」「栄湯」「中島温泉」「加賀温泉」などの銭湯があります。これらの銭湯の屋号を見ると、所在地の地名や、縁起のよさそうな語、経営者のお名前か出身地かなと思わせるものなど、ストレートなネーミングのものばかりです。
少し離れたところには、「歌舞伎温泉」という銭湯もあります。
「歌舞伎温泉」もなかなかフックのあるユニークな屋号です。しかしそれでも、「めがね温泉」のインパクトにはわずかにおよびません。

この「めがね温泉」、月に2~3回は行く、私のお気に入りの銭湯のひとつです。
それにしても、経営者の方はどんな理由で、こんな一見珍奇にも見える屋号を選んだのでしょう。

じつは、この「めがね温泉」がある生野区田島は、かつてメガネ用レンズの生産量で日本一を誇る町だったのです。

みなさん、「メガネの町」といえば、福井県鯖江市を思い浮かべるのでないでしょうか。
事実、鯖江市は日本のメガネ生産量の90%以上を占めています。
チタン製メガネフレームを世に広めるなど、世界的にも有名なメガネ生産地といっていいでしょう。
しかし、鯖江市が「メガネの町」として認知されるずっと以前に、大阪市に「メガネの町」が存在していたのです。

大阪市生野区田島は、日本のレンズ製造発祥の地。かつては日本一のレンズ産地でした。

1831年(天保2年)、田島村の農家に生まれた石田太次郎は、幼少期のけがのために足が不自由でした。家業を手伝うことができない太次郎は、丹波国(兵庫県)に赴いて、そこでメガネの製造技術を学んだとのことです。
1857年(安政4年)に田島村に帰ってきた太次郎は、村の人々にもメガネ製造の技術を教え、レンズの製造を始めたそうです。農閑期の副業として、レンズ生産は田島村の農民をおおいに助けました。
大正期には田島村のメガネレンズ製造は大きく発展し、日本一の生産地となりました。田島産のレンズは海外にも輸出され、大変景気が良かったそうです。

「ベンガラ」という顔料をご存じでしょうか。
鉱物から採れる赤い色の塗料です。
岡山県高梁市の「吹屋」は、ベンガラを多用した赤い色合いの町並みで有名ですね。
ガラスを研磨してレンズを製造するために、当時はベンガラが研磨剤として使われていました。
レンズ生産が最盛期の田島村には200ものレンズメーカーがあり、工場から流れ出る研磨剤のベンガラの色で、村の道路は真っ赤に染まったと言い伝えられています。

「めがね温泉」という屋号には、「日本一のメガネの町」という地元への愛と誇りが込められていたのでしょう。
「日本一の銭湯の町」は、「日本一のメガネの町」でもあったのです。

しかし、プラスチック製レンズの登場などのさまざまな要因から、田島のレンズ生産は徐々に衰退していきました。
この町がかつて「日本一のメガネの町」であったことを知らない人も多いかと思います。

それでも、生野区田島には、いくつかのメガネレンズメーカーが今も健在です。
そのうちのひとつである「タレックス」社は、独特の技術で開発した個性的なサングラスを販売するメガネ店を経営しています。
このメガネ店がユニークで、同じ空間におしゃれなカフェを併設しているのです。
味も雰囲気もハイレベルで、いつ行っても行列が途切れない人気のお店です。

その名も「TAJIMA COFFEE(タジマコーヒー)」。

田島の地名に誇りをもって屋号に入れるという、その心意気が素敵ではないですか。

土日のモーニングタイムに行く機会があったら、ぜひオムレツやクロックムッシュを試してください。
午後の時間帯なら、「めがね温泉」で汗を流してから「タジマコーヒー」でケーキセットをいただく、というコースがおすすめですよ。


めがね温泉
http://e-sento.com/megane-onsen/

TAJIMA COFFEE(タジマコーヒー)
https://talex.co.jp/tajimacoffee/

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