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焼きそばパン

あの味は今でも忘れない

好きだったものが嫌いなものになる瞬間がある。小さい頃にあんなに好きだった焼きそばパンも、今では大嫌いだ。

焼きそばパンと言っても私がここで指すのは食パンに焼きそばを挟んだだけの粗末な焼きそばパンだ。

炭水化物に炭水化物を挟んだだけの、何とも貧乏くさい食べ物…やれやれ一体誰があんなものを考えたのやら。

けれども、美味いのだ。うん、確かに美味いのだ。

少なくとも私は焼きそばパンが大好きであった。

家に金が無かったあの幼少期、食べ盛りの私の腹を確実に満たしてくれるあの焼きそばパンを、私は大好きだったのだ。

幼きガキのジレンマ

家は貧しかった。

こういうことを書くと「もっと貧しい人がいるぞ」とか「私の家はもっと金が無かったぞ」と不幸自慢をする輩が出てくるが、それでも私の家は貧しかった。

親の手取り18万で家族4人暮らし。食べ盛りの息子二人に職を失った父親。母親は必死に働き、それでも安月給だ。家族旅行などとは心底無縁で、食卓には毎日安いもやし炒めが並ぶ。

家族4人だけの井の中の蛙なら私は幸せであった。両親は優しく、友人にも恵まれ、こんな金のない家に生まれた私を好きだと言ってくれる子もいたからだ。

だが…格差を感じるのは学校生活だ。ある友達はゲームを買ってもらったと言い、ある友達は旅行に行ったと自慢する。学校を休んで家族でディズニーランドに行く奴もいた。

不思議にも私はそんな家庭を羨ましいとは思わなかった。小学生ながらにして随分大人な性格だったのか、我が家には金がないと割り切り、両親にはなるべく金のかからないお願いをしたものだった。

自分の家に金がなくても、遊ぶことはできる。友達と公園でサッカーをし、好きな子と公園で散歩し…私の遊び場は公園が主だった。

しかし、年が上がるにつれて皆金を使い始めた。駅近くのゲームセンター、イオン、映画館などマセガキ達は休日に男女で遊ぶ約束をしていたのだ。

当時の私には子供達だけでそういう場所に行くなど未知であった。

当然そんな中に私が入れるわけもなく、誘われても断るしかなかった。断る数が増えていけば、誘われる回数は減っていく。

いつしか私はクラスの中で「遊びに行かない真面目キャラ」として認定されていた。

私自身もそれを言い訳として使っていた。「勉強しなきゃだから行けないわ、ごめん!」と笑顔で言えば、相手も「まあ〇〇は真面目だからな〜」と見逃してくれる。ある意味この真面目キャラは好都合だったのかもしれない。

幸せな家庭に生まれながらも周りとの経済的格差を感じずにはいられない、しかも小中のガキ一人では金を稼ぐ手段もなく、非常にもどかしい時代であった。

この檻の向こう側

今でも鮮明に覚えているのは父親と花火を見に行った日の出来事だ。

その日の学校で、友人達は花火大会に行こうと約束し合っていた。お小遣いをもらって、男子6人ほどで行くのだそうだ。

クラスの可愛い女の子達も行くそうで、その男子達と現地で落ち合うのだという。小学生にとっては午後6、7時の花火など、大人が深夜に見る夜景と同じぐらいロマンチックであるから何とも羨ましいものである。

そんな自分には無縁の話を横目に一日が過ぎ、私は帰宅した。

いつも通り、夕飯に安いもやし炒めと焼いただけの鶏の胸肉を食べ終わると父親が「花火でも見にいくか」と提案してきた。

私は嬉しくなって「行こう行こう」と準備を始めた。

父はにっこりと笑って立ち上がり、私が準備をしている傍ら、台所で何やら作り始めた。それは「焼きそば」であった。

二人で車に乗って最初に向かった先はスーパーであった。半額の8枚切り食パンと、30円の缶コーヒー2本を持ってレジに向かう父の姿を見て、お菓子を買って欲しかった私はその言葉をグッと抑え込んだ。

買い物が終わると「よし、行こうか」とエンジンをかけて花火大会が行われる公園まで向かった。

駐車場に到着すると父はタッパーに詰めた具なし焼きそばと、先ほど買った半額の8枚切り食パンを取り出した。

「安くても十分美味いだろ?お腹いっぱいになるし」

ニッコリと笑って食べる父の横で、私は精一杯の笑顔を作って「うん、こういうのも悪くないね。」と返答した。

駐車場で車に乗ったまま私たちは焼きそばパンを食べて花火を待った。車内からも綺麗な花火を見ることができて、父は何だか満足そうだった。

フロントガラス越しに見える煌びやかな光達。奥には広場で遊ぶ人々と美味しそうな屋台が立ち並んでいた。

不意に喉を通らなくなった焼きそばパンを片手に、私はガラスの奥を見続けた。なるべく花火を見ているようなそぶりを見せて。

「もう食べないのか?」

「うん、夕飯も食べたから流石にお腹いっぱいだよ(笑)」

「じゃあ、花火も見れたし、帰ろうか」

今頃私の友人達は、外の世界で楽しんでいるのだろうか。何も気にせず屋台を周り、食べたいものを食べ、気になる子と花火を見て。

その日の花火は今でもよく覚えていない。しかし、あの焼きそばパンの味と車の中から見えたあの綺麗な光の景色を私は2度と忘れることはないだろう。




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