資生堂の中のおじさんマインド。

 資生堂の「表情プロジェクト」CMを偶然見た。番組のスポンサーだったし、プロモーションのスタートで力を入れているのだろう、その時間帯の中で、繰り返し流された。初見で生まれた微かなひっかかりは、何度も見るうちに大きな違和感になった。

 そのCMは、「今 自分の笑顔を好きですか」という問いかけから始まる。「最近 思いっきり笑ったのっていつだっけ」「絵文字ではいつも素直な気持ちを伝えてる」「なのに私達はいつから自由な感情を顔に出さなくなっていくのだろう」とたたみかけ、「それはシワを気にし始める頃からかもしれません」という流れに誘導する。

 そしてCMは、「しわから自由になると表情はもっと自由になる」と「日本初の深いしわを改善する化粧品」を打ち出し、「私たち本来の豊かな表情に」「勝てるものなど何もない」「表情って美しいものだから」と、豊かな表情の美しさをこれでもかと賛美し始めるのだが、だが。

 わたしがこのCMから一番強くはっきりと受け取ったメッセージは、「豊かな表情は美しい」ではなくて、「しわのある表情は醜い」だ。しわがあると笑えない、しわがあると表情を表に出せない、だから、しわを取りましょう。たとえ「シワは決して悪いものじゃない」と言及したとしても、いや、その一言で、なおさら。

 でも、そもそも、「しわは醜い」と考えているのは、誰なのですか?

 わたしは思う、そう考えているのは、本当は多分、女じゃない。

 勿論、女たちは言うと思う。「いやー、最近しわが増えてきちゃって~」「そうそう、思いっきり笑えないよねー、もう、目尻のしわとか、口の脇とか、やばいやばい」「もう、なんとかしたーい!」。そんな会話は、職場の昼休みだったり、更衣室だったり女子トイレだったり、女子だけの他愛もない雑談の中で、多分よくある会話だと思うのだ。このCMは、なんというか、そういう女子の雑談を漏れ聞いたおじさんが、「ああ、中年女子はしわが嫌なのか。そうだよな、しわは加齢の証だ、それは嫌だろう。よし、僕がしわをなくしてあげる、しわから解放されて、自由におなり!」とヘンに理解を示して一念発起しちゃったような、そんな気持ちの悪さを感じる。

 そこじゃない、そこじゃないのだ!

 わたしたちはおそらく、「しわがなくなれば自由になれる」と思っている訳じゃない。「しわをなくす」のは、「しわがあるのは美しくない」と思われているこの現状に対する、わたしたちの対抗措置、自衛手段なのだ。わたしたちが自由になれるのは、おそらく、「しわのない世界」ではなくて、「しわが美しいと認められる世界」においてなのだ。そういった世界で初めて、わたしたちは、自由に美しい表情を晒せるのだ。

 このCMでは、宮沢りえ、真木よう子、篠原涼子、石田ゆり子、杏、樋口可南子といった女優たちに、メッセージを語らせる。アラサー、アラフォーといった女たちが、「素敵!」と憧れそうな、女優たち。でも、わたしたちは、彼女たちが「年齢いってるのにそう見えない!若い!」と称讃しているのだろうか?いや、わたしたちはむしろ、彼女たちが年齢を重ねたことで生まれた美しさ、しわすら魅力にしてしまいそうなそんな年齢の重ね方を、素敵だと思っているのではないのか?そんな彼女たちに、「しわから解放されて美しくなろう!」と語らせる、おそろしい的外れ感。

 資生堂は、インテグレートのCMで、女性から女性に「25歳過ぎたら女の子じゃない。もうちやほやもされないし、褒められもしない」と語らせて、問題を起こしたばかりじゃないですか。いつまで同じことを繰り返すのだろう。「女は若くなければ価値がない」「若さこそが美しい」。そんな価値観こそに、女は閉塞感を覚えているのに、そして、その外圧的な価値観を内在化せざるを得ないがゆえに苦しいのに、「女性は若くなりたいんだよねー」と分かったふりをして、女の口から「若さ=美を保とう!」と語らせる。広告塔になった女の後ろに見え隠れする、資生堂の中のおじさんたち。

 この化粧品は、資生堂101年の研究成果のひとつなのだそうだ。CMでも、そこが強調される。しかしむしろ、101年もかけて、美の概念ひとつ、変わらなかったのですか?と驚きたくなる。101年もかけて、「若さが美しい」「加齢は消し去るべき」というマインドを、ずっと追い続けてきたのかと。

 資生堂は、日本の美のリーディングカンパニーであると思う。そんな企業には、古い美の価値観をいつまでも再生産するのではなく、新しい概念を果敢に掲げて欲しかった。「年齢を重ねた美しさがある」「加齢を魅力として表現する」そんな、これからの時代の美しさを。若さを絶対の価値観として求められる現代日本、それこそが、しわの有無などではなく、女性が思いっきり笑えない、自由な感情を表に出せない、そんな状況を作る土壌なのだから。

 本稿では、記号的な「おじさん」を表に出して批判して、すみません。でも、男性だって、20代女性に「最近、笑ってないよね。それって、頭髪が寂しくなってきた頃からかも。あなた本来の自由な姿に戻ろう?」「それは目の前の人を幸せにできる」「この世界をもっと明るくできる」「笑おう」「泣こう」「怒ろう」「驚こう」「悩もう」「のめり込もう」とかたたみかけられたら、(このクソガキ!)とイラっときませんか?それと同じことですよ。ちなみにわたしは、ハゲが好きです。


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