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NY出身の世界的ラッパーに突撃インタビューして怒られた話

 これまで社会人として働き始めてから、いちばんキツかった仕事の体験談を共有させてほしい。

 みなさんもきっと一度や二度は、目の前の仕事から逃げ出したくなったことがあるだろう。やりたくない、怖い、失敗する気しかしない、成功するワケがない――。

 私にとってそれは、某アメリカ人ラッパーへのアポ無し取材だった。コトの顛末を順に説明していく。最後までお付き合いいただければ幸いである。ちなみにその人物の名前を記載することは差し控えるが、まるきり誰だかわからないと退屈だと思うので、とある動画のリンクを貼っておく。ぜひ参考にしていただきたい。

すべてはひとつの嘘から始まった

 私は新卒で出版社に入ったのだが、入社までの選考課程でひとつだけ嘘をついた。それは、「英語がペラペラ喋れる」という嘘だ。エントリーシートでも、3度の面接でも堂々と嘘をついた。なにせ休学してまで語学留学を経験したのだから、「英語が身につきませんでした」では使えない人材だと思われてしまう。だから当然のように虚偽申告を行った。

 ただしこれは、100%の嘘ではない。たどたどしいが、私は英語を喋ること自体は可能だ。いわゆる「盛った」の範囲に収まると思っている。サークルの副代表が「代表」と申告するのは完全な嘘だが、私は肩書や所持資格を偽ったわけではない。人見知りの人間が「コミュニケーション能力あります!」と言う程度の嘘なのだ。まったく問題ないと考えていた。

しばらくは平穏な日々

 いざ入社し、3か月の研修を終えた私は雑誌の編集部に配属された。そこではいっしょうけんめい仕事をがんばった。来る日も来る日も終電、ときには泊まり、休日も出勤。忙しいけれど楽しくやっていた。そもそも好きで入った会社だったので、労働環境がはげしくても仕事は夢中になれた。毎月新しい雑誌が書店に並ぶたび、嬉しい気分になった。

 そんなふうにして配属から半年が過ぎたころ、「デニム特集」みたいな号をつくることになった。各種ブランドの新作デニムカタログに始まり、デニムを着たモデルカット、アパレル広報担当者からデニムにまつわる思い出を聞くページなど、特集内にはさまざまな企画があった。

 私はまだ新人だったので自分のページを持つことはなかったが、先輩たちのアシスタントとしてあくせく働いた。取材のアポ取り、撮影商品の管理、撮影スケジュールの確認など、雑務ではあるが制作に関わっていられるのが快感だった。まだ自分ひとりじゃ何もできないけど、ひとつずつ仕事を覚えていこう――。毎日が勉強だった。

飛び込んできた来日の話題

 そうしてデニム特集に忙殺されていたある日、ひとりの先輩が編集長に向かってこう言った。

「あ、●●(某ラッパーの名前)がプロモーションで来日するらしいっすよ」

 先輩の話によれば、某ラッパーはそのシーズンに、某デニムブランドのアンバサダーを務めているらしく、そのプロモーション活動のために近々来日するというのだ。先輩はデニムブランドの担当者から、「もしご都合があえばイベント会場で取材でも……」という打診を受けたとのことだった。

「え、それって今月号に間に合うのかな? だとしたらデニム着てる写真撮って、インタビューページにしたいんだけど」

編集長がたずねると、

「たぶんいけるんじゃないっすか? 聞いてみますよ」

と先輩が言った。

 私はその話を聞きながら、「ちょっと見てみたいなあ」くらいに思っていた。別にそのラッパーのファンというわけではない。ただ、私はミーハー根性が旺盛なので、できるだけ著名人取材の現場に足を運びたい。耳をダンボにして先輩と編集長の話を聞いていた。

「あ、いけるみたいっすよ。プロモーションの担当者と連絡つきました」

先輩がそう言うと、

「よし、じゃあインタビューしよう。誰か空いてる人いる?」

と編集長が室内を見回した。

 しかし部員はみんな自分の担当ページで忙しい。余計な仕事を増やされてはかなわないと、誰も目を合わせようとはしなかった。

「あれ、そういえばつじくんって英語喋れるんだよね?

 編集長が私に顔を向けた。

「……はい?」

「いやほら、今の話。●●が来日するらしくて、急遽インタビューすることになってさ。みんな忙しいだろうから、つじくん行けたりしない?」

 いちおう説明しておくと、私はその時点で誰かにインタビューをした経験がなかった。日本語で日本人にすらやったことない仕事を、なんとか会話が理解できるというレベルの英語で、ギャング相手に行わなければならないのだ。ぜったいに無理だと思った。しかし英語が喋れないと正直に告白するわけにもいかない。うまく逃げようと努めた。

「いえ、まあ……ね。英語を喋れないことはないですが……取材ですか? 僕、まだ誰にもインタビューしたことないんですよ」

私がそう言うと編集長は、

「ああ、大丈夫だって。さくっと今回の新作について聞いて、2~3枚写真撮ればいいんだから。カメラマンも連れていくし。それに、いい経験になると思うよ」

簡単にそう言って、パソコンをカタカタといじり始めてしまった。私は向かいの席に座る先輩の顔を見た。先輩はクククと笑っていた。これは……まじで逃げられないぞ。私の中で一気に緊張感が高まった。とても現実のことだとは思えなかった。

いざ、決戦デー

 それから数日が過ぎ、インタビュー当日となった。私はその日、朝から気分が落ち着かなかった。あと数時間もすれば、あの恐ろしいラッパーから新作にまつわる話を引き出さないといけないのである。落ち着いていられるハズもない。会社のデスクについてから、ずっとソワソワしていた。

 先輩の話によれば、ブランドのプロモーション担当者には話がついているが、本人はインタビューのことなど知らないらしい。イベント会場に入る許可は与えるが、あとは勝手にやってくれとのことだった。隙をみて本人に近づき、上手いぐあいにインタビューできれば成功、そうでなければ失敗、撮れても撮れなくてもご自由にどうぞ、そんなスタンスらしかった。

「いきなり話しかけるってことですよね?」

そう私が訊くと先輩は、

「大丈夫だって。つじくん英語喋れるんでしょ?

と余裕の表情だった。

 ああ、なぜ面接であんな嘘をついてしまったのか。せめて、「会話ぐらいならできますけど…」程度に収めておけばよかった。しかし過去を悔いても始まらない。私は覚悟を決めた。夜のインタビューに向けて、英会話動画でなんとか予習することにした。

キャットストリートのイベント会場

 夜になり、引率係の先輩とカメラマンに連れられて会場に着いた。原宿にある大きなイベント箱。中からはドゥンドゥンと爆音が漏れていた。うそーん、こんな環境でインタビューするの? これじゃ耳元で叫ばないと、声なんか聞こえないんじゃないかしら。でも耳元で叫んだら怒られないだろうか。どうしていいかわからなかった。そんな私の気持ちをよそに先輩たちは会場の中へ進んでいく。深呼吸して後を追った。

 会場内はクラブみたいになっていた。建物は3階建てで、1階が受付とバーカウンター。2階がDJブースと踊るところ。3階がVIPエリア。ラッパーは3階にいるとのことだった。とりあえずバーカウンターで酒をもらう。ヤケクソなのでテキーラのショットをチョイスした。1発ぶち込んでからじゃないと、画面越しでしか見るはずのないラッパーと対峙できる気がしなかった。

「いま公式の撮影隊入ってるらしいから、2階で待つことにしよう」

 先輩がそう言った。肩透かしをくらった気分だったが、おとなしく従うことにする。いざ2階に上がると、そこにはミーハーの私にたまらない光景が広がっていた。某ダンスボーカルユニットのダンサー、某アイドルグループのメンバー、某ミュージシャンなど、名だたる有名人たちがDJブースのまえで楽しげに踊っているのだ。仮に仕事中でなければ、また、恐怖のインタビューを控えてなければどんなに心はずむ環境だろうか。私は歯を食いしばった。腹が立ったので追加でZIMAをぶち込むことにした。

恐怖の大魔王、あらわる

 10分ほどすると、プロモーションの担当者が顔を見せた。

「いま撮影の休憩中なんで、行くならいまっすよ」

それを聞いた先輩が、

「つじくん、行くよ」

と言って3階への階段を上がり始めた。心臓が大きな音を立てる。DJブースの横を抜け、私も3階へ足を進めた。到着する。するとそこには、上半身が裸のラッパーの姿があった。

「やばいでしょあれ、こわ」

と先輩が笑っている。ちょっと、笑ってる場合じゃないんですけど! 心の中で叫んだ。しかし文句を言っても仕方ないので、リュックから質問事項を書いた紙を取り出し、バインダーにセットする。ボイスレコーダーのスイッチを入れ、いつでも行けるように臨戦態勢に入った。

「いい? まず質問をちゃちゃっと済ませて、あの人に移動してもらって。ほら、あっち側の壁ならミラーボールのライトが当たりにくくて撮影しやすいから。質問のあと、『すいません、ちょっと移動してもらえますか』って訊いて、それで壁のまえで撮影したら終わり。オッケー? いける?」

 先輩が優しく教えてくれた。私は無言でうなずいた。初めてのインタビュー。初めてのラッパー。初めての突撃――。新鮮なことだらけだったが、やらないわけにはいかなかった。これは仕事なのだ。家賃と光熱費を払うために私は、半裸のラッパーから話を聞かなければいけないのだ。意を決した。

いざ、決戦の瞬間

 かかとを浮かせてタイミングを見計らう。しばらくすると、ラッパーが裸の上にデニムジャケットを羽織り、ひとり掛けのソファにどかっと座った。いまだ――。今回のミッションでは、彼がデニムを着ている写真を撮らなければならない。行くならこの瞬間だと思った。ダッシュで半裸の男に近づく。ソファの横に片膝をついて大声で話しかけた。

「ちょっと話いい?」

 私が拙い英語でそう言うと、ラッパーが顔を向けた。その手には飲みかけのヘネシーのボトルがあった。

「へえ、おまえのパーカーかっこいいじゃん」

ラッパーがヘネシーをラッパ飲みする。私の心にじわっと喜びが広がった。実は私、このアメリカ出身のラッパー対策として、「U.S.A」と書かれたパーカーを着ていたのだ。まさか反応してくれるとは。テンションが上がった。一気に攻めてみようと思った。

「はは、ありがとう。ところで今回の新作について訊きたいんだけど、今日着ている服はどこがこだわりポイントなのかな?」

「体」

「……え?」

「俺の体だよ。見てわかんないのか? 今日のこだわりは、この鍛えられた肉体だよ

ラッパーがヘネシーをグイとあおる。私は固まってしまった。想定外の返事に、どうしていいかわからない。なに言ってんのこの人。こっちは服のこと訊いてるんですけど。真面目にやってよね。先生に言いつけてやるから。

 私は困り顔で先輩を振り返った。先輩は親指を立てて「グーグー」とやっている。はたから見れば笑顔で会話しているので、順調だと思われたのかもしれない。

「ごめん、もっかい訊くけど、今日のこだわりポイントってどこかな?」

「だから、俺の体だって」

 もうお手上げだった。しかし、会話が進んでいない様子を見せるわけにはいかない。私はメモ用紙に意味のない単語を書き込みまくっていた。なぜなら周囲には、私の雑誌以外にも多くのメディアがきており、みんな順番待ちをしていたからだ。私ひとりでラッパーを独占する形となっていた。不満の顔に囲まれながらも、なんとか話を進めようとする。

「えーと、じゃあ、あのう……このデニムジャケットで、お気に入りの部分とかある?」

私が半泣きでそう訊くと、

「…うーん、じゃあ背中のプリント。これでいい?」

とラッパーが譲歩してくれたのだ。私はぶんぶんと首を縦に振った。サンキューラッパー! なんとか言質とれたよ! この時点ですでに時間をかけ過ぎていたので、他の質問は諦めた。ラッパーに立ってもらい、壁のほうに移動するよう促す。

「ありがとう! それが聞けて嬉しいよ。じゃあ悪いけど、ちょっとあっちに移動してもらえる?」

勢いに乗っていると思ったのでフレンドリーにそう言った。するとラッパーの顔が急に険しくなった。

俺はいまここに座ってるんだよ、見えねーのか?」

「……え? み、見えるけど」

「だろ? 俺はここに座ってこれを飲むんだよ」

と言ってラッパーが再びヘネシーをグビ飲みした。剥き出しになった彼の肉体に、口からあふれた琥珀色の液体が垂れていた。

 私は先輩を振り返った。先輩は先ほどの「グーグー」から人さし指にチェンジし、撮影予定の壁を指さしていた。その口は「は、や、く」と言っていた。……マジか。マジで移動させるのか。こっちは1回断られてるんですけど。しかし先輩の言うことは聞かなければならない。私はおそるおそるラッパーに話しかけた。

「あの、ごめん、マジでごめん。あっちの壁に移動できたりする?」

私が訊くと、

「さっきの聞こえなかったのか? 俺はここにいるって言ってんだろ」

と怒りをあらわにして叫ばれた。私はそっと目を閉じた。そして急いで立ち上がり、先輩のもとに駆け寄った。

「むりです。むりむりむり。怒られました」

私がそう言うと、

「あっはっは。じゃあしょうがないね。諦めよっか」

と先輩がたのしげに酒を飲んだ。な、なんだよ…。最初からそのテンションなら、こっちも緊張しなくてよかったのに…。私は一気に肩の力が抜けた。帰るついでに、1階のバーカウンターで敗戦のテキーラを味わった。

後日談、、、

 結局、インタビューページは制作された。ただし写真は撮れなかったので、公式の撮影隊が撮った宣材写真を使った。インタビューの文章についても、「背中のプリントがお気に入り」以外のコメントがもらえなかったので、新作コレクションのラインナップやデニムジャケットのディテール情報でごまかしながら書いた。それがなんとか先輩のチェックを通過した。こうして私の初インタビュー記事は、無事に掲載されることとなったのである。

 ラッパーの彼は、いまも元気に生きているのだろうか。今日も今日とてヘネシーをラッパ飲みし、鍛え上げた肉体美を世間にお披露目しているのだろうか。きっとそうであってほしいと思う。怒られこそしたけれど、彼は私のパーカーを褒めてくれたのだ。「I like your hoodie」ギンギラに光った謎の金歯を見せて笑う彼の顔を、いまでもたまに思い出すときがある……。

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