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フォントの本当の魅力

 おもしろい形の文字が好きである。

 世の中には明朝体とかゴシック体など、誰でも一度は耳にしたことのあるフォントが数多く存在する。なかでも私は、「なにそれ?」と思わず聞きたくなるような、一風変わったテイストのフォントが好きだ。

 たとえば、この記事の見出し画像にある「あ」。なんとも言えない幽霊みたいな雰囲気を持つこのフォントは、その名を「吐き溜」という。グラフィックデザインを作成するWebサービス上で発見した。なかなか味わい深い。作者の青春時代が気になるところである。

やるな、渋谷区

 そんなフォント好きの私の家に、さきほど興味深い新聞が投函された。「しぶや区ニュース」である。これは渋谷区の住民向けに制作されている、言わば区の広報誌だ。毎月2回配布される。どの号もキャッチーな特集と実用的な生活情報を掲載しており、非常に優れた広報誌だと私は思っている。

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 今回の特集は「知ってほしい!おしゃれでかわいいシブヤフォント。」

 上述のようにフォントに目がない私は、「むむっ」という思いでページをめくった。

 すると特集内では、「シブヤフォント」なるものについて、デザイン学校の先生やNPO法人のメンバーが各々の思いを語り合っていた。興味を惹かれた私は特集を隅々まで読んでみた。そしてわかったのは、「シブヤフォント」とは、渋谷区が取り組む先進的な活動だった。これだとざっくりしているので、以下公式ホームページより概要を引用する。

渋谷でくらし・はたらく障がいのある人の描いた文字や数字を、渋谷でまなぶ学生がフォントとしてデザインしたパブリックデータ。

さまざまなモノやコトに使われることで、より多くの人に渋谷を好きになってほしい、シティプライドを感じてほしい、そして障がいのある人の活動を知ってほしい。こうした願いをシブヤフォントに託しました。

「ちがいをちからに変える街」、これが渋谷の未来像。ひとり一人でちがう文字を、パブリックデータというちからに変えるのも、いろいろな人が集まり(ダイバーシティ Diversity)、取りこむ(インクルージョンInclusion)街だからできること。このサイトに訪れたアナタと、シブヤフォントを使ってなにかを一緒に創れたら、それは渋谷の新しいソーシャルアクションになるはず。

だれもが主人公になれる街、シブヤ。
YOU MAKE SHIBUYA

出典:渋谷区役所公式HP

 なにこれカッコイイ……。私はシティプライドを感じた。渋谷区に住み、せっせと年貢を納めてよかったと思える活動である。渋谷区は、こうした新しい取り組みにどんどんチャンレンジするから好きだ。それに、区役所や税務署も来客への対応が丁寧で、地獄のような区民税など存在しないのと同じである。いいぞ渋谷区。もっともっとSDGsの促進に向けて頑張ってほしい。区民の私も陰ながら応援している。それと、お手すきの際でいいのだが、我が家の前を走る道路の舗装もお願いしたい。ヨーロッパみたいな石畳を希望する。

頭から離れないフォント

 さて、すでに紹介したように、世の中には様々なフォントがある。レトロなものや役所っぽいもの、丸っこくて可愛いもの、四角くて信頼感のあるもの。どれも個性豊かで見ごたえがある。渋谷区のテーマ「ちがいをちからに変える」ではないが、どのフォントも違うがゆえに魅力があり、思わず見入ってしまう。

 そんな中、私個人が、ダントツ1番で愛しているフォントがある。そのフォントは古めかしいながらも、どこか新しさを感じたりして、なかなかニクいヤツなのである。それは、東京都目黒区にある碑文谷警察署のフォントだ。以下グーグルアースで見られるので確認してみてほしい。「+」ボタンを数回押すとズームして見ることができる。

 まずなにより、この看板は色がいい。白地に青。イスラエルの国旗を連想させる。

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 そしてなんと言ってもフォントだ。丸くて、柔らかくて、それでいて「文」の胃下垂みたいな顔が最高である。とても親近感が持てる。

 碑文谷(ひもんや)などは初見殺しの漢字であるが、このポップなフォントのおかげで漢字の持つイカツさが相殺されていると思う。住民に優しいフォントなのだ。たとえばこんなケースを考えてみよう。

 オレオレ詐欺の相談をしたいお年寄りがいるとする。息子の声の見分け方がわからず、警察署に相談に行きたいと思っている。しかし最寄りの警察署の看板が「吐き溜」で作成されていると、

碑文谷警察署

こうなってしまう。これでは地味めのパンクバンドだ。この看板ではお年寄りは警察署に行こうと思わない。では次はどうだろうか。

碑文谷警察署 (1)

深夜2時のインスタのストーリーである。ダメダメ。お年寄りたちは、酔った勢いでポエムなど書かないのである。ではこれはどうだろうか。

碑文谷警察署 (2)

あと1歩でみつをである。だが、イメージはどうだろうか。かなり市民の味方っぽい雰囲気になったのではないだろうか。やはりこのイスラエルカラーが正解なのだろう。そして、あのフォント。縦長で丸くて可愛らしいあのフォントが、住民の心をつかむのである。余談だが、以前目黒区に住んでいて、サイフを落とした際、碑文谷警察署にサイフが届けられていたという出来事があった。対応してくれた署員の方は「文」みたいな胃下垂顔で、とても優しかった。私は去り際、思わず敬礼してしまった。

 ――どうか日本中の警察署のフォントが、この胃下垂フォントになりますように。

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