君たちはどう歩くか
むかしから、歩くのがヘタだった。
たとえば電車の乗りかえで、ホーム間を移動するとき。ちゃんと前を見ながら歩いているのに、他人とぶつかりそうになる。……なぜ?
ほかにも、交差点を渡るとき。ちゃんと視線を上げながら歩を進めているのに、向こう岸からくる人とフェイントのかけあいになる。……なぜ?
私にはこれらの現象が、不思議で仕方がなかった。もちろん、わざと他人とぶつかろうとしているワケではない。にもかかわらず、いつも混雑している人ごみを歩くと、他人とカラダが接触しそうになる。これはけっこう、ストレスなことだ。できれば改善したい…。そんなことを考えながら街を歩いていると、おっと、また人とぶつかりそうに。気味のわるい照れ笑いを顔に浮かべ、早足にその場を去る。
もうイヤだ。いよいよ本当に、原因を突き止めなければ……。
そう考えた私は、「どうして自分が前から来る人とぶつかりそうになるのか」について、アレコレと考えてみた。そして発見した。なぜ、そうなってしまうのか。さらに、それを解決する方法も。
この記事では、普段からよく人とぶつかりそうになる「うっかりさん」に向けて、その原因と解決策を提示する。もし私と同じような状況の人がいれば役立つと思うので、ちょっくら読んでみてほしい。
【原因らしきもの】 自動ロックオン機能
まずは原因について。上のゲームをご存じだろうか。
これは、1996年に発売されたNINTENDO64のソフト『超空間ナイター プロ野球キング』である。
いかにもゲームキャラという形の選手たちが、ナイター球場で野球をするゲームだ。私は小学生のとき、このゲームに熱中した。ホームランを打った際の演出や、実況と解説のおもしろさに夢中になった。
このゲームでは、バッターとして打席に立つと、選手の能力に応じてミートポイントが表示される。
たとえば落合博満氏などは、信じられないほど広いミートポイントだった。「どんな場所にボールが来ても打てる」という能力が、この黄色いミートポイントとなって表現されている。
そしてこのミートポイント、実際にボールが枠内に飛んでくると、それに合わせて自動で動く仕様となっている。
こんな感じでボールが上に飛んでくると、
ミートポイントがボールに合わせて動き、
ボールを自動でロックオンして、
スイングし、ボールが飛んでいく。
そのため、前述の落合氏などのキャラクターで打席に立つと、ストライクゾーン内ほとんどのボールを打つことができた。
どんな場所にボールが飛んできても、自動でロックオンしてくれる。だからボールを捉えることができ、スイングすれば当たる。
じつは、歩くのがヘタな人の脳内では、これとまったく同じシステムが構築されているのではないだろうか。
つまり、歩くのがヘタな人は、「前から来る人のことを見過ぎている」のだ。ぶつかりたくない、という気持ちが強すぎて、避けるために、前から来る人をガン見する。そして、ミートポイントの広い自動ロックオン機能を、知らぬ間に発動させている。「ぶつかりたくない」という気持ちが強ければ強いほど、ミートポイントは広くなる。
で、自動ロックオンしてしまうのだ。じーっと見ているから、吸い寄せられるように、前から来る人のもとへ寄っていってしまう。こうして歩くのがヘタな人は、誰かとぶつかりそうになる。
私はこれに気づいたとき、ハッとした。そうか、「人」に焦点を合わせているから、ぶつかってしまうのだ。だったら、「空間」に焦点を合わせればいいじゃないか。
思いついた日、さっそく実行に移してみた。すると、本当にぶつからないのである。たとえば、
こんな感じの場面。
以前の私だったら、自動ロックオン機能を発動し、
こんな感じで、「人」に焦点をあててしまい、その結果、おそらく黄色いカーソル内の誰かに吸い寄せられ、ぶつかりそうになっていた。
しかし、自動ロックオン機能を解除した私の視界はこうなった。
いかがだろうか。これならば、誰かの顔にロックオンすることもない。なので、自分が決めた道を、スイスイと進めばいいだけである。
もちろん、この赤い矢印のコースが、前から来る人とかぶることはあり得る。しかしそれでも、自動ロックオン機能に比べれば、その確率はだんぜんに低い。
私はこの能力を手に入れてから、街を歩くのがとても楽になった。「人」に焦点をあてすぎると、ぶつかってしまう。「空間」に焦点をあてればいいのだ。私はウキウキ気分で、人ごみの中を歩けるようになった。
が、通用しない場面が登場する
そんなふうに歩き方をアップデートして、日々を過ごしていた私だったが、絶望する場所が存在することに気づいた。渋谷のスクランブル交差点である。
ここでは、自動ロックオン機能を解除したところで、まったくの無力だった。前から来る人、などとというヌルい状況ではなく、四方八方から人が押し寄せて来る。どうしたって避けられない。うそーん、せっかく快適に街歩きできるようになったのに、ここだけはだめか……。私は渋谷が好きで週に2~3回は行くので、この交差点を通れないとなると街歩きに支障がでてくる。
うーむ、困った。なにかいい方法はないか……。自動ロックオン機能を解除しても、ダメ。「空間」に焦点をあてても、人がいない空間などスクランブル交差点にはない。どうしよう……。この交差点を使わないとなると、めちゃくちゃ遠回りしないといけない場面がでてくる。それはイヤだ。快適に、誰ともぶつかりそうにならずに、この交差点を突破したい。そんな思いで、解決策を練る。そして思い付いた。そうか……。これなら、あのイカれた人ごみを突破できるかもしれない。私は早速、実行に移してみることにした。
【解決策】親父から受け継いだ知恵
解決策に入るまえに、ちょっとした前置きをさせてほしい。
上の、『バリバリ伝説』という漫画をご存じだろうか。これは、『頭文字D』の作者・しげの秀一氏によるバイク漫画だ。
主人公は、長身でハンサムで、ぶっきらぼうな青年の巨摩郡(こま・ぐん)。高校生ながらHONDAのCB750に乗っている、とてもイカす青年である。
私は小学生のころ、この漫画をバイク好きの父親から受け継いだ。そして、どうにかなってしまいそうなほど興奮した。この漫画に出てくるバイク乗りたちは、誰もが青春の真っただ中を生きていて、とにかくカッコいいのである。
私は一刻も早くバイクに乗りたかった。そして16歳になり、免許を取得すると、カワサキのゼファー400というバイクを(とうぜん中古)買って、乗り始めた。
『バリバリ伝説』の巨摩郡が乗っていたCB750とは違うが、ネイキッドのエンジンから発せられる熱、マフラーが奏でる爆音、風を切る疾走感、そのどれもが思い描いていたとおりの味わいで、来る日も来る日もバイクにまたがっては、湘南の海沿いなどを走っていた。
で、漫画のストーリーに戻りたい。
この漫画は、主人公・巨摩郡の成長、そして青春物語だ。高校生のころ、峠を走り回っていた郡はやがて、レースの世界へ足を踏み入れる。まずは鈴鹿サーキットの耐久レース。そして国内のGPレース。最後はワールドワイドなGPレースで世界中を旅しながら、ついに世界チャンピオンとなる。
この主人公・郡がレーサーとしても人間としても成長していく過程が素晴らしく、私などは、何度読んでいても涙が出てくるほど感動してしまう。
まあ、それは個人談なのでどうでもいい。本題に戻ると、この漫画の中で私は、ある単語を知った。それが、「スリップストリーム」である。これはいったいなにか。歩くのがヘタな人にとって、どんな効果があるのか。それを以下で説明したいと思う。
空気抵抗を減らしてくれる
スリップストリームについては、以下の画像がわかりやすい。
チョー簡単に説明すると、「とある物体Aが前に進んでいるとき、その前に風をブロックしてくれる物体Bがあると、そのぶん空気抵抗を受けにくく、ラク~に進める」という感じだ。
『バリバリ伝説』はレースの漫画なので、このスリップストリームという言葉が何百回も登場する。
レーサーたちはこの現象をうまく利用して、速く走っているライバルの後ろにピタリと車体をつけ、体力やガソリンをセーブしながらレースを展開していく。そして、イザというタイミングで、前にいるライバルをブチ抜き、余らせていた体力で最後まで突っ走る、という感じである。
私はレーサーではないので、バイクに乗っていてもスリップストリームにご縁がなかったのだが、ある日、渋谷のスクランブル交差点で、ふと思い付いた。
「レースだけじゃなく歩きにも、スリップストリームを応用できるのでは…?」
さっそく、試してみる。以下、とあるユーチューブの動画を用いて説明したいと思う。
ああ、恐ろしいサムネイル画像だ。以前の私だったら、こんな状況に出くわしたらオロオロするばかりで、まともな神経ではいられなかっただろう。
しかし、スリップストリームを覚えた私は違う。余裕しゃくしゃくなのである。
これは、まだ交差点を渡る前だ。しかし、スリップストリームを使いこなすためには、この辺りで準備しておく必要がある。
いまあなたの前には、6~7人、交差点を渡りそうな人がいる。この中で、おそらく自分の目指す場所と同じほうへ歩きそうな人に、目星をつける。
わりと近くにいるし、仮にこの人にしよう。このとき、なるべく身体の大きな人を選ぶといい。前にいる物体が大きければ大きいほど、スリップストリームの効果も大きくなる。
そうしてターゲットを決めたら、とにかく、その後ろにピタッとついて歩くのだ。もちろん、不審者と思われないくらいの距離で。そうすると、必然的に、前から来る人は、自分の前を歩く黄色の男性を避けなければいけない。
するとどうだろう。私は、前から来る人のことを、避ける必要がないのだ。なぜなら、前から来る人たちは、黄色の男性のおかげでもういないから。こうしてスリップストリームを使いこなせるようになると、ストレスフリーでスクランブル交差点を渡れる。
もちろん、これには犠牲がともなう。そう、黄色の男性のことだ。彼が身を挺して私を守ってくれるからこそ、私は快適に、安全にスクランブル交差点を渡ることができる。
しかし、彼は私がスリップストリームしていることに、気づいていない。ならば、誰もイヤな気持ちにはならない。そのうえ、自分は交差点を安全に渡れる。これってべつに、やましいことではないと思う。
それに、私が気づいていないだけで、私自身の後ろにも、スリップストリーマーが潜んでいる可能性もある。仮に気づいたとしても、私はその人を咎めないし、むしろ、自分がその人「物体A」を守る「物体B」でいられることを誇らしく思う。あるときは物体Bとして、そして別の場面では、物体Bの陰に隠れる物体Aとして、私はこれから先も、スクランブル交差点を渡っていきたいと思う。
以上で、歩くのがヘタな人へ向けた講座「君たちはどう歩くか」を終了する。
もし、これを試してみて人生が変わったという人がいれば、ぜひコメントしてみてほしい。知らず知らずのうちにあなたの「物体B」になれていれば、幸いである。
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