見出し画像

ティンダー爆弾におびえる日々を送っています

 当方は29歳の男性で、ティンダーをやっている。

 マッチしたからといって、そこまで頻繁に会うほうではないが(というか会えないが)、それでもふた月にいちどくらいは新しく知り合った人とご飯を食べたり、お酒を飲んだりする。

 マッチングアプリをやる目的は人それぞれあっていいと思う。私の場合は新しい人に会うのが好きで、利用している。だから今まで出会ったことないような人と喋れると、わりと楽しい。もちろんそれ以外の関係になる場合も、ないといえばウソになる。が、主な目的はヒマつぶしだ。大した趣味も持っていない独身のひとり暮らし。時間をつぶしてくれるツールは、結構ありがたいものである。

 そんなティンダーだが、私の日常生活に危機をもたらすこともある。通知バナーだ。こいつが仕事中などに、とつぜん「やっほ♬」と画面に現れることによって、何度か気まずい思いをした。私の職業はライターで、たとえばインタビュー中、会話の録音のためにiPhoneを机の上に置いていたら、

新しいマッチが見つかりました!😍😍😍」

 とバナーが表示されたり。

 そのときは「キュピーン!」という通知音とともにバナーが現れたので、取材対象者が私のiPhoneに一瞬目をやり、苦笑するというハプニングもあった。

 もちろん、「じゃあ通知を切れよ」という話になると思う。しかしサービスを利用している身として、あの通知音とバナーはテンションが上がるから切りたくない。よく巷で、「付き合う前のドキドキ感が好き」みたいなことを言っている人を見かけるが、それとほぼ同じである。楽しいコトは、それに至るまでの過程が大切なのだ。だから私は、通知を切ることはしない。

 やや話がそれた。

 そういった経緯もあり、私はいつからか、音とバナーでお知らせしてくれるこの通知を「ティンダー爆弾」と呼ぶようになった。以下、「ティン爆」と呼ばせてもらう。このティン爆の中でも先日、特大の一発をくらった日があった。あの日の私の恥ずかしさを成仏するため、ここに駄文をしたためたいと思う。マッチングアプリ利用者には「あるある」を、そうでない方には「ティン爆の恐ろしさ」をお伝えできる記事だと思うので、ぜひヒマがあったら読んでみてほしい。

事件現場はバーニーズニューヨーク


 その日、私はバーニーズニューヨークにいた。

 いちおう説明しておくと、バーニーズはお高めのデパートである。高級でハイセンスな服やバッグ、雑貨などがたくさん並んでいる店だ。

  目的は、友人の出産祝い。

 友人に子どもが生まれたので、せっかくならちょっといいプレゼントを買おうと、気合を入れていたわけである。

 とうぜん、店内での立ち振る舞いも「バーニーズに来る客」っぽさを意識した。すべての動作をゆっくりと。気になる商品を手に取って、なにやら意味ありげにほほえむ。そんな、「友人の出産祝いを買いに、フラッとバーニーズニューヨークへ来ちゃうような余裕のある大人」を演出するため、私は店内をひととおり緩慢に歩いて回った。

 やがて、「ベビーギフト」のエリアに到着する。手を後ろに組み、ひとつひとつ品定めしていく。しばらくすると、女性の店員が背後にスタンバったのを視界の端にとらえた。

(来たな……。もう少しだ……)

 私はよだれ掛けを手に取り、いろいろな角度からそれを見て、品定めした。「ふーむ」という顔を作ってみる。そして聞こえてくる女性店員の足音。気づかないフリをしながら、熱心によだれ掛けを観察する。

「なにかお探しでしょうか?」

 女性店員が、声を掛けてくる。

「あ、いえ……ちょっと友人の出産祝いを、ね……」

 私はにこやかに、女性店員と向き合った。

「素敵なお買い物ですね」

「ええ。せっかくならプレゼントを、と思いましてね……」

 この時点で私は完全に、「素敵な大人を演じるモード」に入っていた。ふだんは真冬でもビーチサンダルで二郎系インスパイアのラーメン屋に行くような29歳だが、こういった場面ではやっぱりカッコつけたい。せっかく高い金を払って買い物をするのだから、カッコつけるくらいはさせてほしい。そんな気持ちで、ロマンスグレーなおじさまも真っ青のトークを繰り広げていく。スキンヘッドなのだが。

「ご友人のお子さまは、生まれたばかりですか?」と女性店員。

「たしか、4か月くらいだったかと……」と私。

「そうですか~。赤ちゃんの大きさによっても、プレゼントの種類って変わってきますからねえ」

「そうなんですか?」

「ええ。なので出産のお祝いなんかだと、やはりみなさん長く使えるものを買っていかれます」

「そうですか……」

 顎に手を当てて、ちょっと考える素振りをみせる私。と、ここで、棚の上のほうに飾られていた「いかにもギフト」なタオルセットに視線を移す。すると店員が、

「あちら、一番人気なんですよお」

 と教えてくれた。

 実は私、最初からそのギフトセットを買うつもりでバーニーズに来ていた。ネットで確認済みだったのである。しかし、「友人の出産祝いを買いに、フラッとバーニーズニューヨークへ来ちゃうような余裕のある大人」の演劇をやりたかったので、あえて知らないフリをする。店員がそのセットを棚から取って、渡してくれる。

「へえ、こんなのがあるんですねえ」

 と感心した顔を作る。もちろん値段も把握済みだ。店員が、

「そちら色々セットになってて、本当に喜ばれるみたいですねえ」

 と言う。私は、

「じゃあ、これにします」

 と、店員にギフトセットを渡した。

「あの……ご予算とかって……?」

 と、おそるおそる聞いてくる店員。それに対し、「ああ、それ、おいくらぐらいですか?」と表情を崩さずに答える私。ばっちり予算内なのは知っていた。しかし、「バーニーズで値札を見ずに購入を決めて、値段を聞いたあとでも全く動じない余裕のある大人」の演劇もやってみたかったので、申し訳ないが女性店員に付き合ってもらうことにした。

「こちらは……これくらいになっています」

 ギフトセットを裏返し、値札を見せてくれる店員。私はそれを見て、「なんだ、お安いじゃないですか」の笑顔を作った。ホッと安心した様子の店員。商談成立である。ふたりでレジへ向かい、会計が始まった。

「ほんとに素敵なお買い物で、ご友人も喜ばれますよねえ」と店員。

「はは、まあ、プレゼントっていうのはあげるほうも気分がいいですもんね」と私。

 ふたりの間には、とても穏やかな空気が流れていた。余裕のある大人が、余裕のある買い物をするという演劇。舞台はバーニーズニューヨーク。素敵な服に囲まれながら、友人の出産祝いを購入する私。気分のいい休日だった。たまにはこんなふうに、なにかを演じるのも楽しいものだと思った。

「お客様、バーニーズのアプリはお持ちですか?」と店員。

「いえ」

「でしたら、おつくりいかがですか? 本日の分から、ポイントをお付けすることができますが」

 私は一瞬、迷った。「友人の出産祝いを買いに、フラッとバーニーズニューヨークへ来ちゃうような余裕のある大人」は、ここでポイントをつけるべきだろうか、と。

 うーむ、どっちがいいだろう。悩むなあ。しかし結局、アプリをダウンロードしてポイントをつけてもらうことにした。また誰かへのお祝いを送る際などは、同じ演劇をして遊ぼうと思ったからだ。

 私がiPhoneをいじってアプリをダウンロードするのを、にこやかに見ている店員。やがてダウンロードが終わった。それを店員に告げると、

「そしたらアプリの右上のボタンを押して、バーコードを見せていただけますか? そちらを読み取って、ポイントをおつけいたします」

 私は、「やれやれ、別にポイントなんてどっちでもいいんですけどね?」という顔で、店員の言う通りバーコードを画面に表示させた。店員にスマホを見せる。店員がスキャナーを手に取り、私のiPhoneに表示されたバーコードを読み取ろうとする。

 穏やかな時間。素敵な空間。ハイセンスな服。ピカピカに磨かれた大理石の床。そこにあるものすべてが、いい感じだった。ああ、やっぱり高い買い物は、それなりのリターンがあるな。私は恍惚としていた。

 そのときだった。

新しいマッチが見つかりました!😍😍😍」

 キュピーン! という音とともに、画面に表示されるバナー。眉をしかめる女性店員。固まる私。目が合う。さっきまでの「友人の出産祝いを買いに、フラッとバーニーズニューヨークへ来ちゃうような余裕のある大人」を見る目ではなくなっていた。女性店員は、「なんだ、ティンダーやってんのかコイツ」という顔だったのである。

くそっ……こんなときに限ってティン爆かよっ……

 奥歯をかみしめる私。それから後は、淡々としたものだった。私ももう、余裕のある大人など演じている余裕はない。さっさとその場を離れたい。店員から紙袋を受け取った私は、そこがバーニーズであるということも忘れて足早に店外へと飛び出した……。

ティン爆には、ご注意を★

 以上が、私にティン爆が落ちてきたとある日の話だ。

 このように恥ずかしい思いをしたからといって、私は、ティンダーの通知をオフにするようなケツの青いマネはしない。なぜなら冒頭でも述べたように、この通知こそがティンダーの楽しみであり、ティン爆を受け入れてこそいっぱしのユーザーだと思うからだ。

 これを読んでいてティンダーをやっている方がいれば、ぜひティン爆におびえながらも通知をオンにして、いつ画面にバナーが現れるかわからないロシアンルーレットのような日々を送ってほしいと思う。

 きっといまよりも、スリリングな生活が期待できるハズである。




この記事が参加している募集

業界あるある

やってみた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?