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パロディ小説『君はジップを上げない』

『君はロックを聴かない』あいみょん

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 僕はたぶん、いわゆる「ダメ人間」が好きなのだと思う。

 これまでに付き合った相手は、みんなお金や仕事にだらしなく、まともに働いている人間などいなかった。学生のとき同棲していたのは、知人からの借金が返せなくなり行方をくらました人だったし、社会人になって初めて恋に落ちたのは、「ビッグになる」が口癖の自称パチプロだった。

 僕は文句こそ言っていたけれど、そんな人たちのことが好きだった。尊敬もしていた。だらしない、というのは一種の特技だと思う。他人に自分の恥ずかしい部分を躊躇なく披露できるのだから。僕にはぜったい無理なことだ。生理現象のクシャミですら、周囲の目を気にしてしまう性格なのだ。

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 その人と出会ったのは2か月前だった。会社の同僚が開いた飲み会で、友人の友人、という形で知り合った。その人は早速、飲み会の日にうちへ泊まりに来た。「家がない」と明るく笑うので、それが面白くて僕から誘ったのだ。以来、その人はうちに住みついた。掃除も洗濯もしないし、もちろん1円だって生活費を渡そうとはしない。でも僕はその人をうちから追い出さなかった。怠惰な人間をそばに置くことで、自分がまともな社会人として生きている実感を得たかったのだ。

 これはちょっと嫌な言い方だが、要するに、僕はその人を利用していたのだと思う。自分の「引き立て役」として。そして対価は、生活の面倒を見るという形で支払った。僕にはその状況が心地よかった。人は与える側の立場にいるほうが、あんがい気楽なものだ。与えられ続ける状況が苦にならないのは、その人のような一部のだらしない人間だけなのだ。

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 いざ一緒に暮らし始めると、その人は僕の期待どおりでいてくれた。暴力こそ振るわないが、生産的な行動をひとつもしなかった。僕が朝、綺麗に片づけて出たはずのワンルームは、仕事から帰って来るといつも荒れていた。台所のシンクにはカップ麺のゴミが溜まっていて、灰皿替わりにされたチューハイの空き缶が机の上に転がっていた。トイレの電気はつけっぱなし。ベッドの寝具はぐちゃぐちゃ。昼過ぎから雨が降ったのに、取り込まれていない洗濯物――。

 僕はそういった「だらしなさの塊」みたいな物質を、ひとつひとつ片づけていくのが好きだった。文句を言いながらも口元は綻んでいた。まったく、僕がいないとロクに生活もできないじゃないか。僕が面倒を見なくなったら、一体どうやって生きていくつもりんだ、と。

 その人は僕の片づける姿を見ながら、大きな口を開けて笑っていた。なにが面白いのかはわからない。でも、いつだってその人は楽しそうだった。その笑顔を見ると、会社で「使えないやつ」のレッテルを貼られた自分を少しだけ肯定できた。僕らは利害が一致していた。こんな生活がずっと続けばいいと、心の底から思っていた。

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 僕が初めて違和感を覚えたのは、その人と一緒に近所のファミレスへ行ったときだった。僕らはともに500円のランチを注文した。ドリンクバーがセットなのにリーズナブルで、安月給ながら扶養家族を抱える僕には嬉しい価格だった。

 その日、珍しくその人が「ドリンクバー行ってくる。なにがいい?」と言った。僕は一瞬あっけに取られたが、「じゃあコーラお願い」と返事をした。その人が僕のためになにかをしてくれるなど、初めてのことだった。嬉しいような、がっかりしたような、そんな気持ちでその人を目で追った。ドリンクバーコーナーへ向かうその背中は、家の中で見るよりも小さく、みすぼらしく感じた。

 その人がドリンクバーでジュースを汲んでいると、女子高生らしき制服の4人組がやって来た。彼女たちはどの飲み物にするか大声ではしゃぎながら、とても楽しそうにしていた。

 そのとき、その人がグラスを床に落とした。グラスは大きな音を立てて割れた。音を聞きつけた店員が駆けてくる。「大丈夫ですか、お客さま」と店員がその人に向かって訊く。僕は、その人が明るく、あっけらかんと返事をすることを期待していた。ベッドの寝具を整えたり、洗濯物を取り込む僕に対する態度と同じように。しかしその人は恥ずかしそうに後頭部を掻いた。顔は赤くなっていた。4人組の女子高生がくすくすと笑っている。ジーンズのファスナー全開のその人は、若者たちの嘲笑の対象だった。僕はあわてて視線を机の上に戻した。見てはいけない光景を見てしまったと思った。心臓が大きく、速く動いているのがわかった。

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 その翌週、僕らは遠出をした。行先は隣の県にある動物園だ。電車をいくつも乗り継いで向かった。なぜ動物園に行くことになったのかは覚えていない。たぶん、テレビを観ていたら動物番組でもやっていたのだろう。僕らはいつもそんな感じで物事を決めた。だらしないその人と暮らしていると、事前に予定を立てることなど不可能だった。僕もそれが嫌じゃなかった。

 いざ動物園に到着すると、僕は子供の頃を思い出して楽しんだ。大人になってから観察するライオンやチーターは現実味を持って恐ろしく、「この檻が消えたら食い殺されちゃうのかなあ」と、以前とは違う視点で満喫することができた。その人も久しぶりの動物園らしく、到着してからずっと笑顔だった。園内のレストランで昼食をとった後、その人が「1番大きな動物を見に行こう」と、僕の手を引いて駆け出した。

 間近で見るアフリカゾウは僕の実家くらい大きかった。あまりの大きさに度肝を抜かれた。僕は身を乗り出してゾウを観察した。周囲の人たちも僕と同じく柵にヒジを載せ、水を飲んだり、高い声で鳴いたりするアフリカゾウを興味深そうに見つめていた。

 その人は5分ほどでゾウに飽きてしまったらしく、柵に背を預けてぼうっと空を見ていた。僕は「あの耳が2階の窓くらいだよなあ」と、アフリカゾウの大きさを実家に換算して遊んでいた。せっかく動物園にまで来たのだから、その人の気分よりも自分を優先しようと思った。

 しばらくそうしていると、辺りの人たちがにやにやと笑っていることに気がついた。みんなの視線の先は、僕の横に立つその人の股間だった。「ねえ、あれ気づいてないのかな」「横の人知り合い? 言ってあげればいいのに」「ほら、あそこにもゾウさんいるぞ。パオーン、つって」そんな声が聞こえてきた。その人は、周囲の声など聞こえないように空を見ていた。ジップを上げる気配はない。あまりの恥ずかしさで、僕の心臓のBPMは190になった。嘘みたいに目が泳いだ。でもその人は空を見ながら笑っていた。――なぜ今笑うんだい? 問いかけたくなったが止めた。それを聞いたら、すべてが終わるような気がした。君はジップなんて上げない。わかっていながら、僕はその人と暮らすことを決めたのだから。君はジップなんて上げない。そう思いながらも、あと少しだけ僕に近づいてほしかった。家の中ではだらしなくても、公共の場でジップを上げるくらいはしてほしかった。

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 昨日、その人がうちを出ていった。大喧嘩をしたわけではなく、なにか決定的な亀裂が生じたわけでもない。ただ、僕が言ってしまったのだ。「もうちょっとちゃんとしたら?」と。

 もちろんルール違反なのはわかっていた。そもそも僕らは、互いに「気楽だから」という理由で共同生活をスタートさせたのだ。干渉してこない前提の相手に、そんなことを言われたら僕だって嫌になる。逆の立場だとしたら、「会社で『使えない』って言われるならもっと仕事頑張れば?」とアドバイスされたようなものだ。あまりにもひどいことをしてしまった。反省はしている。ただそれでも、ジップだけは言わずとも上げてほしかった。自分で気がついてほしかった。

 仮に僕らが、ずっと同じ関係で暮らしていたとしよう。それはきっと、ぬるま湯のように心地いい環境だったに違いない。僕らの毎日には、ダラダラと青春の音が流れ、「若いうちしかできない不思議な生活」を送れていたかもしれない。でも、やっぱりそれじゃダメだと思った。その人がダメなのではなく、僕らの関係に無理があったのだ。その人は悪くないし、僕も悪くない。ただ相性が合わなかったのだと思う。好きだからって許容できない部分は誰にでもある。その線引きは難しいのだが、僕の場合、それがフルオープンのジップであったというだけの話だ。とても残念に思う。その人のいなくなったワンルームには、乾いたメロディが流れている気がした。

 …君はジップなんて上げないと思いながら、あと少し僕に近づいてほしかった。あと少しだけ、ほんの少しだけまともな人になってほしかった。胸が痛い。気づいたら息を止めすぎていた。この恋を乗り越えられるか不安になった。でも僕はジップを上げる。せめて自分だけは、ジップを上げようと思った。


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