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NYで銃撃されかけた私がシェアする、ピンチ回避の逆転術

 西暦2014〜2015年、私はアメリカのニューヨーク市に住んでいた。

 とは言ってもただの語学留学である。期間は11か月ほど。その短い間に、私はピストルの鉛玉を喰らいそうになった。当時の状況をふり返るといまでも冷や汗が出るのだが、「危機から脱する技術」を共有できればと思い、今回この記事を書く。これから圧迫面接に立ち向かう就活生や、重要なプレゼン5分前の胃痛を抱えた会社員などの方々は、ぜひ参考にしてほしい。

発砲未遂事件が起こった場所

 当時私が暮らしていたのは、ニューヨーク市・ブルックリン区のブッシュウィックというエリアだった。

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 土地勘の目安としては、タイムズ・スクエアまで地下鉄で20分ほど。駅の周辺は倉庫街で、ヒッピーテイストの住民が多かった。私がこの地区を選んだ理由は単純だ。家賃相場が低かったからである。お隣のマンハッタン区と比べると、同じ条件の家を選んでもおよそ4割減だった。

 ただし、それでも絶対的に家賃は高かった。私はアメリカ人カップルとその飼い犬・ケイティとルームシェアをしていたのだが、月の家賃は約12万円。バストイレ共用、自室は3畳半ほど、カップルのラブラブ場面に出くわす可能性アリ、犬が私の部屋でお漏らしする可能性アリ、買い込んだ冷凍うどんをルームメイトに盗み食いされる可能性アリ、という環境にもかかわらず12万円だ。つくづくニューヨークはイカれた街だと思った。

 私の家は3階建てアパートの3階で、いちおうオートロック機能が付いていた。というかたぶん、アメリカ国内のドアはすべてオートロックだと思う。私には、鍵を忘れてドアの外に出て、中に戻れなかった経験が幾度もある。まあそれは別の話としても、とにかくそのアパートはエントランスも玄関ドアもオートロックだった。これが事件を引き起こす一因となった。

事件が起こった背景

 ある日、私はルームメイトの男からこう言われた。

「ごめんごめん、なんか玄関ドアが壊れちゃってさ。押しても引いても開かないんだ。修理の依頼をしたんだけど、来週になっちゃうらしい。だからドアが直るまで、君の部屋の窓が玄関になったよ。もちろん俺たちも使うぜ!」と。

 最初はなにかの聞き間違いだと思った。お恥ずかしい話だが私は英語に関する能力が極めて低く、ルームメイトの喋っていることが理解できないという状況が多々あった。そのため、聞いた瞬間は「窓から出入り? なにそれ。『社会の窓』みたいな、なにかの比喩のこと?」と考えた。少ないボキャブラリーの引き出しをがんばって探ってみる。が、なにも思い浮かばない。仕方ないので、私はヘラヘラとした顔をつくり、「……窓って、あの窓?」と自室の窓を指さした。私の部屋は、非常階段に面していた。

「イエス。ザッツライト! まあちょっと狭いけど、1週間くらいの辛抱だから。玄関ドアの真上に、屋上へ通じる小さな扉があるだろう? そこから屋上へ出て、非常階段を下って、君の部屋の窓から出入りすることになる。なんだかスパイみたいで楽しいね! でっかいステーキ肉でも食おうぜ!」

 彼が説明してくれた内容はおおむねそんな感じだった。理解しにくいと思うので、画像を用いて窓からの侵入システムを解説していく。当時の写真がないためイメージだが、以下を確認してほしい。

①ハシゴで屋上へのぼる

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②屋上から非常階段を降りて、窓の前まで行く

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③このタイプの上下にスライドする窓を開け、隙間に体をねじ込む

画像4

 ざっくりとこんな感じである。

 なお、③の補足だが、私の部屋の窓にはエアコンがついていた。そのエアコンというのが窓を半分開けて設置されているのである。わかりにくいと思うので、再びイメージ画像を用いる。

画像5

 上記写真の、1番右側の窓が実物に近い。これでなにを伝えたいのかと言えば、私が玄関ドア替わりにしていた窓の幅は、ハンパじゃなく狭かったのである。40cmていどの隙間をすり抜けないと、外出もできない。タバコ1本吸うために、窓から出て戻って来ないといけない。ものすごいストレスだった。それに、24時間ルームメイトが私の窓を通じて出入りするのである。コメディ映画の登場人物にでもなった気分だった。

 前置きとしては以上である。

では、事件当日の話

 その日は雪が降っていた。気温はマイナス10度くらいだった気がする。ニューヨークの冬はとても寒い。ほんの数秒であっても、外にいることに耐えられないのだ。

 私はマンハッタンにある友人宅でのパーティに参加していた。友人の友人、みたいな人物の誕生日パーティ。やれテキーラだ、やれ紹興酒だ、こっちはウイスキーだ、と各国のアルコールを胃の中に収めていく。パーティの終盤になると、頭がグラグラするほど酔っぱらっていた。

 その状態でマンハッタンから地下鉄に乗り、ブルックリンの自宅に帰る。20分ほどでは酔い覚ましなどできるはずもなく、私は千鳥足で自宅アパートのエントランスを通過した。

 3階に上がり、ひと息つく。うわ、ハシゴのぼらないといけないのか……。膝に手をついて小休止した。気合をいれる。エイっと自分に喝を飛ばし、酔った頭でハシゴをのぼる。屋上に出た。風がびゅうびゅうと吹きつけて、顔や首が痛かった。

「これは早くしないとヤバいぞ」

 そう思った私は、慎重ながらも可能な限り急いで非常階段を降りた。手すりを掴んで、最悪の事態、つまり転落を避けながら1段ずつ足を進める。ただし酔っているので足元はフラフラ。さらに寒風が体温を奪っていく。震えながら階段を降りていった。1秒でも早く家の中に入りたかった。

そしてハプニングが起こる

 やがて3階の踊り場に着いた。酔った頭で「しっかりしろ」と手先に命令する。窓枠に手をかけ、一気に窓を開けようとした。が、動かない。ガチャ、ガチャ、と音がするのだがやはり動かない。いつも窓から帰宅すると、喜びのあまり吠えるはずのケイティの声もしない。あれ、なにかがおかしい気がする。しかし寒風が吹き付けるので一刻も早く家の中に入りたい。酔った頭を整理する暇もなく、何度も大きな音を立てて窓開けにトライした。やがて勢いよく、窓が上にスライドする。よし開いたぞ、と心の中でガッツポーズ。しかしこの瞬間、さきほどの違和感の正体に気づいた。ちょっと待って。よく考えたらこの窓、エアコンついてないじゃん、と。

 一気に血の気が引く。やばい。まずい。他人の家の窓を開けてしまった。チラリと横目で見ると、開けた窓の2つ隣が自分の家だった。うわ、どうしよう。早く窓を閉めないと。上から下に降ろそうと努力する。が、開けたときと同様、窓は釘打ちされたように動かない。なにこれ、錆びているのか? どうでもいい考えがうかぶ。そのとき私の耳がなにかを捉えた。室内から声がする。女性の声。誰かと誰かが、この窓のある部屋の様子をうかがっている雰囲気。やばいやばいやばい。気づかれた。窓開けちゃったこと、バレた——。

 そのときだった。室内のドアが勢いよく開いた。中は真っ暗で見えないが、暗闇から怒鳴り声が聞こえてきた。

I got a f**king gun!!!!

 とんでもない言葉だった。「私は銃を持っている」。しかも形容詞は「フ**キン」である。ふだん英語の耳が悪い私も、このときばかりは鮮明に理解できた。目の前の暗闇に潜む女性は、どうやら銃を持っているらしい。膝が嘘みたいに震えてきた。一瞬で酔いが覚める。寒風など気にならなくなっていた。私は今から少しでも言動を間違えば、死ぬ可能性があるのだ。体が硬直した。拙い英語で「私は隣に住む者です」と説明しようにも、緊張で口が震えて動かせない。とりあえず両手を上げ、手のひらを見せる。「No gun No gun」と、中学1年生みたいな英語をなんとか発した。

「お前は誰だ! 何をしている!」

 女性の叫び声が聞こえた。

「ソーリーソーリーソーリーソーリーソーリーソーリーソーリー」

 私はSorryロボットと化した。とにかく敵意が無いことを伝えないと。さもなければ撃たれてしまう。まずは謝ることに全力を注いだ。

「ソーリーソーリー。私は隣に住んでる。ソーリー。間違えた。ソーリー。窓はすぐ閉める。ソーリー。許してくれ。ソーリー」

 一言ずつ発し、間にソーリーを挟む。考えうる中で最善の策だった。巷でよく聞く、「海外に行った日本人はすぐにソーリーと言うからよくない」みたいな戯言は無視した。こちとら銃を向けられているのだ。しかも形容詞はフ**キン。怖すぎる。1分ほど経つともはや笑えてきた。あまりの現実味のない状況に、頭が変になっていたのかもしれない。

「ソーリー。横にずれるよ。ソーリー。それで大丈夫? まじでソーリー」

 私がそう言うと、暗闇の中の女性が黙った。何か考えているのかもしれない。鈍く光る銃口が見えた気がした。あくまで気がしただけだ。実際には、明かりのない室内は全く見えなかった。それが逆に恐ろしくもあった。

「……ブ」

 女性がなにかを呟いた。

「ソーリー。なに? ソーリー。なんて言った?」

ムーーーーーブ!!!!!!! あっち行け!!!!

 フロリダ州まで聞こえそうな声だった。すぐさま「オーケー。ソーリー。サンキュー。ソーリー」と述べて、カニ歩きで自室の前まで移動する。しばらくカニのまま固まっていた。やがて現実に帰り、慌てて窓を開ける。わずか40cmの隙間に体を捻じ込み、室内に転がり込んだ。ケイティが駆け寄ってくる。顔を舐められた。普段なら軽くあしらうところだが、体じゅうを撫でて強く抱きしめた。「怖かった……」と英語で呟いてみた。アメリカにいるという実感が、イチバン強い日だった。

事後処理について

 その後、私はアメリカ人ルームメイトの男に事情を説明した。もちろん出だしはソーリーだ。

「ソーリー。さっき間違えて隣の家の窓開けちゃった。まじでごめん。超怒ってた。銃持ってた。たぶん。どうしよう。謝ったほうがいいかな?」

 震える子犬のように相談すると、

「まじ? ニューヨーク市って銃の携帯違法なんだけど。こっわ。どうすっかな。でもなにもしなかったら、今後気まずいよなあ。……じゃあ謝りいくか。よし、今から行こう」

と、鏡の前で髪の毛に櫛を入れるポーズをとって、ほほえんだ。なにが面白いのかわからなかった。まったく、アメリカンジョークとは複雑である。

 2人で窓から外出し、屋上を通って隣人宅のまえに着く。私に向かって片目でウィンクしたルームメイトは、借金の取り立てみたいな音量でドアをノックした。私は、生涯アメリカ人のことを理解できないと思った。

 ドアがヌッと開く。体の大きな女性が、ドアから顔だけ出した。見るからにブチギレの表情だった。

「ごめん。ルームメイトから話は聞いた。間違えて窓を開けてしまったみたいで、申し訳ない。ちょっとした手違いなんだ。だから許してやってほしい。ほら、彼も謝りたいみたいだから」

 ルームメイトが私を促した。私は慌てて、

「ソ、ソーリー」

と言った。ルームメイトが肩を叩いてくれた。

「な、こう言ってるし、今回のことは済まなかったよ。お隣さん同士、仲良くやろうぜ」

「……ふん、わかった」

 バタン! と女性がドアを勢いよく閉めた。マサチューセッツ州まで聞こえるほどの音量だった。ルームメイトが肩を大きくすくめる。気にするな、ということなのだろう。2人でまた屋上へ上がり、非常階段を通って室内に戻った。途中、先ほど私が間違えて開けた窓のまえで、ルームメイトが窓を開けるジェスチャーをして笑っていた。アメリカンジョークとはもしかしたら、彼のようなタフガイじゃないと笑えないのかもしれないと思った。

自由の国へようこそ

 私はこの話を数日後、アメリカ人の友人に話した。彼はロサンゼルス出身である。ことあるごとにニューヨークの愚痴を言い、「ロスのが100倍いいぜ」が口癖の男だ。彼は私の話をクククっと笑いながら聞いていた。そして一連の流れをすべて聞くと、両手を大きく広げて、満面の笑みでこう言った。

Welcome to the United States

 アメリカへようこそ。この国には勝てないと思った。

エラそうに教訓

 さて、このお話で大切なのは、「銃口を向けられるという人生最大のピンチに際して、いかにそれを切り抜けたのか」という部分である。

 で、その答えは前述の通りだ。ソーリーロボになりきること。連発型ソーリーサンドイッチ型ソーリー、副詞的用法ソーリーなど、その使い方はさまざまだ。しかし人間なんて、洋の東西を問わず、素直に謝ればあんがい許してくれる生き物なのだ。

 ソーリー。まずジャブを打ってみよう。ソーリーソーリー。ガードを崩して顔にパンチしてみよう。ソーリーソーリーソーリー。勢いよくストレートをぶち込んでみよう。

 すると相手は、意外と心をひらく。圧迫面接なんかチョロいものだ。ソーリーを20発ほど打ち込めば、めでたく採用決定である。無事入社できた後も、ミスをしたら謝ればいいだけ。請求書のミス。ソーリー。社用車をこすった。ソーリーソーリー。取引先の部長を怒らせてしまった。ソーリーソーリーソーリー。すべて解決である。なぜなら死ぬことはないのだから。

 だからみんな、危機に直面したらこの魔法の言葉を口にしてほしい。ソーリー。きっとすべては、上手くいくはずである。ソーリーソーリー……。

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