ときのき

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BFC6 決勝作品 感想

プールの記憶  深澤うろこ  中学生たちが屋上の水を抜いたプールに連れてこられる。当然授業だと思っている普段通りの彼らそれぞれの様子、ちょっとした違和感がどんどんエスカレートする状況の中で膨れ上がっていき、取り返しのつかない状況が出現する。全知の語り手が生徒たちの内面や記憶、彼らから見える風景や感触に自在にアクセスし、特定の視点人物へ感情移入させることはしていないのだが、至極普通の中学生集団の平凡なやりとりがこの不思議な記述によって何か温もりを持った、掛け替えのないものと感

    • 『文書館よりの』

       糧を得るための方便として文書館に勤めたが、静寂の中で、文字を読むのが三度の飯よりも好きという同僚たちの走らせるペンとせわしなくめくられる紙の乾いたかさかさという音はまるで虫の脚が擦れ合う音のようで、硬貨がはめこまれたように丸く見開かれた目を文書をひろげた机に落とし口唇に封をして互いに視線を交わすことすらない沈黙に浸かる彼らが、奇妙な仕方でコミュニケーションをとる虫のように思え、退勤時には服の襟から草の匂いが漂うような気がいつもする。  自分の居場所はここではない。  この虫

      • 『越冬記』

             思想信条の表明に際し、駄弁を弄し、無駄に言葉数を増やして何事か語った気になるのは間違っている、男なら背中で語るべきだ、と山田はいった。巣の中に卵を抱え込みながら。    越冬の時期が来た。オスは抱卵のため巣にうずくまる。メスが餌を持ち帰る春まで、腹に蓄えた皮下脂肪で長い長い冬を食事なしで乗り切らなければならない。過酷な試練だ。死ぬやつもいる。脱落するやつもいる。  巣作りに励みながらおれたちは語り合った。  いかにして、幾月も続く氷雪吹き付ける極寒の夜を越えるか。パ

        • どこまで行けるか

           1899年の冬のことだ。  大英帝国は老い、だが私たちは若かった。わたしたちはロバートの館に招待されていた。夜が更けるにつれ酒が進み、始めはにぎやかに四方山話で盛り上がっていたのが、段々に静かになり、グラスを傾けながら踊る火を見つめる時間が長くなった。暖炉には新しい薪が足されたところだった。  わたしは向かいの椅子に掛けたロバートの足先がふらふらと上下に揺れ、影が絨毯を行き来するのをぼんやりと眺めていた。その動きは何かを思い出させるのだが、酔いがもたらす気づきにはありがちな

          帰宅

             昼をまわり陽が落ち始め、駐車場にかかる影も角度が変わり、べったりと油溜まりのように延び広がっていく。  彼女は窓へ近寄り、ガラスにぺたりと手を添え、じっと向かいの青い外壁の家を見つめる。  あそこわたしのいえだと思うんだけどなー。  施設の駐車場に向かい合う形で部屋の窓が並んでいて、窓の内側の障子戸は閉まっていて屋内は見えない。  人影はない。誰かいないはずがないのに。  夕方が近くなり陰が濃さを増し、車はその下に沈む。  かえりたいなー。かえれるんだけどなぁ。すぐそ

          『冬乃くじのBFCトリロジー』

           冬乃くじによりBFC4に投稿された三作は内容的に共通する点があり、三部作として読むことで完成される。と、いったような要旨。   1.は前二作の三部作における位置づけ。2.は三作目の意図するところについて。 1.  「サトゥルヌスの子ら」(以下「サ」)は主人公と、抑圧的な父親、父に才能を搾取されていた姉の三者の関係の物語だ。  「あいがん」(以下「あ」)は主人公と、抑圧的な母親、母から溺愛されていた飼い犬の三者の物語だ。  どちらの作品も三者の関係が織りなすエモーショナルな

          『冬乃くじのBFCトリロジー』

          BFC4 本選Dグループ 感想文

          たそかれを 「日記」    タイトルからすればこれは日記の記述なのだろうが、誰かに読んでくれるよう頼んでいて、つまりこの文章を読むような親しい人が身近にいる。語り手は最低でも三回は離婚を経験している。アルバイトで生計を立てている。親の介護、葬式など考えているところからして、それなりの年齢なのだろう。読んで欲しがっている“少し前にあった出来事”の話は、要約すれば三度目の離婚のきっかけになったマーセル紙を偶然手にして昔を思い出した、というだけのことで、何故こんな話を聞いて欲しか

          BFC4 本選Dグループ 感想文

          BFC4 本選Bグループ 感想文

           タケゾー『メアリーベル団』  ヤングケアラーを扱った本作は、主題のアクチュアリティという意味で冬野くじ『サトゥルヌスの子ら』と並び本選の中でも目立っている。  主人公は三つ年下の妹の世話をずっとしてきた小学四年生の男の子。小学校に入ってから十歳の十月までの四年以上もの期間、授業が終わるとすぐに帰宅して夜十時まではひとりで妹の世話をしている。母親の仕事が休みの日は役目から解放されるのだろうか?多分違うだろう。これは仮に年齢を考慮に入れなかったとしても極めてヘヴィーな環境だ。

          BFC4 本選Bグループ 感想文

          BFC4 本選Aグループ  感想文

          古川桃流 「ファクトリー・リセット」  よくある家庭の風景、と思わせる出だしから、段々と様子がわかってくる流れがとても良くできていて、家や母親についてのちょっとした叙述トリックめいた仕掛けも意外性がある。読みながら、エンターテイナーの丁寧なもてなしを感じた。  ただ一方で、この世界におけるロボットの立場がよくわからなかった。アリスは主人公の持ち物なのに何故ビルの隙間にいるのだろう。それとも自律した存在だから別に暮らしていたのだろうか。アリスと主人公の関係は恐らく親しいものだ

          BFC4 本選Aグループ  感想文

          『夜語り』

           夜。あなたはソファに寝転がりiPadで漫画を読んでいる。私はPCに向かいせっせと打鍵している。私は手を止め、特に前置きせず話し始める。  『意外性のない出会いから』  あなたは画面から顔を上げ、物憂げに私を見る。  意外性のない出会いからありふれた別れまで、大体三か月でスムーズに進行した。彼女は大学の一年生で、彼は別の大学の二年生だった。(「若いね……」とあなた)  二人は飲み会で出会った。彼女も彼も不特定多数との酒の席は好まなかったが、友達に頼まれ仕方なく出席することに

          『夜語り』

          『Kとサイゼのミラノ風ドリア、』感想

           さらっと読んでしまうと、長い付き合いの友人との別れを描いた物語、としか見えない。イグナイトファングの出番のない少し感傷的な百合風味ブンゲイ的一品だ。  しかし注意深く読むと、不思議な記述が頻出することに気づく。これは見かけ通りの物語ではないのでは、というのが以下の文章の要旨です。    サイゼリヤのミラノ風ドリアが300円になったのは2020年7月からとのことなので、作中の時代設定はそれ以降。“その時代”と回顧している所から(さすがに一、二年の経過で“時代”なんていわない

          『Kとサイゼのミラノ風ドリア、』感想