BFC4 本選Bグループ 感想文

 タケゾー『メアリーベル団』

 ヤングケアラーを扱った本作は、主題のアクチュアリティという意味で冬野くじ『サトゥルヌスの子ら』と並び本選の中でも目立っている。
 主人公は三つ年下の妹の世話をずっとしてきた小学四年生の男の子。小学校に入ってから十歳の十月までの四年以上もの期間、授業が終わるとすぐに帰宅して夜十時まではひとりで妹の世話をしている。母親の仕事が休みの日は役目から解放されるのだろうか?多分違うだろう。これは仮に年齢を考慮に入れなかったとしても極めてヘヴィーな環境だ。
 全体の語りのトーンが抑制されているのは、妹が亡くなった、25歳の時点から回想しているからだ。メアリーベルとの出会いも、そのような超常現象が実際にあったのか、抑圧された彼の解放への欲求が見せた幻なのか、答えは明確ではないが、どちらであったかは彼にとってさして重要なことではないようだ。行動療法士という仕事に就いたのは、彼のその後の人生も悩みが決して少なくなかったことを示しているのだろう。
 語りに余計な説明をさせないため、読者が読み取り、再構成すべき要素が少なくないが、実験的パズル的な難解さではない。適切なパーツが無駄なく組み合わされて作られている。
 
 
佐古瑞樹 「或る男の一日」

 何か事件が起きるのではないかと思っていると最後まで特に何も起きないが、この何も起きない一日を飽かせず読ませるような細かな工夫が随所に仕込まれていて、それは何でも屋SE業務の詳細であったり、同期の結婚について別の同期と話し→LINEで問い合わせ→返信を受け取るという一連のやり取りがところどころで挟まれることによる時間経過の表現だったり、繰り返されることで読む側にも感じられてくる背中の痛みであったり、唐突なマッチングアプリの呼びかけとそれへの手慣れた対応であったり、といった彼のこれまでの日常を感じさせる細部たちだ。
 これがテーマですとかこれが仕掛けですとか大書されてはいないが、これもブンゲイの芸ではないかと思った。
 こういう形で完結しているオブジェみたいなものなので、あとの評価は好みの問題という話に早々となりそうで、トーナメントという場ではそこが弱点になるかもしれない。

見坂卓郎 「滝沢」
 
 くすりとでも笑える作品は貴重だ。
 タッキーと滝沢君が同一人物だとすら理解していなさそうな詐欺メールが、あの手この手で適当な文章をでっちあげ、段々に内容もエスカレートしていくのが巧み。文全体から不誠実といい加減さがにじみ出ていて、途中で路線変更してタッキーの母が出てくるのは詐欺グループの別のひとりが介入したからなのだろうか、だから滝沢君は童貞ではありませんを繰り返すのだろうか、とか、つらつら考えつつ、基本的に童貞いじりのようなものは嫌いなのだがテンポの良さに笑わされた。
 笑いを生むために労力の払われた作品なので、技術の高さが評価されるといいなと思った。一方、先述の童貞いじりのような、笑いの趣味の部分で敬遠される可能性もありそうで、この作品も矢張り評者の好みに左右されるところが大きそうだなと。

雨田はな 「踏みしだく」

 食べ物の感触に快感を覚える、というのは、身に覚えの全くないひとはいないのではないだろうか。実際にしたことはなくても、踏んだ瞬間の泥玉を潰したようなぐにゅりとした感触は想像しやすいし、食べ物をおもちゃにする楽しさも子供の頃のいつか経験したはずだ。
 なぜそんなことをするのか、について一応説明らしきものはされているが、それはあくまできっかけに過ぎず、自分が気持ちいいからやっている、で終わっている所は好ましい。他者から忌避されてきた習癖が、官能的に受け入れられるのもきれいだ。
 踏む仕草はまるで足で咀嚼しているかのようで、美味しそうに描写された食べ物が彼女の足指を楽しませ、見えない器官に飲み下されていく。

宮月中 「十円」
 
 このパターンの物語構成の教科書みたいな作品だと初読時思った。
 話の大きな流れは大体二ページごとに一区切り、三部構成になっている。
①    “私”と小学生の娘が十円玉磨きの自由研究を行う。
②    新学期が始まり、娘のクラスで十円玉ブームが広まっているらしいことが伝わってくる。
③    リカちゃんの猫の墓を皆で作る。

 ①は状況の説明。娘の熱の入れ方は段々激しくなっていくが、あくまで一家庭内でのエピソードに留まっている。
 ②家庭から舞台は学校に移る。エスカレートしていく状況は、伝聞としてしか“私”は知ることができない。嘘とも真とも知れない伝聞なのでエピソードは圧縮され、展開の速度も上がる。だが“私”に起きていることの実態が正確に把握されることはない。
 ③ここで語りの速度はゆっくりしたものに戻る。状況が途方もないことになっていることが“私”の視点から語られる。
 エンターテインメントとして読者が入ってくるための間口がとても広いのに感心した。誰でも入り込みやすい導入から、段階を踏んで突飛な世界へと誘導していく。②でのギアの替え方も見事。②は要約がスピード感を出し、それはここで必要な効果だ。③は省略なく淡々と描くことで滑稽だがどこか神秘的ともいえるような雰囲気を効果的に醸し出し、ラストはブンゲイ的な余韻も用意している。抜かりがない。
 

鈴木林 「軽作業」

 なんとはなく、高野文子の絵柄で読んでいた。ひとの話を上の空で聞きながら物思いに耽るところ、あっけらかんとした結末が連想を呼んだようで。
 会話が成立しているようで実はいず、それでも何やらコミュニケーションらしきものがあるかのように互いに振舞い、実際最低限仕事を進めるのに必要な情報のやり取りは不思議とできている、という、職場あるあるがユーモラスに語られていて、騒音に満たされた倉庫が舞台としてこれ以上なく活きている。

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