猛暑の新潟湯治⑥<最終話>【36度の快楽 珍生の湯】
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出湯温泉には4つの旅館と共同浴場が2つあり、全て別の自家源泉を保有している。ずっと気になっていたのが珍生館の湯だった。
日帰りを受けておらず、何と宿泊しても入浴時間は17時~21時、翌朝6時~9時までと極端に短い。食事の時間とも丸被りだ。これは湯をかけ流しにし、源泉を大切にしている証明でもある。
泉温36度の単純弱放射能温泉は、循環をすれば24時間でも入浴可能になるが、当然湯の鮮度は落ちる。温湯好きとしてはこの猛暑の折、何としてもかけ流しで入ってみたいと宿望していたのだ。
浴槽は2階(大)と1階(小)の二つ。入浴に適した温度にするために多少ボイラで1~2度加温されていた。熱を加えるとどうしてもガス性分やラドンも飛んでしまう。
湯治宿を使用する人は全員が温湯好きとは限らない。インフラの工事の方や、南伊豆の湯治場では野鳥の生態系を観察する方が長期で滞在していたこともあった。勿論、温泉は熱くなければダメという方も多い。
(これがノンボイルだったらなぁ)
毎日3回ほど顔を合わせる女将さん。率直に腹心を伝えると、女将さんからマメに内線が来るようになった。他のお客さんの有無や入浴時間を教えてくれるのだ。
「今日のお客さんはもう入らないみたい、加温止めますか?」
「明日の朝はヨシタカさんだけ、何時に張っておきましょうか?」
宿側としてもボイラ代の節約になるので、細かく時間を指示してくれた方が助かると仰せ。30分で満タンになるという1階の湯。希望の時間を伝えるとオンデマンドで源泉浴槽を作ってくれた。
2階の大浴槽への配湯は止めてもらい、一人サイズの浴槽にラジウム泉をワンショット。湯量は当然倍になる。
「オオオッ!!」
湯に浸かり、あまり出すことがない温度計を湯口に指すと、何と寂光浄土の36度。ここは現世か冥界か、その中間に浮かぶ様なこの感覚。・・・ダメ人間が、ここに一人誕生した。
毎分湧出量19ℓは、大浴槽を抱えているお宿にしては物足りないか。
だが私が浸かっているのは家風呂の一回り大きいほどのサイズ。ザバザバとオーバーフローし、排水の金物に源泉が飲まれて行く様は圧巻だ。
ラジウム泉の蒸気が籠る浴槽はミストサウナ状態で、身体への負担は少ないが頭皮からは汗が流れ続ける。1時間が何ともあっという間に過ぎて行く。数多の湯に浸かってきたが、これほど感動する湯に出会ったのは久々だ。
私 「女将さん、凄いですね。この1階の源泉」
女将 「ラジウム泉が好きな方は皆さん仰います。2階よりも効くって」
私 「測定器とかは持ってないですけど、分かります」
女将 「以前循環にしようか検討したこともありました。そうすれば長い時間入れるから」「でも、源泉を活かすことにしたんです」
その時、一人の女性が車を運転し宿正面の駐車場に駐車。館内の帳場の中に入って行った。
女将 「娘です」
私 「えッ!?女将さんあんなに大きいお子さんいるの?」
女将 「私、ヨシタカさんより遥かに年上よ」
私 「妹さんかと思いました」
艶麗な笑みを浮かべる女将に思わず岡惚れ…いや、いかんいかん。
私 「女将さん、毎日この源泉入っているんですよね?」
女将 「そう。私ここに慣れちゃって、溜まり湯は入れないの」
私 「化粧品のCMでもやればいいのに」
女将 「マスクで隠れているだけよ」
後記
時間制限のある湯は、テレワークをするには却って好都合だった。
9時から17時までは食事の時間を除き仕事に集中。Wi-Fiの通電状態も素晴らしく、会議に商談にフル回転。昼間は誰も使わない食事処のテーブルを利用させてもらい、腰の痛みを回避した。
最初の数日は日中「華報寺共同浴場」に通ったが、それも面倒になり止めてしまった。珍生の湯に朝夕計3時間浸かり、リハビリをしながらの粗食生活。仕事こそ手が離せなかったが、出湯での日々はさながら隠遁生活の様だった。
だが、最高の状態の源泉に入れたのは滞在中僅かに4回。そもそも7月8月の猛暑日にしか、この快楽に浸ることは出来ないだろう。
源泉の尊さ、それを扱うことの難しさを改めて痛感させるられるような出湯滞在だった。
令和4年7月20日
『猛暑の新潟湯治』 おしまい
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