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源泉回顧録【夏の福島③完結 横向~磐梯熱海温泉】

<前回はこちら>

 福島市から西へ、安達太良山を北回りで超えると「横向温泉」が現れる。3件の施設しかない小さい温泉地だが、ここには秘湯ファン垂涎物の足元湧出泉が拝湯できる「滝川屋」という旅館がある。
 この地は県内で初めて湯治が始まったとされ、60部屋をも構える滝川屋もその栄華の名残を残す。現在は予約困難宿とも知られており、1日一組(二組という情報も)しか宿泊を受けておらず、日帰りも完全予約制で1時間のみ。
 夫婦二人で切り盛りしており、サービスの質を落とさにように制限をしているそうだ。
 
 以前にも何度か日帰りの予約を試みるも、電話口で満枠を告げられていた。今回は大雨予報も出ていたためか、前日に連絡すると意外にもあっさり枠が取れた。暴雨の福島市から土湯トンネルを抜けると、雨雲は霧消しており晴れ間を覗かせた。

 ノスタルジック系の木造二階建て玄関を潜り、帳場で女将さんを発見。
入浴料を渡すと先導を受けメイン浴槽「下の湯」に到着。ここは完全貸切のため、スマホと共に浴室へ。目に飛び込んで来たのはエメラルドグリーンに黄金の湯の花。感涙物の美色と源泉と対面、ここぞとばかりにシャッターを切る。

 源泉は夏場は極上の32度。浴槽は3つに区分けされ、それぞれ温度が異なる。別の高温源泉を投入し温度調整されているが基本は全てが温湯。簀子状の湯底が時々地鳴りのように「ゴゴゴッ」と呻りを上げる。暫くすると気泡が上がり、湯が浴縁からオーバーフロー。
 フレッシュな源泉をゆっくりと効かせると、時折眠りに誘われ口元が着水し目を覚ます。あっという間に60分が迫ろうとしていた。

 通年営業しているというこの宿。極上の温湯はビッグインパクトを残したが、”冬場はどうするのだろう” という疑問が残った。


 夏至を迎えたこの頃。温湯連湯で仕上げにかかる。目的地は吾妻小富士の東、標高900mに位置する「微温湯(ぬるゆ)温泉 二階堂」。こちらもその名に違わぬ源泉32度。300年以上続く湯治場だ。

 特筆すべきその効能は、貝掛温泉(新潟)や姥子温泉(神奈川)などと並び眼病(白内障やドライアイ)に適応症を発揮する。以前に日帰りで訪れた際、酸性泉で顔をじゃぶじゃぶ洗っている老人に居合わせた。 
 「ああ、肌が荒れてしまうのに、、」 よく見ると目を源泉で洗っている。大阪から眼病の治療で湯治に来たそうだ。


 野猿も横切る隘路を駆け抜け、再び訪れたオンボロ宿。宿泊棟に立ち入るのは今回が初。江戸時代建築の母屋、その後も改増築はされているようだが、中背の私からしても明らかに低い天井がその歴史を物語る。
 自炊棟の素泊まり料金は4,500円。部屋は冷蔵庫や冷暖房器具は勿論のこと、内鍵外鍵もない襖仕切り。誰かが廊下を歩けば部屋まで振動が伝わり、時折ゲリラ豪雨が木造屋根を激しく打ち付ける。

 雨を凌ぐためか、害虫群が館内中に飛び回る。アースジェットを片手に退治を開始。10分ほど格闘したころ、とめどなく侵入してくる虫たちに心折れ始めた。
 ここである事に気づく。隣部屋や廊下との仕切りは上部が欄間となっており筒抜け。これではいくら殺虫剤を吹き乱しても無駄だ。やがて隣部屋に老夫婦がチェックイン。話し声やテレビ音、咳払いまで丸聞こえ。不眠症の自分にとっては四面楚歌だ。
 
 「これじゃ、、眠れない。」

 全てを取り返すべく浴室へ。男女別の内湯を一つしか持たないこちらの宿。毎分約200ℓの湧出量はお見事、新湯がドバドバと落とされ湯が溢れる。かけ流しの源泉は100点を付けたくなるほど良質。さら湯加温風呂との交互浴で一晩中いただいた。

 時期と天候のため少々苛烈な一夜となってしまったが、如何にもという湯治場らしい雰囲気。炊事場は清潔に管理されており、いつか長期滞在にも挑みたい。連れを伴う際は、事前に宿の様子は伝えておいた方が無難だろう。


 翌日、旅も終節。ラストダイブも温湯で決めた。福島県のほぼ中央に位置する「磐梯熱海温泉」。
 鎌倉時代、源頼朝の家臣であったこの地の領主が静岡の熱海出身だったことから名付けられたという。両者を区別するために最寄駅は「磐梯熱海駅」。駅の開業は静岡の熱海駅よりも遥かにこちらの方が早いそうだ。

 駅前から裏路地にひっそりと佇む共同浴場「湯元元湯」は、泉質、雰囲気共に素晴らしく、福島の湯巡りの締めには多湯している。
 開湯280年を誇るこの浴場は、かつて村人達は生活水として使用していたそうだ。この湯に浸かり眼病や皮膚病が完治する者が続出し、二本松藩主が浴槽を整備させたという。   

 入口の番台すぐ近くには、江戸時代後期に記された古文書が原本のまま掲示されている。病を患った藩士が上役に提出した「湯治願い」だ。古くからこの源泉が治療に使われていたことを証明する貴重な資料の一つ。

 大小2つの浴槽には51度と29度の2本の源泉が使用され、どちらもph9.0を超える強アルカリ性の単純温泉。老若男女問わず楽しめる優しい湯。 
 宿泊の微温湯温泉や、高湯、岳温泉など酸性泉が多い福島県北。旅の締めには有難いアルカリ性泉質。大浴槽は30度台前半に調整されており、1時間オーバーの交互浴は必至。肌はスポンジのようにぐんぐん美肌成分を吸収する。見事に仕上がった。

 熱海という地名からリゾートが回想され、「源泉が蔑にされているのでは?」と懐疑心を持っていたが、そんな邪推も一網打尽にするほどの良泉だ。比較をするのはナンセンスだが、温湯好きの私としては「磐梯」の熱海を趣向し、何度もリピートしている。
 
 弾丸福島巡りもここでフィニッシュ。まだまだ温泉大国福島の尻尾が見えたほど。深遠な福島の温泉の魅力、季節を改めまた堪能したい。

                            令和2年7月

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