源泉回顧録【群馬県 老神温泉】
※この記事は2020年1月の日記に加筆修正したものです。
ここにも、何度でも来たくなる。行程も宿も毎回一緒。そういえば、案内される部屋も、いつも一緒だなあーー
尾瀬の入口とも呼ばれる群馬県片品村。自宅最寄りのインターから約90分のこの地は、心身の保養のために年に2回ほど訪れる。
奥地はスキーリゾートにもなる一帯。豪雪により育まれた伏流水は平成の名水百選に選出されており、村に点在する湧水処には観光客はもとより地元民も多く集まる。20ℓのボトルタンク数本分を採水し、飲用はもちろんあらゆる生活用水として使用するそうだ。
美味しい空気と水。冬には雪下野菜と名物の舞茸。そして滾々と湧き出る源泉を、身体は定期的に求めるのだ。
沼田インターを降り国道120号(通称日本ロマンチック街道)を日光方面へ。一部区間は2014年より【とんかつ街道】と名付けられている。
群馬県は日本屈指の豚肉の産地。上州銘柄豚を求め、県外から訪れる美食家たちも多いという。
国道の両サイドにとんかつ屋が軒を連ねる中、この日入店したのは「とんかつトミタ」。石原裕次郎氏や食通で知られるタモリ氏も来店したというこの店。
窓際のテーブル席からは雪化粧を纏った赤城山と、見事な河川段丘が見下ろせた。メインのロースかつ定食も評判通りの味。衣が凶器と化した油と衣だらけのそれとは違い、肉の旨味をしっかりと味わう。快食での旅の幕開け。
北東方面へと車を走らせると、東洋のナイアガラ「吹割の滝」が現れる。天然記念物にも指定される一大観光名所。1万年もの年月をかけて形成されたダイナミックな名勝は必見だ。1時間程度で周回できる散歩道が整備されており、連れがいる時はここに寄る。一人旅の今回はスルー。
少し離れると無料の公共駐車場があるにも関わらず、近隣住民が必死にパトライトを振り回し有料で案内する姿はちょっといただけない。
宿泊は朝市で有名な「老神温泉」。
肘折温泉(山形)、野沢温泉、鹿教湯温泉(長野)などで見られる温泉地の朝市。新鮮な地元野菜などの購入と、人々とのふれあいの2役を担う。
そう言えば、以前とある旅館の主人から伺った話。
かつて東北のある有名温泉地で企画された朝市。当然観光客の集客を狙った企画だった。だが、そこは鉄道でのアクセスも良く、街にはスーパーやドラッグストアもあり、生活には困らないだけの物が簡単に手に入った。
結局大した集客には繋がらず、地元民も乗り気ではなかったために企画はおじゃんになってしまったそうだ。
カルデラの底にある肘折温泉を筆頭に、朝市が文化として根付いているのは交通の便が悪い地。皆が足りないものを補うべく、村人達が品々を持ち寄る。湯治客は足がないのでそこで食材を購入し、宿で自炊生活をする。
文化として朝市が根付いている地は、湯治文化も残っていることも多い。野沢や鹿教湯そして老神も、好んで何度も行きたくなる温泉地だ。
街中へと入って行くと、観光産業の発展により栄華を誇ったであろう廃墟群が。なかなかヘビーな光景だが、この寂れ具合が何故か一人旅の旅情を掻き立てる。投宿するのは最も安い「楽善荘」。1泊素泊まり4千円台のプランも登場するこの宿に、いつも迷うことなく予約を入れる。
お世辞にも豪華絢爛とは言えない年季の入った鉄骨の宿。雰囲気は合宿所のようだ。案内される部屋のドアには【定員8人】の札が出ている。何故かここに、無性に泊まりたくなる時がある。
数年前のこと、部屋にカメムシが出た。必死で追い回し障子に留まったところを一撃。が、勢いで障子紙を破いてしまった。翌日そのことを女将さんに詫びに行くと、「気にしないで、むしろ虫が出ちゃってごめんね」と逆に謝られてしまった。声が大きく底抜けに明るい女将さん、その気前の良さに惹かれた。
浴槽は内湯が一つ、源泉の香りか鉄骨の匂いか判別し難い金気臭が漂う。
こちらも綺麗とは言えないが妙に落ち着く。老神に入ると外湯は入らず、終始館内の浴槽だけで身体を温める。アルカリ性単純温泉がかけ流し、肌への刺激が少なくホッとする。
温泉街には埼玉県を本社に持つチェーン店「ぎょうざの満州」が経営する大型旅館「東明館」があり、1階は店舗になっている。餃子とネギチャーシューをつまみにハイボール。微酔を楽しんでからもやしラーメンで締め。
部屋に戻ると広すぎる部屋の中央に布団を敷き、横になると不思議とよく眠れる。
早朝、人が疎らな温泉街に繰り出し、清流片品川沿いを30分程散歩する。綺麗な空気が体内を巡るようだ。
この宿では500円で朝食が付けられ、チューナー付きのブラウン管テレビが置かれる食堂でテレビを見ながら拝食。ここで女将さんとダラダラ話しながら食す舞茸の炊き込みご飯ほど旨いものはない。
10時のチェックアウト。宿を発ち向かう先は湧水群の一つ【観音様の水】。茅葺屋根が目印の湧水処、家風呂サイズの貯水槽に湧水がドバドバと落ちる。車をギリギリまで寄せ付けるが20㎏になるボトルの積荷は一苦労。
少し減らそうかな、、そう思ったころに必ず頭を過る。
”この近辺で販売される尾瀬のおいしい水。500㎖一本120円。
この両手に懸かっているのは、その40本分、4,800円”
そう思うと途端に力が漲り、ボトルがヒョイと持ち上がる。これが暫く家の飲み水となる。
何故だろう、変わり映えのないこの旅が好きで、半年後に全く同じことをする。
令和2年1月20日
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