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夏の湯治⑪【私のベスト温泉 新潟 駒の湯山荘】

<前回はこちら>

 ここにも毎年必ず訪れる。
今時、予約サイトも持たず、電話予約だけの命綱。
 
 「もしもし 予約をお願いしたいのですが・・・」
 「・・・お日にちはいつになりますか」
 「・・・〇月〇日です」
 「・・・何名様でしょうか」

 1年間のテレワークで少しは慣れたのだろうか、この時間差。ここは電波が入らず人工衛星を通じ宿に繋がる。電気は自家発電、部屋の燈はランプで灯す。懐かしきアルコールランプの匂い。

 そう言えば以前、ランプの宿を謳うある山の宿に訪湯。館内は電灯が煌々と光り、部屋にはランプ風のLED照明。全室薄型テレビが設置されWi-Fi完備。デジタル機器から逃れるようにやってきたのに・・・興ざめだ。


 ここに来てやることは、読書か入浴か寝るしかない。
ついつい癖で手が伸びるスマートフォン、おっと触っても無駄だった。明日の昼前まで、電波とはお別れ。

 不便と言えばそれまでだが、何度も訪れたくなるこの宿。今回も私の母以外は全員リピーターだという。

 
 温泉ファンが聞かれて最も困惑する質問。
 「一番いい湯はどこですか?」
誰と行くか、何を求めるか、どの時期に行くか、それによって答えは変わる。夏季限定、少々不便も伴いますが、、と前置きした上で、私は度々この宿をナンバーワンに挙げる。

 「ランプの宿 駒の湯山荘」

 冬季は雪のため閉館。盆前からはアブが飛ぶ、雨さえ降らねば今が盛時。
私同様全身痛を抱える母にも啖呵を切った。
 「一番いい湯にこれからご案内しますよ」


 阿賀野市から関越道を南下、燕三条~長岡を通過し魚沼市へ。小出ICを出ると福島方面へと東進。緩やかな傾斜を登り次第に細くなる道。いつしか電波は圏外に。ブナの森を進むと見えてきたのは「山荘」の名に違わぬ木造宿。
 
 玄関を潜るのは13時。東北地方の湯治場にも見られるが、チェックイン時刻が早いのも湯に自信があるからだろう。
 ご主人から拝聴した長湯伝説、1泊2日で16時間入り続けたツワモノもいるというこの源泉、入れば最後。寂光浄土の泡付き33度。全ての浴槽にセルフ式の上がり湯があり、源泉とボイラ加温源泉をブレンドすれば適温浴槽の出来上がり。

 混浴露天風呂(湯あみ着レンタルが可能)に内湯や貸切風呂が計6ヵ所。
これらの浴槽に放擲される湯量、驚愕の毎分2,000ℓ。
 専門家でも意見が分かれるところだが、温泉で大事なのは鮮度と湯量。
湯は浴槽に落ちた瞬間から劣化が始まる。いくら良質な源泉を当てようと、量が足りなければ鮮度が保てない。

 こちらの一件宿が保有する源泉だけで、両サイドにプリンスホテルとニューオータニが新築されようと全て源泉で賄えるほどだ。これだけ潤沢な湯量を、今回は10人に満たない人数でいただく。

 まずは渓流沿いの露天にダイブ。ここの浴槽が最もダイナミック。柵もなく足を滑らせれば渓流へ。
 手始めにと入ったつもりが気付くと90分経過。鮮度の良い湯でしか発生しない泡付き。全身は常時真っ白。硫黄成分を含有するアルカリ性の源泉は、化粧品にも使用される超絶美肌泉質。オーバーフローした源泉は、滝のように川へと散擲される。

 続いて離れにある露天風呂へ。間歇泉の如く天を突く源泉は、日本の絶景百選に選ばれても良いのでは、、、流石に言い過ぎか。 
 一体何リットル出ているのか、排水の金物へ我先にと大量の源泉が渦潮を作る。とても処理が追い付かず、タイルは5㎝ほどのプール状態に。
 
 嗚呼、化粧水が、、いや札束が、、どんどん川へ流されてしまう。


 ここは食事も出色。大女将の伝で仕入れるという一等米は当然魚沼産コシヒカリ。一度も冷凍しないという魚沼牛のユッケに、ここでしか食べられないという河鹿の甘露煮。冬の閉館時期に仕込んでおいたという漬物、一品ずつサーブされる天ぷら。全て手が込んでいる。
 腹を満たしたらまた永遠と風呂に入る。


 翌朝、何やらバタつく館内。聞くと衛星電話に不具合が起こり、外部との交信が途絶えてしまったようだ。そう言えば、前回もボイラが不具合を起こしてたな、、やはり山の宿。でもそれすらも全て良き思い出。


 本旅最も衝撃だったのは、以前から気になっていた一人の女性。
女将さんの顔は良く知っている。ご主人のお姉さんか、お手伝いさんかに見受けられた。
 5度目の投宿で初めてお話する機会が。何とこの女性、館主のお母様であることが発覚。私の実父より年上だ。その事実を隣で聞いていた客からも感嘆が漏れる。とても見えない。温泉水を使用した化粧品も販売されるこの宿、モデル要らず、自らの肌でその美容成分を証明。

 帰り際、オリジナル化粧品を購入する母。そして美容液として使用できるという源泉を、車に積載していた大量の空ペットボトルに満たす。
 
 私はチェックアウトギリギリまで湯をいただく。全身痛と身体の火照りにこの源泉を効かせる。背痛や膝の痛みも完全に抜けた。
 
 来るたびに評価が上がるこの宿。私の主観だがナンバーワンの宿。
電波断ちさえ出来れば、、ここに連泊するのが目下私の目標。


 PS. お世話になった方々へ

 再び発作が起きた時、苦悩に耐え切れず蒸発してしまうかもしれません。
音信不通になっても、どうぞ慌てずに。
 私はたぶんその時「駒の湯山荘」にいます(夏季限定)。

      
                           令和3年6月26日

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