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夏の湯治③【珠玉の温湯巡り 長野県田沢温泉】

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 風呂は熱くなければいけない。そんなルールは誰が決めたのだろうか。

一般的に銭湯に張られる湯は42度。日本人が最も適温と感じるそうだ。
でも、本当にそうだろうか?昔よく見た銭湯での光景。父親に「もっと入れ」と半ば拷問の様に湯に浸かる子供。それをにこやかに見守る近所のおじさん達。

 温泉地の共同浴場に行けば、湯を独占する地元民。熱さに耐えられない観光客が加水しようものなら、烈火の如く「薄めるな」と怒鳴りつける(まあそれも良い思い出)。


 仲間と行く1泊2日の温泉旅行。特急始発のターミナル駅に行くまでに1時間、温泉地までは2時間。ガイドブックを片手に周囲を観光。チェックインは15時。移動に要する時間、部屋でワイワイやる時間、せっかく温泉に来たのに、湯に浸かっている時間は・・・誰もが一度は頭を過ったことがあるはず。

 私も勿論熱い湯は好きだ。底冷えのする冬場、白濁硫黄泉の激湯に浸かると内側から効く感覚。血行が促進され、胸元から下が紅潮しポカポカと温まる。

 他方、激暑となるこれからの時期。コンクリートジャングルは40度に達し、避暑地と聞いて訪れた山中においても、照り付ける陽光に肌が傷む。こんな時期、私は温湯を追う。


 温くても良いじゃないか。それが、源泉であれば。
温湯(ぬるゆ)の魅力、これに取り付かれたものは、もう後戻りはできない。
 
 僭越ながら温泉ソムリエマスターという肩書を拝受し、仲間内の温泉旅行の企画を任されることも多い。必ずと言ってよいほど、その行程の中には温湯を組込む。多くを語らず、講釈を垂れることなく、とにかく「入ってみろ」、と。

 2年前、男女4人での夏旅。新潟方面を目指し、立ち寄りは大沢山温泉の本家「幽谷荘(源泉温度27度、加温あり)」。宿は「貝掛温泉(同36度、かけ流し)」をアサインした。

 食事を終え、湯に入ってから部屋でトランプゲーム。約束の22時を過ぎても女性陣が一向に出てこない。苛立つ男友を諭す。
 「まあ、いいじゃないか」 私はほくそ笑んだ。

 二人とも逝ってしまったようだ。一度入ったら最後の不感温度、気持ち良すぎて出れない、眠りに堕ちた2人が出てきたのは約束の時間の2時間後。トランプは朝方まで続いた。
 
 

 時として無色透明無味無臭、一見ただの水とも見紛う青々しい鉱泉。時として黄褐色のモール泉、泡付きのグリーンを帯びた炭酸泉。これらに行くと、必ずいる。
 弥勒菩薩が乗り移ったかの様に閉眼し、仏との融合に努める。近付いてはならぬスピリチュアルな空間を漂わせ、話しかけることは許されない。湯口付近から微動だにせず数時間。
 
 地元民からも一目を置かれる超人的なエピソードは、もはや生ける伝説。
毎日オープンから4時間入るという、沓掛温泉「小倉の湯(35度)」。1泊2日の滞在時間で16時間入り続けたという「駒の湯山荘(33度)」。

 あれは3年前だった。身体が火照り不眠状態が続き、向かったのは群馬県「大塚温泉(33度)」。浸かってから1時間が経過したころだった。

 閉眼したまま浸湯していた老人が目を覚ました。

老人 「どこからだい?」
私  「埼玉からです。ここは温いので1時間は入っていられますね」  
老人 「わしは5時間入っとる」
私  「・・・(苦笑)」

 胃腸病を患ったというこの方、医師より薦められここに通っているのだという。飲泉も出来るこの湯、湯口から源泉をすくい体内に流し込む。
 一時粥しか食べられなかったそうだが、ここで湯治をしてから食が戻ったと笑顔を浮かべた。
 

 まだまだ神格化されるには程遠いが、私も温湯に浸かると2~3時間と入っていることが度々ある。これが一人旅が多くなってしまう要因。仲間と行くと、そういう訳にもいかない。

 
 既に真夏日を記録し始めた日本列島。持病からか、だるさが出やすく食も細る時期。人生初となる夏湯治は、珠玉の温湯、冷鉱泉をメインに旅程を立てた。
 ファーストダイブに選んだのは、長野県青木村「田沢温泉」。
開湯は飛鳥時代とも言われるこの源泉。その昔、山姥が湯治に訪れ、鬼退治をして坂田金時(金太郎)を生んだという伝説も残る。

 近代においては、小諸義塾にて教鞭とっていた島崎藤村が愛湯したという。彼の宿泊した「ますや旅館」は、当時を思わせる木造建築が残されており、国の登録有形文化財に指定されている。

 街のシンボルである「有乳湯」は、朝5時から営業開始する共同浴場。
建物自体は建て替えられたもので清潔。入浴用は200円と格安だ。これも湯量が多く、かけ流しだからこそ実現できる価格。
 365日自噴で湧き続ける源泉は、3件の宿に配湯されるのみで、余った湯はドバドバと水路に流れている様子が確認できる。羨望の眼差しで暫く見入ってしまった。

 館内は小さい内湯が一つのみ。泡付き源泉は40度、強アルカリ性でありながら硫黄成分を含有する美肌泉。浴用38~39度程度。湯の鮮度が良いからだろう、細かい気泡が全身に付き始め美肌ベールに包まれて行くようだ。
 
 こでは1時間程の浸湯。ここまでの運転により少し凝固した身体も一気に解れた。「泉質の良い温泉は」と聞かれると、田沢温泉と回答することも多い。もう3度目の訪湯だが、何度来てもその実力には圧倒される。

 
 華麗なファーストダイブ。だが粒沿いの名湯揃う青木村~丸子温泉郷。
まだその入口に立ったばかりだ。


                           令和3年6月18日

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