ありがとうが言えない病


時折目が点になるくらい"俺は間違っていない"が基本の団塊世代父。一体なんの自信があってそんな偉そうなんだ、てくらいに面倒くさい。自分の間違いを絶対に認めない。だって俺が間違えるはずがないから。俺が一番正しいから。俺が正しいと思うこと以外はすべて間違いなのだから。

俺は間違っていない、が基本だから話し合いになんてならない。一方通行。娘相手でも本気で逆ギレする。人間性ももちろん関係しているだろうけど、介護施設で長年働いてきた兄が断言している。その世代の男性は9.5割その態度だと。それで生きてこれたのが原因だろうな、と。


わたしも頑固で負けず嫌いなところがあるからぶつかるのは必至なんだけど、家族は対等でありチームだという価値観のわたしからすると"あんた何様?"という言動ばかりなのでまじで渾々と伝え続けている。ありがとうとごめんなさいが言えない人間は親以前に人として終わってるよ、と。

父自身も10年近く言われ続けて少し自覚はあるみたいだけど、部下や妻に指示して"やってもらう"ことが当たり前で人に“頼む""お願いする"ことに慣れていないのだ。両者は同じなようで全然違う。そしてありがとうという言葉がなぜか自然と出てこないらしい。感謝していても口に出せない。

それは今までやってもらって当たり前と思い込み、それで人生が回っていたからなのだろう。どれほど周囲の人間が振り回されているかなんて気がつく事もない。やってもらって当たり前だからだ。父からすればなぜ突然こんなに喧しく言われるのか理解できないのだろう。

入院すれば、携帯の充電が切れそうだけど身体の自由がきかないためコンセントに手が届かないから病院へ来てくれ、と連絡がくるほどクソオブクソな王様気質だ。何のための看護師さんだよ。人に頼めよ。と家族全員でため息。外では"優等生"として生きてきているので、人に頼むなんて恥なのだ。

看護師の友人も言っていたがこの世代の男性患者さんは本当にそうで、もっと頼んでくれていいのに言いづらいのかご家族を呼び出してあれやこれやさせている、と。

違う、彼らは言いづらいのではない。頼まなくとも当たり前にやってもらえる家族や部下以外、誰かに何かをお願いするその行為自体プライドが許さないのだ。

嘘のような本当の話で、70になってそんなプライド持ってる方が本人自身も生き苦しいのではないかと思うのだが彼らにとってはその何の足しにもならない役にも立たない体裁だけを考えたプライドこそが生きていくための餌なのだ。

人に言われて口に出す"ありがとう"なんて意味がないとは思うけれど、そこまで伝えないといつどんな時に人は人に対して"ありがとう"という言葉を発するのかすら分からないのだと感じる。


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5月末から突然始まった母へのプチ介護と認知機能が著しく落ちた父への対応でスマホを触る時間すらないくらい目まぐるしい1ヶ月を過ごしていた。

このまま両親が亡くなるまでわたしはこうして実家で両親の世話をして歳をとっていくのだろうか…と悲観的になることすら許されないほどに家事と介護で精一杯の日々。介護で仕事が続けられなくなり無職になる中年の現状がよくわかった。仕事しててこれだけの対応なんてできないな、とわたしは感じた。無職だからこそやっているけれど、少なくともわたしのキャパシティでは仕事しながらなんて無理だ。

ネットサーフィンができないことへのストレスは溜まる一方だが、強制的に情報断捨離にならざるを得ない状況は目や頭にとっては良かったのかもしれない。

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でもね、"ひとりの時間"を持てないとわたしは死んでしまうのだと痛感したのですよ。病になってしまうと感じるほどにフルスロットルでストレスフルフルフルマックス。

実家にいるからということと周囲に比べて親も高齢なのも一因だろうけど、親の介護や認知症や通院付き添いだの入院だのそんな話をできる同年代の友人なんているわけなくて、同年代の友人たちからしたらそんなの祖父母のこと?くらいの年頃だろう。話したってピンとこない相手に話す気力もなく、かといってこの鬱憤を溜め込むキャパもなく、介護福祉士として10年以上管理職という立場にいたプロの次男にLINEで愚痴る日々。家族以外で話す相手がいないのも苦痛で、孤独ではないはずなのに社会から孤立しているかのような闇を感じずにいられないのはわたしのタチからなのか。

「苛立つということは、真面目に相手をしてる証拠だ。えらいよ。でもこっちが先に疲れてしまうからな。もっと適当でいいんだよ。きつい言葉を浴びせた自分を責める必要はないんだ。それぞれが精一杯さ。肩の力を抜け。」次男からの励ましだ。

10年以上に渡り、家族(9.5割父親)のあれこれに振り回されてその度に両親(9.5割父親)とぶつかり"家族の病"に向き合い続ける。齢33年、大抵の友人たちは自らの人生や子の世話に明け暮れる日々であろうにわたしはどうしてこうも闇ばかり直面するのか、世間一般の"しあわせ"から遠いのか、子孫繁栄とは無縁なのは家系の業(カルマ)なのか、母のプチ介護と父の軽度認知症への対応と家事をこなしながらもそんなことを感じる余裕はあるようで。

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そんな最中先日一日だけすべてを放り出して3ヶ月半ぶりにひとりで映画館へ出かけた。

特別上映中のもののけ姫とストーリー・オブ・マイライフ。二本立て。

もののけ姫は当時小学5年生だったが電車で二駅離れた街にある小さな映画館へ通い6回は鑑賞した。鑑賞料金は500円。それほどに魅了された映画であった。昔は小さな街の映画館があちこちにあったよね。シネコンすら閉館してしまうこのご時世。贔屓にしている車で片道30分のシネコンはミニシアター系の映画も遅れて上映してくれるので頼むから潰れないで、との思いで足繁く通っている。ストーリー・オブ・マイライフは貸し切りでしたが。頑張ってくれ、映画館。タイトルと全く関係ない話でおしまい。

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