ごっちゃん

微細な振動(氣) を 通じて 施術する ひと chi shénjīng/チ シェン…

ごっちゃん

微細な振動(氣) を 通じて 施術する ひと chi shénjīng/チ シェンジン 奈良・京都・大阪にて訪問・出張施術

最近の記事

そういうこと

先月、とあるセッションを受けた 全財産5万円のわたしにとっては その1セッションは大金だったし そんな余裕ないだろ、何してんだばか つべこべ言わず働け、稼げ いつまで寝てんだ、怠けるな と頭の声に幾度となくぶん殴られながらの 清水の舞台から飛び降りる体験となった かなり前から受けてみたかったから 叶えてあげたかったし 10年前に独学でかじったもののさっぱりだったので、やっぱり専門家の“見立て“を知りたかった 結果、めちゃくちゃよかった 舞台、飛び降りた自分に拍手したし

    • やな奴は、やな奴だな、でいいんだよ

      • 前向きな意味で

        「生きててよかった〜!」 死ぬまでに たった一度でもこころからそう思えることがあったなら うれしいな

        • まんぷく

          お腹空いた~! となってからごはんを食べた記憶がほぼないくらい 1~2日何も食べなくても平気なにんげんなのだけど (保育士の頃はあったかな…) その分、昔から水分はめっちゃ必要なにんげんで ちょっと車でスーパーへ買い物に出かける際も 500mlの水を家から用意して 持ち歩くほど メンタルがやられているときは やっぱり消化機能も落ちているから 食べない方が楽なことが多い 3キロくらい数日でガクンと落ちちゃうけど それはきっと“余分“だったんだろうな なんて思うこともあ

        そういうこと

          うつむく

          約30年、おとめ座を通っていたわたしの太陽が 去年からてんびん座に入ったみたいで(ソーラーアーク) どうもしし座が生かされないなあ 場や環境なのかなあと数十年単位でもやもやしていたのはそのおとめ座がきいていたからだそうで 自分よりも他者へのケアやサポートがメインだったこと 一般的に見受けられるよりも 家族や親族のケア、サポートが人生の早い段階で請け負うことになっていることにも そっかあ…となったのだけど てんびん座に入ったからね これからは外へ出ていくこと 人と積極

          獅子座のヒーロー

          いきなりヒーローになろうとしなくていいから なれないし、笑 でも獅子座が強いひとは どうしてもそうなっちゃう “なろう“としちゃう そんな無謀な自分を またガメさんがすかさず切り刻む、笑 夢や理想をメッタ刺しにする、笑 ヒーローになりたい獅子み🦁🔥を宥めつつ まずは“自分王国“を創れるように “自分哲学“と“マイルール“を 少しずつでいいから 積み上げていこうね ちいかわみたいに 「ンショ、ンショ、」って ちっこくても 誰も気がつかないレベルでも そこからはじめよう

          獅子座のヒーロー

          周りを傷つけているあなたへ

          大宮エリー「思いを伝えるということ」文春文庫より 周りを傷つけているひとがいた 周りは傷つき、悩んでいた 周りはそのひとに怯え、 腫れ物に触るようにした 本当のことを言わなくなった 周りを傷つけているひとがいた 私を愛してと どうして愛さないんだと どうして他を選ぶんだと わめき散らすひとがいた 大丈夫だよ もう大丈夫だよ 暴れなくていい もう他人を傷つけなくていいよ だって知ってるもの あなたが一番傷ついているんだから あなたが一番あなたを 嫌っているんだから あなた

          周りを傷つけているあなたへ

          書く

          ずっと、ずっと書きたかった 息をするように文章を綴れていたのに この1年半 入力すればするほど手垢まみれのことばの羅列に吐き気がして削除する、を繰り返していた 内容はさておき わたしにとっての表現の1つだったから それはもう苦しくて ずっと鳩尾のあたりの不快感や消化不良感がまとわりついた日々を過ごしていた 自分のためにしていた表現が いつしか“誰かに見てもらうためのもの“になって 自分の感じたことは置いてけぼり 見てもらえるようにしなくちゃ そういう“表現“をしなくち

          自分の王国をつくれ

          先日、かなり激しめのの心臓マッサージをしていただいた わたしの心臓はほぼ動いていなくて ほんとうに微かに鼓動が確認できるほど そんなひどい状態だったみたい それは自分でも気がついていて 毎日目覚めても、生きた心地がしなくて ああ、また目が覚めたな なんで目が覚めるんかなってろくでもないことばかり脳内で再生される日々で でも死んでいるわけでもなくて 確かに体温はあるし、息もしている それでも屍のようで かろうじてこの世に存在しているだけ 片足はあの世に突っ込んでいるよ

          自分の王国をつくれ

          温度と湿度が下がるだけで こんっなに心身ともおだやかになるんだな

          温度と湿度が下がるだけで こんっなに心身ともおだやかになるんだな

          現在地

          あ、いままた嫌な記憶を思い出して反芻してるな~ でもそれを俯瞰できているな~ って自覚している時もあるし、 いま起きていないことをほじくり返して ごりごりに反芻してしまっている時もある。 行ったり来たり。 どの段階にいるかにもよる。 つい外側のそれっぽいことに当てはめて判断したり安心したりしがちやけど、 自分の現在地はどこかなって足元をみる。

          関わるということ

          人と関わることで、いろんな問題が起きて傷を負うことも傷を付けてしまうこともある。 そこから学べばいい、とは思う。 ただ、 自分以外の人は、自分の学びや成長の為に生きてるんじゃないよ、とも思うんだよね。 その人にはその人の人生があるんだよ、って。 他者という存在は、決して自分のの学びの“材料“じゃない。 ひとりの、生きた、人間なんだよってことは忘れずにいたいなあと思う。

          関わるということ

          等身大でいられれば

          わからない自分でいられること。 わからないことをわからないと言えること。 (もちろんお客さまに対しても) わからないことをわからないままで置いておける勇気。 わからないことは何も恥ずかしいことではないということ。

          等身大でいられれば

          随分とここから遠ざかっているけれど、少しがんばってみようかな。 過去記事をいま読んでみると削除したくなるけれど、まあこれも歴史として残しておこうかね。

          随分とここから遠ざかっているけれど、少しがんばってみようかな。 過去記事をいま読んでみると削除したくなるけれど、まあこれも歴史として残しておこうかね。

          てんてん

          人間同士だけはなく この世に存在するあらゆるものと 分かり合えた瞬間や (すべてと言わずとも)分かり合えた経験というものは その人にとって、だけでなく 他者にとってもこの世界全体にとっても ピタゴラスイッチのように 何らかの「てん」となり 癒しや変化へのきっかけになるかもしれない 温もりややさしさを感じたり ふっと何かが緩む感覚を感じることもあるかもしれない ひとりじゃない、と支えになることもあるだろう ー だけど そもそも分かり合えない 分かり合えていないという

          備忘録という名の

          そもそも… 未だに菌とウイルスの違いも分からずに“除菌”できると迷信しているんだね世の中は… アルコール除菌しているから大丈夫です!って声高々に言うたはるけど…ほんっっっまに自分の頭で考えたり調べたりしはらへんのやろなぁ… 生き抜くための“パフォーマンス”なのか 本気でテレビやメディアを盲信しているのか… ・ まぁ、恐怖で思考停止している人からするとそんな理屈どうでもいいのかもね…そのどうでもいい理屈と迷信でアルコールアレルギーのわたしは社会生活奪われてるんだけどもね。

          備忘録という名の