教授の言葉と 心に立てた志
残りの少ないインク壺。
皺の増えたお手本の冊子。
窓からそよぐ春の風、
机に降りるおだやかな光、
秒針が時間を刻む音、
真っ白な清書用紙と青い万年筆。
姿勢を正して、今日も硬筆の練習を始めます。
手の運びとペン先が作り出す線に集中して
頭の中を空にして向き合う感覚が心地よくて
何枚も何枚も
字を、書いてゆきます。
やや丸みを持たせた方がよいところ、
すっとなめからに力を抜いてはらうところ。
線の間隔と、へんとつくりのバランスは
とりわけ重要で
文字って、深くて、面白いものです。
心に任せて書き進めていると
気がつけばあっという間に
時計の針は進んでいます。
*
とは言っても、「昇段試験」という面でみると
このところ空振り続き。
私は五段に合格した頃からめっきり、
昇段できなくなっていました。
赤ペンで修正された添削後の清書用紙を見ては
つい、ため息がこぼれます。
でもそんなとき、
心を鼓舞してくれるのは
大学の頃お世話になった教授の言葉でした。
***
卒論のテーマを決める大学三年の夏。
教授の部屋で相談をしている時でした。
その冷静な眼と
穏やかな中にも思いのこもった口調に、
自分の怠惰な心を見透かされたようで
胸がドキンとしました。
その言葉の確かな重み。
それはきっと
明確な答えが存在しない文学の世界を
長くに渡って研究している教授の姿が
言葉を体現していたからこそ
生まれたものだったと思います。
話していたのは
卒論についてだったのですが、
なにかもっと大切なことを
教えていただいた気がしました。
***
字は一晩で上達できるものではありません。
そして、一度自分の癖が着くと
なかなか直らないものです。
意識をしなければ
今まで通りの、書きやすい自分の字を
選んでしまいます。
でも、時間をかけて修正し、磨き上げ、
正しく美しい字を会得すれば
それは一生ものの宝へと変わります。
段位はあくまで飾りのようなもの。
私がほしいのは中身のない飾りか
飾りに振り回されない中身か。
自分自身に問いかけます。
私は、美しい字を書きたい。
時間のかかることであっても
絶対に、自分のものにしたい。
困難だと思えるものにこそ、
挑戦する意味があるのだから。
心にそう、志を立てて
私は今日も
万年筆を手に取ります。
これからもあたたかい記事をお届けします🕊🤍🌿