真夏のクリスマス【Serendipity】
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「ミドリムシ~ミドリムシ~♪あなたのとなりにミドリムシ~♪」
手を繋いだ先にいるのは、奇天烈な歌を唄っているわが愛娘。
ご機嫌が良いようで、なによりです。
そんなことを思いながら見ていたら、にま~とスマイルマークのような可愛い笑顔をもらった。
今日二人で来ているのは、となり街にある「キヲク薔薇園」というところ。今まで一度も来たことがなかったけれど、実際に来てみると、小さいながらも種類が豊富で珍しい花も植えてあって、とてもきれいな植物園だった。
熱帯地域の植物なんかは、五角形の大きなガラスをはめ込んだサッカーボールのような形をした温室に、色とりどりの植物を詰め込んだ宝石箱みたいにキレイ。
薔薇については、名前に薔薇園とついているだけあり約百種類にも及ぶ薔薇を見ることができた。おかげで今日一日で、娘のうーたんお気に入りのお花は「薔薇」になったようだった。
何でわかるかって?だってさっきから隣で歌ってるんだもの。
「あなたのとなりの赤い薔薇がバラバラバラライカ~♪バラバっラバーに赤い花束を♪」
薔薇はまだわかるけれど、「バラライカ」って言葉はどこからやってきたのだろう。バラライカがロシアの弦楽器だなんて知らないだろうな~とか思いつつも、子供の単語のチョイスは奇想天外で、とても面白いと思う今日この頃。
「その歌も、うーたんが作ったの?」
「も、じゃないの。これがさっきの唄の2番なの」
そう言いながら、両手を挙げて、足をたんたんと鳴らし嬉しそうにしている。
「歌の題名はなんて言うの?ミドリムシと薔薇の歌?」
「違うよ~」
「ミドリムシの歌でもないし薔薇の歌でもないの~!色々の歌なの!」
ミドリムシでもなく、薔薇でもない。ミドリ、赤。
ん~色々の歌…ああそういうことなんだね~と理解して、なるほどと思っている合間に、うーたんは頬をハムスターのように、ぷくぅと膨らませてご不満の様子。
こういう姿も可愛いと思ってしまうバカ親?親バカだけれど、姫のご機嫌を損ねてしまったことは戴けない。
さっきまでご機嫌だったのに、不機嫌スイッチを間違えて押してしまったようだ、うぅ~難しい。
こういう時は興味を逸らせる作戦に出る。
「うーたん見てみてあれ何かな?」
うーたんが興味を引いてくれるように、声のトーンを少し上げて、何か楽しそうなものを見つけたかのように話しかける。
そうして適当に指さした先には、有難いことにウサギがいた。
植物園といえど、ここではウサギを飼っているらしく真っ白いウサギが5匹ほど大きな柵の中で飼われている。
長い耳とちょこんとある鼻をひくひく動かして、ぴょんぴょん跳ねていた。
うーたんは動くものが好きだ。カエルとか、ネコとか犬、動物に限らず車なんかも彼女にとっては興味の対象になっている。
けれども、うーたんはいつもなら興味をみせるはずのウサギたちには一瞥をしただけで、その奥の方を、じーっと見つめているのが分かる。
何だかわからないけれど勝手に自分で興味のあるものを見つけてくれたみたいだ。
「うー、あそこ通りたい!」
うーたんが、指差す先を見てみると、ウサギたちのいる奥の方に植物でできた小さなトンネルの入り口がみえる。
園内には人がたくさんいるのに、不思議とそこだけは誰もいないようだった。
「じゃあ行ってみよっか」
「うんっ!」
ご機嫌を取り戻したうーたんと二人、手を繋いで緑のトンネルを目指す。
トンネルまで続いている道は、石畳になっていて欧州のような趣があった。
こういう石畳を歩いていると、あの人のことを思い出してしまう。
あの人と手を繋いで歩いたローマの石畳。新婚旅行で行って、二人で観光したパンテオンにコロッセオ、トレヴィの泉…
「真実の口」なんかは「ローマの休日」のジョーとアンになりきって、映画のワンシーンを演じてみたりして…
「楽しかったな…」
あの人がここに居れば。
そんな願いは叶うわけもなく、少しの寂寥感に苛まれる。
考えないようにしているのに、ふとした瞬間に弱気になる自分がいる。
「楽しかったの?」
うーたんが、わたしが言葉に漏らしてしまった心の声に応える。
「そうだね~」
と笑顔をつくって瞬時に気持ちを切り替えるわたし。
うーたんが居るもの、それだけでも幸せものだわ。
「何のこと?」
「秘密!」
「いいもん、うー、すぐわかっちゃうもん。どうせパパのことでしょ」
当たりです。さすがうーたん。
そんなことを話しているうちに、トンネルの入り口に到着した。
トンネルの中に一歩足を踏み出せば、夏なのに顔や腕、体全体に優しい涼しさが広がる。トンネルの中と外では気温が少し違うようだった。トンネルと言っても植物で出来たトンネルのため隙間から、ところどころ日の光りが差し込んで後光のようになっている。
見上げれば、その日差しが風になびく葉っぱに反射して光の粒がキラキラと揺らめいて降り注いでくる。
「綺麗…」
「きれー」
二人で若草色に囲まれながら目の前の景色に見惚れる。
あなたにも見せたかった…
三人でこの景色を見れたら…
そんな思いがまたすぐ込み上げてくる。
ここにあなたが居てくれたら、もっと幸せなのに。
いや、そんなこと考えたって意味のないこと。
だってあなたはここにいない。
それでも三人で笑っている光景を思い浮かべてしまう。
いつもそんな風に押しては引いていく波のように、自分の中で一人問答は続いていく。
と、うーたんが突然大声を上げた。
「パパ!」
パパ?突然の大きな声に頭の中が真っ白になる。
「トンネルの向こうにパパがいる!」
「そんな…パパがいるわけないでしょ」
パパがいるわけない!それに、トンネルは曲線を描いていて、出口は見えない。
「匂いで分かるの!絶対パパ」
そう言い終えると、「パパぁ」と言いながらトンネルの出口に向かって一人駆け出して行く。
「うーたん、危ないから走らないの!」
それでも声は届かず、どんどん出口に向かっていく。
先を走る我が子を、早足で追いかけるも追いつかず駆け出していた。
徐々にトンネルの出口が見えてきたけれど、出口は眩しすぎるくらいの光りの輝きで、白い闇のようで何も見えない。
うーたんが白い闇にのまれていく。
それを必死に引き留めるかの如く、トンネルの出口に向かって手を伸ばした。
そして、トンネルから出る瞬間、有名な一文が頭に浮かぶ。
―トンネルを抜けるとそこは雪國だった。
さすがに真夏にそんなことはないけれど、そう思わせるほどの光景が目の中に飛び込んでくる。
自分の言葉で言うなら、そう。
―トンネルを抜けるとそこはクリスマスだった。
真夏なのに、雪なんて一片もないのに、12月でもないのに、クリスマスだった。
トンネルの向こう側には、ちいさなガーデンがあり中央には、真っ白な噴水が水を湧きだたせながら、ツリーのようにそびえたっている。
夕焼けに空は赤く染まり、夕方の底は翡翠のような緑で埋め尽くされていた。
夕陽と植物の作り出す赤と緑のコントラストが、まるでクリスマスのようだと思った。
目の前に広がる景色もそうだったのだけれど、何でわたしがクリスマスだと思ったかの一番の原因は噴水の手前にあった。
噴水の手前には、夏だというのにロングコートを着て、飛び込んできたうーたんを抱きしめている、あなたが居た。
「こっちは暖かい、いや、暑いくらいだな」
ロングコートを脱ぎながら、あっちはまだ冬だったのに、でもまあ脱げばちょうどいいか、なんて独り言を喋っている。
そんなことを言いながら飄々とした顔をして、手で自分の顔を仰いでいる彼を見て、さっきまで少し気分が落ち込んでいたのに、心が弾む。
「何でここに?」
純粋な疑問。
「ああ、この植物園に遊びに行くって前に言ってたからさ、誰もいない家にひとり帰っても寂しいだけだろ?」
「それはそうだけど、そうじゃなくて」
「わかってるって、海外単身赴任が急遽終わりました!イエーイ!」
単身赴任が終わった?
「というより頑張って終わらせました!だからさ、言葉通り飛んで帰ってきたよ」
そう言って、手で飛行機が飛んでるふうにみせる。いつの間にか肩車されたうーたんも、真似してびゅーんという効果音を自分でつけて楽しんでいる。
その光景をみて自然と笑みがこぼれる。
「空港からここまではタクシーで来たんだけど、割とどこも冷房が効いてて、さっきまでロングコート脱ぐの忘れてた」
なんて言いながら、へらへら笑っている。
あなたが脱いで適当に畳んだロングコートを手に取る。
「言ってくれれば迎えにいったのに」
言い方はふくれているように聞こえても、目の前にあなたがいることに頬が緩む。会うのは1年ぶり。
「日本は深夜だったからさ、急遽決まったし、わざわざ起こすのも悪いかなって思って」
そんなに気を使わなくても、聞いた途端に大喜びで、すぐ駆けつけるのにと思ったところで、遠足前夜の幼稚園児のようにわくわくで寝れなくなるかもしれないとも思った。
「長かったな~海外での1年。ほんとは3年くらいかかるらしいんだけど、仕事が一段落したところで、代わりの人に引き継いできた」
と言って、屈託のない笑顔を見せてくれる。
「それじゃあこれからは3人で暮らせるの?」
「そうだね」
わたしの心が、落ち着くところに落ち着いていくのがわかる。
するとうーたんが、ふと呟いた。
「パパ!あっこ、赤い薔薇のお花が、ポン、ポンって緑の中にあってクリスマスの飾りみたい」
「おっそうか?うー、は芸術家志向なのかな?将来楽しみだ、はははっ」
その言葉に、「親子だから感性が似ているのかな」ってこれも親バカか。そんなふうに気楽にとらえることが出来るのは、あなたがそばに居るからかもしれない。
「だいぶ早いけれど、わたしにとっての最高のクリスマスプレゼントだわ」
嬉しさが湧きあがる。
「クリスマスプレゼント?うー、もほしぃ!うー、もほしぃ!」
そうだな、と言いながらキャリーバッグを漁るあなた。
「ぼくはサンタさんじゃないからクリスマスプレゼントはないけれど、はい。お土産だよ」
はははっと笑いながら、うーたんにお土産を渡した。
「開けていい?開けていい?」
「いいよ~開けてごらん」
うーたんが待ち切れず包装を破きながら、開けた箱の中身を見てわたしが言う。
「スノードーム?」
うーたんに渡したお土産は真ん中に、もこもこの可愛いひつじがいる手のひらほどのスノードームだった。
「あっちはちょうど、真冬だったからね」
うーたんが手で揺すって、スノードームの中では、ふわふわの雪がゆっくりと降り積もっていっている。
「ありがとうパパ!キラキラしててきれい!!ひつじさんもかわいー!」
とびきりの笑顔で応えるうーたん。この子もどれだけ寂しかっただろうと思いを募らせてきたけれど、それも今日でおしまい。
久しぶりに三人で我が家に帰れる。
真夏なのにクリスマスだなんて贅沢だったかな、なんて少しの後ろめたさを感じたのはかたときで、そんな気持ちは大きな喜びが押し流していった。
あっちのご飯はどうだったとか、文化が違って仰天した話とか、面白かった話とか、耳心地よいあなたの声から紡がれる、たくさんのお土産話を聞きながら三人揃って帰る道は、
うーたんの歌で言えば、きっと幸せの色に違いない。
そう思うのだった。
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おわり
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