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怪異を訪ねる【菅原別館】その三

 平泉駅から移動して盛岡駅に到着。午後四時過ぎ。この地に降り立つのは四月以来だ。自然と湧き上がる懐古。生涯で二回だけしか訪れていないにも関わらず、記憶を頼りに、(こんな景色だったなあ)と得意気になる私。さて、少し散策してから座敷わらしに逢いに行こう。
 盛岡駅から菅原別館までは、決して歩いて行けない距離ではない。Google Mapの計測に依れば、凡そ四十分で到着するとのこと。駅から東に位置しているが、散策する気力も体力もないようであれば、バスやタクシーを利用した方が良いだろう。「駅近」とは言えない。時間の都合もあり、私は予めバスの利用を計画していた。久々に街の景色を眺めた後は、駅前のバスロータリーでバスを待つ。

 しかし、バスが来ない。可笑しい。これまでの取材や検証で、地方へ行ってバスを乗る機会は増えてきたのだが、ほぼ定刻通りに到着する電車とは違って、バスは早めに着いたり遅れることもある。わかってはいても、チェックインの時間が遅れて、その後に予約してある居酒屋の予約時間に影響が出るのも嫌なので、少し不安を抱いた。
(うん。これは先に出発したな・・・。バス停に着くのが遅かったか・・・)
 どうやら後続を待つしかないようだ。初めて乗車する地方のバスは、路線図も時刻表も私の頭には情報が入っていない。ということは、路線を乗り間違えると、予め降車するつもりだったバス停より、やや離れた別のバス停で降りなければならないこともある。急いで時刻表を調べ直して、何とか後続バスに乗ることが出来た。

 時刻は五時。十一月下旬にもなると東北の夕方は真っ暗だ。最寄りのバス停で下車して数分歩くと、ぼんやりと灯った看板が見えてきた。敷地の塀を貫いて地面からどっしりと生えた大木の陰に、白の背景に黒字で「菅原別館」と書かれてある。ここだ。いよいよ待ち望んだ場所に辿り着いたのだ。

菅原別館
「出世の宿」と書かれた看板


 玄関には可愛らしい座敷わらしが描かれた紺色の暖簾が掛かっている。「怖い」「恐ろしい」などのイメージは全くなく、キャラクターとして宿泊客を歓迎している様子が微笑ましい。

入口とお洒落な暖簾

暖簾を潜ると、ガラス越しに玄関に飾られた人形や玩具、靴箱が見える。この日の為に、一年間、無事に過ごしてやってこれた。そんな思いを抱き、私は昔懐かしい木造の引き戸に手を掛けた。

「ガラガラガラ・・・」

 引き戸がレールに擦れて、振動が薄いガラスをビビらせる音だけが玄関に響き渡った。誰も居ない。向かって左には手を翳すとアルコール消毒液が出てくる器具が置かれていた。一先ず、手を出してみる。だが、しっかりとジェルが出てこない。詰まっているのか・・・。とりあえず、御挨拶を試みる。

「こんばんはー。ごめんくださあーい」

 すると、廊下から気持ち良い声で返事をしてくれた女性が小走りで迎えてくれた。有名なあの女将さんである。

「よくお越しくださいましたー」

「ようやく来れて良かったです」

 元気な女将さんに応対して頂き、名前を伝えるとまずアルコール消毒を促された。

「たまーに詰まっちゃって出にくいんですよねー」

 ああ、やはりジェルは詰まり気味だったようだ。手を消毒して、まず玄関を埋め尽くす人形や玩具を目にして感嘆したと女将さんに言ってみる。宿泊客が部屋のみならず、あらゆる場所に座敷わらしの為に御供えをしていくようだ。その光景は正に絵に描いたような「座敷わらしの宿」である。

玄関左手は床間のようになっている
玄関右手の小部屋も人形だらけ

 女将さんに部屋を案内してもらう。玄関で靴を脱いで上がると、左手に短い廊下がある。女将さんの後に続いて歩くと、正面すぐに、右にカーブした階段があり、段差と手摺にも人形やぬいぐるみがビッシリ置かれてある。

階段。ここにもぬいぐるみが置かれている

 座敷わらしが存在するのか、怪異が起こるかどうかはさておき、この空間が如何に全国のファンから大切にされており、それぞれが想いを持って訪れているのかが明確に伝わる景色がそこにはあった。
 二階に上がると、前々回の記事(【菅原別館】その一)で紹介した二十一から二十六番の部屋が階段とキッチンを真ん中にして遠心に広がっている。そして共同の御手洗いが二階にもある。当然、廊下には御供え物が隅々に置かれている。私は予約していた二十五番の部屋に通していただいた。

「はい、こちらがお部屋でございますー」

二十五番、通称「玉の輿の間」

 女将さんが入口手前の格子状の引き戸を開けるとそこはスリッパを脱ぐスペースであり、さらに襖を開けて部屋の中に通してくれた。二重扉というわけだ。女将さんは真っ暗な部屋の灯りを点けた。次の瞬間、じっくり室内を眺めてみる。人形や宿泊客の名刺や子供サイズのちゃんちゃんこなどがずらりと部屋に飾られている。写真で見たことはあったが、圧巻だった。この部屋で驚いている私であったが、人気の二十四番の部屋はさらに装飾品で溢れているのだろう。隣との壁を隔ててそんなことを感じた。

 部屋に入るとすぐに女将さんと対面で腰を下ろして、まずは、旅館のシステムや注意事項が説明された。

「お写真なども撮っていただいて、寛いでいただいて構わないのですが、何せこのコロナの御時世ですから、飛沫に関わるので風船を膨らませて遊ぶことはご遠慮ください。」

 なるほど。検証も通常通りにはいかないわけだ。当然である。コロナウイルスの影響は私たちの想定外にも及ぶということを実感した。そして、宿泊費用は前払い制であるとのことで、私は先に七千五百円を支払った。ちなみに二〇二三年現在は八千円となっているので、今後宿泊予定の方はホームページを随時確認願いたい。
 こうして、共同風呂の入浴時刻などを予め決めておくなどのやりとりもあり、一通りの説明が済んだ。この後に街に出て居酒屋へ繰り出し帰宅することを考慮すると、女将さんとお話しする時間も限られてくるので、この機会に質問をしてみた。

「この旅館には、女の子と男の子、両方の座敷わらしがいるのですか」

「それもねえ、見たり感じる人によって違うみたいですねえ。両方体験はみなさんされてますよー」

 一人ではないみたいだ。由来に則ってみれば、一人だということになるが、座敷わらしは誰かに付いて行く、誰かが連れてくるパターンもある。徳の高い宿泊者が長い歴史のなかで連れてきて増えていても不思議ではない。楽しみになってきた。

「それでは、ごゆっくりどうぞー」

 女将さんは部屋から去っていった。現在、菅原別館は素泊まりのみの受付ということで、夕飯の居酒屋は五時半に予約してある。もう時間はあまりない。しばし寛いでから、私は検証より先に夜の盛岡の街へ足を延ばした。(続く)

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