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東京大学2022年国語第1問 『ナショナリズム、その<彼方>への隘路』鵜飼哲

 東大は入試において、その時代の世相を反映したり、警鐘を鳴らしたりするような出題をすることがよくある。
 近年、現代文でとりあげられた「情報社会のプライバシー」「自然破壊」「格差社会」「医療・介護」などはまさに今日的課題といえる。
 数学においても円周率が3.05より大きいことの証明を求めたことがある。いっとき小学校の算数で円周率を3として計算させたことを意識したものであることは明らかであろう。
 国籍や血統などによる排除をテーマとした2022年度の出題もまた、「東京大学 ダイバーシティ&インクルージョン宣言」において多様性と包摂性を尊重・推進することを表明した2022年6月23日に4ヵ月先立つものであった。

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(一)「その『甘さ』において私はまぎれもなく『日本人』だった」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ。
 第4段落に「自分の油断」について、「日本にいるときはこちらもそれなりに張りつめている神経が、外国だからこそ緩んでいたらしい。日本のなかでは日本人同士種々の集団に分かれてたがいに壁を築く。しかし、ひとたび国外に出れば・・・・・・。だがそれは、菊の紋章付きの旅券を持つ者の、無意識の、甘い想定だったようだ」と述べている。
 また、第5段落には、「私」が「『同じ日本人なんだからちょっと説明を聞くくらい・・・・・・』と、『甘えの構造』の『日本人』よろしくどうやら思っていたらしい」と述べている。
 つまり、日本人は国内では種々の集団に分かれ、互いに壁を築くという緊張感を持つのだが、国外に出ると同じ日本人同士だからたいていのことは許されるのだろうと甘えてしまいがちであり、それまで意識していなかった甘えが自分にもあったことに気づき、日本人の特質を共有していたことを自覚したということである。
 以上をまとめると、「国内では怠らない所属の異なる者に対する緊張を、国外で同胞の誼に頼り緩めてしまった不用意さに自身の中の日本人的特質を自覚したということ。」(67字)という解答例ができる。
 複雑な要素をいかに少ない文字数であらわすかを試す難問といえる。

(二)「その残忍な顔を、〈外〉と〈内〉とに同時に見せ始めている」(傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。
 第5段落には「少なくとも可能的に、『国民』の一部を『非国民』として、『獅子身中の虫』として、摘発し、切断し、除去する能力、それなくしてナショナリズムは『外国人』を排除する『力』をわがものにできない」とあるので、ナショナリズムは、一般的に外国人を排除するものだが、国民の一部を非国民として除去することもあることがわかる。
 傍線部オの直前には、「この数十年のあいだ中流幻想に浸っていた日本人の社会は、いまふたたび、急速に階級に分断されつつある。それにつれて」とあるので、ナショナリズムが外国人と一部の日本人に対する排除を強めている背景は、数十年間中流意識が一般的だった日本人社会が現在急速に階級分断していることだということがわかる。
 以上のことから、「長らく中流意識が一般的だった日本人社会が今また急速に階級分断し、外国人と一部の日本人に対する排除が再び強まり始めているということ。」(65字)という解答例ができる。

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1,447字
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