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銀河鉄道の父 役所広司と菅田将暉 親子 を軸に太い「魂柱」が入った映画

深い青、黒、紅が混ざる空。きれいだ…銀河鉄道の車窓からの景色か?
《明治29年8月》とテロップ…宮沢賢治が生まれたのか?軽妙な空気感が漂う車中の役所広司(宮沢政次郎)で映画は始まった。帰宅し、赤ん坊と出会う。坂井真紀が出てきた。妻だ。続いて田中泯。役所広司の父役らしい。そこで、初めて赤ちゃんの名前を知る。
政次郎「宮沢、賢治、、、いい名前じゃ!」
初めて生まれた子の誕生で、政次郎から溢れ出る喜び。短いが、この役所広司のひと言で一気に引き込まれた。

明治時代ということもあり、汽車内の灯や、賢治が入院する病室の灯も、アルコールランプが使ってあり、夜の明るさの具合も暗闇がより深く、明るい部分には暖かみのある柔らかい灯だ。雪降る外から土間に入ってくるとホッとするし、、、人がそこで生活をしているリアリティを感じる。この映画の照明は、時代背景もあり「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」的でノスタルジックな暖かさと静かな優しさに満ちている。照明部、良い仕事をしている。

人気俳優が、ドラマや映画で着ている衣装がに白けることがよくある。おろしたての新品の服を着て、設定に合わない格好をしていると、どんなに演技で頑張っていても違和感ばかり感じてしまうことが多々ある。タレントのスタイリストが色んなブランドの新製品を借りてあてがうことも多い実態の弊害だ。そんな俳優は、カタログみたいな演技をすることが多い。そんな中でこの映画には、一ヶ所も浮いた衣装は無かった。当たり前の話かもしれないが、物語に没入するには必要不可欠な部分だと思う。衣装部もスタイリストも良い仕事をしている。

坂井真紀も良かった。賢治の母役だが、ずっと目立たず傍にいる。微妙に目立つような「小芝居」もしない。そして、賢治が臨終してしまう直前、一度だけ政次郎に対峙して自己主張をする。そこが本当に素晴らしい。母としての説得力も、想いも、全てそこで伝わる。いい組み立てだ。坂井真紀は役に忠実な潔い演者だ。

森七奈も良かった。地に足がついた、音楽で例えるとダウン・トゥー・アースな演技はすんなりと信じられる。菅田将暉との兄妹場面も説得力がある。死への恐怖と老いで騒ぎたてる田中泯を激しく諫め、抱きしめるくだりは、白眉のひとつで、そのあとに続く役所広司と田中泯の場面をより効果的にしていた。ここで激しく感情を刺激された。劇場のあちこちからすすり泣く音が聞こえてきた。映画館で鑑賞する醍醐味だ。田中泯を諫めるときの台詞「綺麗に死ね!」…これは半端な演技力や人間力では成立しない難しいものだった。確かな説得力のある演技、本当に素晴らしい。

室内場面が多い映画ではあるが、閉塞感を一切感じさせないのもいい。時折見せる風景は、美しく印象的で、必ず役の心象風景と繋がり、見ていると気持ちを高ぶらせられる。賢治がみたであろう景色を見に行きたくなった。

役所広司と菅田将暉の親子場面は、どれも素晴らしく、俳優同士の信頼と絆の賜物だと思う。ずっと見ていられる。2人とも魅力的という言葉では足りない。観ている誰もが、わが父を思い、我が息子を思うだろう。僕も、観ながら父や息子たちや娘のことを何度も思った。だから、自分たちの物語にも感じてしまい、感動がより深く心に響くのだろうか。

家業の質屋を継がず、生涯独身だった賢治が政次郎に言った『俺は子供の代わりに物語を生んだのす』という言葉も忘れられない。余命いくばくも無いことを悟った賢治は、家業を継がなかった申し訳なさもあり、自分に出来るのは父が自分を育ててくれたように物語を生み出すことなんだという気持ちがよく表れ、胸を打つ。こたえる父の言葉が更に大きな感動を生んだ。『だからお父さんはお前の作品が好きなんだな。子供の子供なら孫だ。大好きなのは当たり前だ』と。菅田将暉に伝える役所広司は、実の親子に思えた。
賢治の本が売れなくても『分かる人にはわかった。それだけでも凄いことじゃないか』と言ってくれる父の存在は、賢治にとってどんなに救いになったことだろうか。家族の温かさと、個人を尊重し生き方を肯定してくれるこの映画、物語は実に尊い。「役所広司と菅田将暉 親子」 を軸に太い「魂柱」が入った、ずーっと目が離せなくなる映画だ。

雨ニモマケズ

政次郎が、病床の賢治のメモを見つけ、読む場面がある。「雨にも負けず」と声に出した後は黙読しているが、その顔を見るだけで何が書いてあるのか全て伝わってきた。なんて演技力だろう。監督もそれに感動した結果、長いカットにしたに違いない、と勝手に思っている。

そして、

賢治が旅立つ場面は、成島出監督特有の長回しワンカットで収録されている(たぶん)。俳優部、全セクションが緊張し、ただ一度の本番に立ち向かった臨場感もぜんぶ写し撮られている。見事だ。

〔雨ニモマケズ〕 宮沢賢治

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ䕃ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

今後、宮沢賢治の名前を聞く度に、この映画「銀河鉄道の父」の様々な場面が浮かぶだろう。演技・台詞・美術・映像・音声・照明・小道具・衣装・音楽、細部に渡り魂がこもる素晴らしい映画と出会えた。この映画をみた実り多き時間だけではなく、記憶に残り今後の人生にも力を与えてくれる。心から感謝したい。

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