理想

「こんにちは」
「こんにちは」
「久しぶりです」
「久しぶりです」
「元気そう！」

男、タバコを咥える。

「元気そうだね」

女、男を一瞥し、手元に視線を戻す。

「はい。
元気です。

プロポーズされました」

「えぇ！」
「そうなんです」
「えーそうなんだ」
「そうなんです」
「へぇ」

男、酒を飲む。
それに続き、女、酒を飲む。

「うん
まぁ、
嘘なんですけど」

「あ、嘘なんだ」

「はい。嘘なんですけど、
2歳年上の人で」

男、女を見る。

「嘘だけど？」
「嘘ですよ？
まぁ、優しくて面白いです」
「ふぅ〜ん？」
「アプリで出会ったんですけど、
そんな感じもしないですね」
「アプリしてたの？」
「嘘ですけどね」
「嘘なの？」
「はい。結婚して欲しいって　
言われました」
「・・・」
「ちゃんといい服着て行ってよかったです」
「うん」
「・・・うん」

「嘘？」
「はい」

「うん」

男、視線を手元に落とす。
女、酒を飲む。

「いい、お店でした。
おしゃれな」

男、灰皿にタバコを押し付ける。
新しい一本を咥える。

「そっかぁ」

「・・・嘘です」
「おしゃれじゃなかったの」

「おしゃれは、おしゃれでした」

※長い沈黙

「死ぬことにする」

「・・・」　

女、力を抜いて頭を傾ける。長いまばたき。
空を見つめる。

「死ぬ」

男、女を見る。
タバコを灰皿に押し付けて酒を飲む。

「死ぬの」

「本当よ？」

男、視線を手元に戻す。

「本当に？」

「本当よ。死ぬよやっぱり」　

「死ぬんですね」

女、男に顔を向ける。男の顔を見る。
男、タバコの火を消す。

「うん」

女、男から目を逸らす。
空を見つめる。
涙を流す。

「そっか」

男、女を見る。

「えぇ、泣くの」

「・・・本当って、言うから」

「ええぇ」

「本当なんですよね」

女、男を見る。

「うん、本当」

「死ぬの？」

「死ぬ！」
　
男、頷く。

「うん」

女、頷く。

視線が離れる。

※少しの沈黙

「プロポーズされたの？」

「されました。
嘘ですけど」

「おしゃれなお店で？」
「はい。嘘ですけど」
「優しくて面白い人？」
「そうです」
「アプリで出会った人？」
「嘘ですよ」
「嘘だけど、アプリで出会った人？」
「はい」

「うん」

「うん」

男、女を見る。

「可愛い！」

「・・・うん。よかったです」

「本当にね」
「うん」
「本当よ」
「うん」

「プロポーズ、されたの？」

「・・・・・・・されました」

「嘘？」

「されました。
されたけど、断ってきました。

「・・・」

女、男に体を向ける。

「もしかしたらそうかなって思ったから
私はちょっと今日可愛い。
わかってたのに
断って、ここにきました。
嘘だけど」

「そうか」
「はい」

目が合っている。

「ちょっと今日可愛いって思った」

「・・・嘘ですよ」

「本当よ！」

「嘘なのに？」

「本当に
可愛い〜
って、思った」

「うん」

「うん」

2人、頷く。

「泣き止んだ」
「本当だ」
「うん」

「プロポーズ、嘘なんだよね」
「嘘ですよ」

「本当にしようか」
「本当にしようか？」

「うん」
「うん？」

「ちゃんと、可愛いし今日」
「うん」
「ここはおしゃれじゃないけど」
「・・・」

「アプリじゃないし」
「泣いてしまう」

「優しくて面白くないけど」

「・・・・・うん」

「あ、本当に？」
「うん、嘘です」

「うん」
「うん」

「結婚してみようか」

「嘘ですか」
「本当よ」
「死なないの？」
「死ねないね」
「本当に？」
「本当よ」

「結婚してみます」

「本当に」