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ダイエット・コンプレックス

 何を贅沢なと言われそうだが、私は太れないことがコンプレックスだった。
 生物としてみれば、摂取した栄養を身に付ける効率が高い方が高性能と言えるだろうから、食べれば太るという悩みを聞かされるたびに少しだけ羨ましく感じていた。食べても全くといってよいほど身に付かない自分は、人間以前に生物としてどこか不良品なのだろうかと感じていた。

 これまでに体重の増減が無かったわけでは無い。二十代の頃に長期出張での運動不足と暴飲暴食で1割程度増加したことがあった。もちろんそれでも標準体重圏内であったが、自分も太れるじゃないかと、少し安心したのを覚えている。
 それでも、出張から戻るとたちまち、また元の体重に戻ってしまった。それ以来二十年以上、私の体重はほぼ同一圏内を推移して来た。特に節制とかダイエットや運動をしたわけではないのに。

 その体重が数年前から僅かずつだが落ちてきていた。最初のうち、グラム単位は誤差と思っていたところ、気付けば私の平均体重から数キロ落ちていた。私は不安になってきた。体重が落ちるということは何か重大な病気が隠れているのではないか。
 不安を感じるたびに「きっと筋肉が落ちただけだ」と自分に言い聞かせていた。
 しかし不安が不安を呼ぶとはこのことで、不安のストレスのためか体重低下は止まらなかった。それが一昨年の夏のこと。

 そこで私は、太ることにした。
 体重を増やす事にした。

 体重を増やす為には食べる量を増やすしかない。おやつ好きなのでこれまでも間食はしていた。少しだけ意識しておやつを増やし、食事もきちんと摂る。義務にまではしなかったが、ご飯のお代わりもするときはするようにした。
 この結果、体重減少は止まった。それが昨年の夏のこと。


 体重を増やすためのメニューに運動を入れなかったのは、ちょうど五十肩になっていてあまり動けない状態だったから。昨年、五十肩発症から一年が経って少しは動かせるようになったので、運動不足解消と落ちた筋力を補充するためにVRを使ったフィットネスを試みた。
 在宅勤務であまり動かないので太るかと思えば、なかなか思うように体重が伸びない。そりゃ汗だくになってフィットネスをしていては駄目だなと、早々にフィットネスは中断した。
 その後は忙しさやなんやかんやで体重の事は忘れていた。

 そして今年。
 年が明けて2月になって、スボンのウエストがきつい事に気付いた。何故それまで気が付かなかったのか不思議になるくらいにお腹周りが苦しくなっている。見てみるとお腹が少しだけぽっこりした感じになっていた。妻に言うと「何これ~、こんなの初めてじゃない?」と驚いていた。
 確かに太ろうとしてはいたが、服が着られなくなるのはまずいなと思って体重計に乗ると、これまでの私の最高値を少し上回っていた。標準体重の範囲内ではあるが、お腹の肉を摘むとそれなりの厚みになる。脂肪の厚みを自分自身で見るのは初めてだった。

 本来はここで目標達成と喜ぶべきだが、何故か複雑な気持ちになった。即座に、痩せなきゃと思ったからだ。アンビバレンツ。
 しかし、これまで痩せる苦労を知らなかったので、どうやって痩せれば良いか分からない。これがみんなを悩ませている感覚かと思った。
 そして私は不安になった。
 もしこのまま増量していったらどうしよう。太ろうなんて思うんじゃなかったと。そのストレスでか、気付けばチロルチョコを口に運んでいた。いけない、いけない。これからは少し控えなきゃ。

 風呂で自分のお腹を眺めながら、こいつはどうしたらもとに戻るのだろうと思って憂鬱になるのが、ここ最近の日常だ。

おわり

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