むくろ幽介の怖い話8【居候】
『居候』
2017年9月7日にした話
以前書いた製作所の事件があった頃、父の家には居候がいたそうです。
20代の髪の長い、モテなさそうな空気の真面目な男。
彼は父の部屋の隣に間借りしている看護師で、近所の赤十字の事務所で働いていました。
無口で、皆が食事に誘っても「いえ、もういただいたので」と断られるばかりだったそうです。
毎日勉強に明け暮れているようで、夜まで作業の音が聞こえていました。
そんなある日、うちに電話がかかってきました。
相手は赤十字の事務所からで「●●くんはいらっしゃいますか?」と。
私の祖母が二階に向かって「●●さーん、お勤め先から」と言うと二階からバタバタと彼が降りてきました。
電話を取るや「はい、はい…そうですね……はい、すぐ動けます! とりあえず1時間ほど周って一度向かいます」そう慌ただしく答えるや電話を切り飛び出していったそうです。
それから夜中の12時頃まで帰って来ず、祖母が寝る前に台所でお茶を飲んでいた時に、ふらりと戻ってきたそうです。
祖母「 遅かったわねー、心配したよの!」
彼は心身ともに疲れ切った様子で、祖母に淹れてもらったお茶を飲みながら語り始めました。
「ご心配おかけしてすみません。急患さんが来てまして……」
祖母「ああ、やっぱりそうだったの」
「はい。失血がひどい方で、僕が近所に献血をして周っていたんです」
祖母「言ってくれればあげたのに」
「いえ、めずらしい血液型だったので」
祖母「間に合ったの?」
「いえ、先ほど亡くなりました」
祖母「…あらそうなの………貴方はしっかり頑張ったのだから、貴方だけの責任ではないわよ」
「僕が殺したんです」
祖母「え?」
「助かってたんです。容体も安定して。でも、まだ血が足りなくて…僕は助けたくて、また近所周ったんです。慌てて……」
「血、間違えたんです。1人血液型違ったのを輸血してしまって、あっという間に凝血して、容体急変して亡くなったんです」
「若いお嬢さんで……介抱に来られていたお父様も亡くなった時かなり取り乱していて、病室で怒鳴りだしてしまい、皆で取り押さえたんです」
「その声に耐えられなくなって…言っちゃったんです、小声で『すみません血、間違えました…』って…」
「そしたら……物凄い顔で睨まれて…僕もうダメかもしれないです……皆さんこうしてなぐさめてくださりますけれど……頭から離れないんです」
祖母がかける言葉を失っていると「お茶、美味しかったです。では、おやすみなさい…」とフラフラ二階に上がって行ったそうです。
それからの数週間、あれだけ引きこもりがちだった彼は、不安感を振り払うかのように、積極的に事務所に行くようになり、家を空けがちになったそうです。
そんなある日、玄関のチャイムが鳴り、祖母がドアを開けると彼がいたそうです。そして横には女性が立っていました。
「突然ではありますが、恋人ができまして、彼女も赤十字の方なのですが転勤することになり、僕も一緒に越すことに決めました。今までお世話になりました」
聞くだに、彼が落ち込んでいた時に声をかけてくれた同僚が、その彼女だったそうです。元気な様子に祖母は胸を撫で下ろしたといいます。
その数日後、小学生の父と祖母の二人で家にいた時にチャイムが鳴りました。バタバタと父が玄関にかけていきドアを開けると、見知らぬ男が立っていました。
父「どちらさまですか?」
「どこいった?」
父「は?」
「逃したな」
父が戸惑っていると、祖母が後ろからきて父を後ろに下がらせたそうです。
祖母「彼はいませんし、行方は聞いておりません」
「看護婦も辞めてるよな? 一緒なのか?」
祖母「知りません」
しばらくすると男は去ったそうです。
後年、父が祖母にこの時の話を聞いた時に、祖母から「あの時、あの人片手に包丁持ってたんだよ」
父「え、そうなの」
祖母「多分死んだ娘の親父やね」
祖母は男が訪問してすぐ、彼から聞いていた番号に電話したそうですが、何度かけても出なかったそうです。
おわり
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