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むくろ人形の怖い話15【キクちゃんと人穴】

『キクちゃんと人穴』

2019年2月13日にした話

この間、怪談ライブに行きまして、その話を元同僚にLINEしたんです。
その会話の流れで、彼が退職後に大学の友人と会ったときに耳にしたという話を聞きました。

その友人は今フリーターらしいんですけど、バイト先のスーパーにTさんというおじさんがいて、休憩のときに聞かせてくれた話だそうです。

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Tさんは今51歳のちょっとくたびれたおじさんで、前はどこかの会社で営業として働いていたらしいんですが、あるとき急に辞めて近所のスーパーにきて、もう数年間働いているんだそうです。

この話は、そのTさんが14歳の時、1982年に親戚一同で静岡県に旅行に行ったのが始まりだそうです。

親戚一同で旅行に行くというと、ちょっと変かもしれないんですけど、実はTさんが中学3年生になるまで、家の2階に母方の甥一家が住んでいて、行事などもよく一緒に行っていたそうです。

その家には当時、小学1年生のFくんという息子さんも住んでいて、Tさんは彼の面倒もよく見ていたそうです。

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当時のTさんにとってFくんはもう弟というか、それくらい大事にしていて、彼のおかげでお兄ちゃんとしての自覚も芽生えていたそうです。

しかし、自分も中学生活が一番楽しい時期になったことや、Fくんも小学校に入って友だちができたことで以前ほどは遊ばなくなっていったそうです。

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その頃から、Fくんの周りでよく見かける友だちがいました。

キクちゃん、というその少年はFくんの隣のクラスの生徒で、家が近所ということもあってよく遊ぶようになり、家にも何度も来ていたそうです。

キクちゃんは頭も良く大人たちへの人当たりも良い子で、Tさんも好意的に接していたそうです。

「でも、今思うと心置けない感じは何となくあったかもしれないなぁ」
Tさんはそう後に漏らしていたそうですが。


ある日、Tさんは母親から不意に「春休み友だちと予定とか入ってない?」と聞かれたそうです。
話を聞くに「あんたが良ければ●●(Fくんのお母さん)の家族と、キクちゃんの家で静岡旅行行くみたいで、色々安くなるから私たちもどうかって言われてるんだけど」と。

Tさん、少し気恥ずかしい気持ちもあったそうですが、正直予定も無かったそうで「別にいいよ」と。で、春休みの3月末頃。3家族で一路静岡へ旅行に出かけたんだそうです。3泊4日。

Tさん「最後の日に、人穴、富士のさ、あそこに行ったんだよ」

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人穴富士講というのは、富士山の構成遺産のひとつで、火山の噴火でできた洞窟群。御伽草子にも不思議なできごとがあったとの記述もあるそうで、富士山信仰の聖地でもあるそうです。これについては後ほど。

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Tさん一行が人穴のある神社に着いたのは、お昼を食べた後の午後2時過ぎだったそうです。ここはキクちゃんの両親が、この旅行が企画される前から行きたいと熱望していた場所らしく、その時もかなり興奮していたそうです。

「正直そこまで興奮する場所かなぁ」そうTさんは思っていたそうです。

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その日、境内にはTさん一行以外、ほとんど人影はおらず閑散としていたそうです。富士信仰の信徒達の苔むした供養碑が立ち並ぶ様と、辺りの静けさに、なんとなく不気味な印象を覚えたといいます。

そして境内の奥に、緑に囲まれポッカリと穴を開けている洞窟“人穴”がありました。

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Tさん「こんなとこ入るのかよ……って止まっちゃったんだよ。どちらかといえば俺、閉所恐怖症だし」

TさんとFくんの両親にここの謂れを滔々と説明しているキクちゃんの両親は、後ろで二の足を踏んでいるTさん、彼に懐いているFくんとキクちゃんをよそに、洞窟に入っていってしまったそうです。

仕方なく進むと中はひんやりとしていて、進む度に外界から引き離されていくような孤独感で、Tさんは少し嫌な気分になったそうです。

両親たちの背中。右袖を掴むFくん。左に寄り添い進んでいくキクちゃん。3人は屈みながら曲がりくねる洞窟を進んでいったそうです。

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数分経つ頃には、入り口の明かりは見えなくなり、中は弱々しい照明しかなったそうです。すると、奥からすっかり姿が消えていた両親たちの話し声が聞こえてきました。
彼らは6つある石碑の前で立ち止まり、話し込んでいたそうです。


行き止まり。

両親たちに声をかけるでもなく、所在無げに立ち尽くすTさんはその時ふと気づいたそうです。

右袖を掴むFくん。
でも、左に誰もいない。
振り返るも、そこにキクちゃんの姿がない。

そう言われたわけでは無いですが、子どもたちの面倒を見ていた自分が失態を演じてしまうことに、Tさんは一気に焦りを感じたそうです。

向き直り、両親たちが気づいていないことを確認すると、ギュッとFくんの手を握り「ちょっと戻るよ」と、来た道を引き返したそうです。


Fくん「キクちゃん?」
Tさん「……え、うん、そう」
Fくん「さっきひとりでどっか行っちゃってた。たぶんその先の角だよ」
その言葉にTさんは胸をなでおろして、歩調を緩めたそうです。

一定間隔で並ぶランプの明かりを越えていき、パッとその曲がり角を曲がると、キクちゃんが立っていました。

良かった…。
Tさん「と、思って手繋ごうとした時に気づいたんだ」

キクちゃん白目を剥いて、壁に向かって微動だにせず立っていたんだそうです。

Tさん「…キクちゃん…?」

恐る恐る手を繋いだ時に、その手がまるで水に浸かっていたみたいにビチャビチャなことと、もうひとつ、あることに気がついたそうです。

Tさん「なんか言っててさ、かすれる声で、口閉じず喋ろうとしてるというか、こう、うがいみたいな感じでさ」

ハラァエテェ ハハゲハレアウルゥ


Tさんは思わず手を放してしまい、直後に奥から聞こえていた両親たちの話し声、というより辺りがサッと静まり返って音がしなくなったそうです。


Fくん「これ、なんの音?」

Tさん「え…何、音なんかしてない…」

Fくん「あ、波だ。波の音だ」

TさんがFくんの方を見ると、はっとした表情でそう言ったそうです。


ザザァ……

ザザアッ……


その時、Tさんも確かに波の音を聞いたそうです。
そして、振り返るとそこにキクちゃんは居なかったそうです。

辺りを見るも姿はない。
いつの間にか止んでいる波音。

恐怖を覚えたTさんは、仕方なく洞窟の奥に戻ったそうです。

すると奥からこちらに戻ってきていた両親たちと鉢合わせました。

慌てて事の次第を説明しようとすると、その中に両親の手を繋ぐキクちゃんが居たそうです。

Tさん「その時、Fが俺の袖ギューッて掴んでさ。母親が『あんた何してたの』とかなんとか言っていたけど、耳に入らなかった」

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その後、TさんとFくんはキクちゃんと会話する事なく宿まで戻り、ボーッとしているうちに、気づけばあっという間に布団の中だったそうです。

Tさん「その時にさ、ふと我に返ったんだよ。あれ、なんで布団の中に居るんだ? ああ、そっか帰ってたのか…みたいなさ。母親が『今日はあんたが2人と泊まりなさい。●●さん(Fくんの父親)がそうした方がいいって言うから』とか、言われたぼんやりとした記憶はあるんだけど」

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キクちゃん
Fくん
Tさん

川の字で寝る3人。

豆電球の微かなオレンジ色。

しんと静まり返った部屋。


キクちゃん「2人は何か見た?」

Fくんがゴソッと寝返りを打ちこちらを向く。瞬きもせずに怯えている。

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Tさん「…え……」

キクちゃん「何か見たり聞いたりした?」

Tさん「……いや、何も見てないよ、聞いてもいない」

キクちゃん「………そっか……さっきからさ、目瞑るとチカチカしてね……手が見えるんだ…」

Tさん「……手、手ってなに?」

キクちゃん「…わかんない……もう寝るね。おやすみなさい」



そして春休みは終わり、皆日常に戻ったそうです。


それからしばらくして、Tさんはあまりキクちゃんを見かけなくなったそうです。

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その代わり、学校から帰る途中に良くFくんと遭遇して、一緒に帰ることがあったそうです。

Tさんは中学で部活をしていたので帰りが遅くなるのですが、特にクラブ活動もしていない小学生のFくんがこんな時間にいることが不思議で、ある時ふと理由を聞いてみたそうです。

Fくん「キクちゃんにちょっと、頼まれてて…」

Tさん「何を頼まれてんの?」

Fくん「……お母さんとお父さんたちには言わない?」

Tさん「うん。何?」


Fくん「アリ殺してるの、頼まれて、一緒に」


Tさん押してた自転車キュッて停めて、Fくん見て。

Tさん「……頼まれてって、どういうこと?」

Fくん泣き始めて。

Fくん「…ごめんなさい。もう、アリだけじゃないの…金魚もぼくがキクちゃんに渡したの…」

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Tさんの家の玄関にあった金魚鉢。数週間前から金魚がいなくなっていて、ちょっとしたトラブルになっていたそうです。

Tさん「金魚…Fがとったの? キクちゃんに頼まれて…?」

Fくん「学校のそばのとこに埋めてるよ……ちゃんとぼくが言ってそうしたの…そしたら、キクちゃん………って」

Tさん「え?」

Tさん聞き取れなくて聞き返して、そしたら


Fくん「『そしたら次は猫だね』って………」


橋の上を抜けていく電車の音。

2人の脇を抜けていくほかの小学生たちの話し声。

頭の中で混ざって、Tさん血の気が引いてきたらしくて。


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日が落ちかけた頃に家に着いて、

Tさんの母親買い物で居なくて、

Tさん、泣いてるFくんなだめるために『先入ってお茶飲んでな』ってお茶飲ませに台所行かせて、

Fくんガラガラって玄関の引き戸開けて、

Tさん自転車停めて後から中に入って、

ガラガラって空いてた扉閉めた時に


ドンドンドンドンドンドン‼︎‼︎
ドンドンドンドンドンドン‼︎‼︎
ドンドンドンドンドンドン‼︎‼︎
ドンドンドンドンドンドン‼︎‼︎


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磨りガラスに誰かいて、ずっと叩いてる。

ドンドンドンドンドンドン‼︎‼︎
ドンドンドンドンドンドン‼︎‼︎

Tさん固まってしまったらしくて、物音聞いたFくんも麦茶入ったコップ持ったまま様子見に来て、その影見て固まって。

Fくん「……キクちゃんだ」

Tさん「え」


ドンドンドンドンドンドン‼︎


「Fくん Fくん もう時間がないんだって 猫だよ 捕まえてあるからさ Fくん Fくん 時間がないんだって 猫だよ」


ドン! ドン! ドン! ドン‼︎‼︎

叩く音強くなってきてて、引き戸の枠までガタガタ言いだしてる。

「Fくん、早く行こうって」

ドン! ドン! ドン! ドン‼︎‼︎


Tさん、「守らなきゃ」って。歯食いしばってガラッ! って玄関開けたら。


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キクちゃんで。

顔、というか全身スローで扉叩こうとしてて、手ブレみたいにボヤけてて。


「ハラァエテェ ハハゲハレアウルゥ…ハラァエテェ ハハゲハレアウルゥ…」


ゴトンッ!

って、後ろで音して、振り返るとFくんがコップ落として、そのままの姿で。


「さだめて ささげ たてまつる さだめて ささげ たてまつる」


って言ってよだれ垂らしてて。

「ハラァエテェ ハハゲハレアウルゥ…ハラァエテェ ハハゲハレアウルゥ…」

「さだめて ささげ たてまつる さだめて ささげ たてまつる」

「ハラァエテェ ハハゲハレアウルゥ…ハラァエテェ ハハゲハレアウルゥ…」

「さだめて ささげ たてまつる さだめて ささげ たてまつる」


Tさん腰抜かしてしまい、倒れ込んだら、波の音してきて、キクちゃんが口開けたまま「ママァ」って言って消えてしまったそうです。

Fくんもそのまま失神して、母親帰ってくるなりTさんは泣きながら説明して、後々警察も来て捜査したそうですが、結局キクちゃんは見つからなかったそうです。

それからしばらくして、Tさん一家は引っ越し、Fくん一家とも離れてしまい、Tさんは大学生から一人暮らしを始めて、会社に勤め、バツイチだそうですが今に至るといいます。

その後、たまに親戚の集まりに行くと思い出話になるそうですが、誰もキクちゃん一家の話はしないそうで、何より大きくなって高校の先生になったというFくんが、Tさんを謂れのない理由で罵倒するのが嫌で、もう行くの辞めたそうです。

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Tさん「『君は僕が小さい時に、理由もなく僕を叱りつけただろう!』『僕はまだ何も知らなかったのに金魚まで殺させた!』ってさ。カッとなって母親の方見ても首横に振るだけでさ」

Tさん「正月に母の家に集まった行った時、トイレの前ですれ違ったら『もう、ぼくじゃ捧げきれないよ。いつか…』って言ってて、顔見たら目線そらされてさ。あの子、本当はいい子だからさ…できないんだよ。だから俺「いいよ、俺がやるよ」って。それ以来行ってない。多分もう大丈夫なんだ」


Tさんはその後パートを辞めてしまい、あとで知ったそうですが、人を轢き殺して捕まったそうです。

私が聞いたのはここまでです。


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最初に話した富士の人穴について色々調べたのですが、鎌倉の歴史書の『吾妻鏡』の中に、武将の仁田忠常が家来の武士連れて6人で人穴の探索に出かけた時、中で不可思議な川と光を見て、その瞬間に4人が死に、忠常は太刀を捧げて命からがら逃げ帰ったそうです。

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他にも、地獄を見たとか、木花咲耶姫を見たとか、色々逸話あるみたいですけど。

地獄に関しては、その様子を語ったり見聞きした人は死ぬらしいです。



おわり

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