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ゲームクリエイター・松山洋が敬愛してやまない山口貴由の突出した唯一無二性を堪能して欲しい『蛮勇引力』

【レビュアー/松山洋

犬は、鎖でつながれることで生きのびる道を選んだ
狼は、奴隷になれぬがゆえに絶滅に向かっている。
鶏は、檻に入れられることで生きのびる道を選んだ
鷹は、大空を好むがゆえに絶滅に向かっている。
これは狼や鷹の物語だ。
愛だとか夢だとか成功だとか、そんなものは押し流す太い野生の川を泳ぐ者たちの物語だ。
遠い日に質に入れられてしまった二本表道具 もう一度取り戻しに行こう
蛮勇引力に導かれるまま

『蛮勇引力』(山口貴由/白泉社)1巻の巻頭歌より引用

「人生の中で目標としている人物はいますか?」とインタビューで聞かれた際に私は「いません」と答えます。

しかし「尊敬している人物はいますか?」と問われれば「いる」と答えます。それは同じゲーム業界の人間でもありませんし、ましてや歴史上の偉人などでもありません。

それは漫画家さんです。私が子どもの頃から愛してやまない漫画を生み出す全ての漫画家さんを尊敬しています。

そしてその中でも筆頭として挙げられるのが山口貴由先生です。

生み出される作品のエネルギーが突出していることはもちろんのこと、漫画家としての生きざまが作品の中に現れているのが実に奇妙で非凡なのです。

これは狼や鷹の物語だ――

『蛮勇引力』という作品は山口貴由先生が『覚悟のススメ』『悟空道』の連載の後にヤングアニマル本誌で連載されたSF任侠漫画です。

実は全35話という非常にコンパクトな構成ながらもその存在感と唯一無二性は先生の作品群のなかでも突出しています。

舞台となるのは、神機力というスーパーテクノロジーによって繁栄した近未来の日本です。あまりにも便利なテクノロジーによって反映した首都・東京は神都と呼ばれるようになっています。

そこへ登場するのが本作の主人公・由比正雪(ゆいしょうせつ)、蛮勇にして何も持たざるものです。ざっくり言ってしまうとヤクザものです。

第1話の冒頭、登場シーンにて正雪はスーパーテクノロジーによって繁栄した神都・東京に対して「心からお悔やみ申し上げます」と言ってのけるのです。

粋ッ!実に粋です!

『蛮勇引力』とはテクノロジーによって優雅な繁栄を手に入れた日本に対して「そうじゃないだろう」と反旗を翻し抗うヤクザものの生きざまを描いた物語なのです。

男の仕事はやせ我慢だ――

山口貴由先生は『名言製造機』と呼ばれるほど(私がそう呼んでいます)作品を通して実に心に刺さる名言を生み出し続けています。

「肩書 所得 マイホーム 出身校 家柄 名声 そんなもの全て捨て去ったところに男の値打ちがある!」

「人の夢と書いて儚いと読む!」

「人の為と書いて偽りと読む!」

そもそも繁栄し過ぎて病に侵された地球を人が住めるように、人類を生き永らえさせるために生み出されたスーパーテクノロジーはある意味での救済であり、その恩恵が無いと人類は死滅してしまいます。

そんな恩恵に対しても主人公・由比正雪は「それでも人間は生きていける・そんなに弱くない」と言ってのけて、人の力を信じて支配と繁栄に立ち向かいます。

その姿に胸を撃たれない人間はいないでしょう。

この世の全てのカッコいいが詰まっています。それこそが『蛮勇引力』。

人を敬い野蛮を尊ぶ――

正雪は『敬人尊野蛮』という文字を入れ墨で胸に入れています。『人を敬い野蛮を尊ぶ』という意味です。

まさに正雪の生き方そのものです。

わずか全35話で描かれたこの物語の結末をぜひ受け止めて欲しい。由比正雪という男の生きざまとその結末を。

それでは『蛮勇引力』の幕間に刻まれた巻中歌を紹介して幕を閉じたいと思います。

そうだ俺は止まった時計だ
文明に置き去りにされたまま
時代遅れの剣を
奮う者だ
だが 覚えておくがいい
止まった時計も一日に二度
正しい時刻を指している
徳川惑星!
今がその時だ

『蛮勇引力』第2巻の巻中歌より引用


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