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しあわせ探しは、まだ続いていた!?突きつけられる愛と人生のリアル『後ハッピーマニア』

【レビュアー/こやま 淳子

私たちはみんな、心にシゲタカヨコを秘めている。場合によっては、同時にフクちゃんも秘めているかもしれない。なんの話かというと、『ハッピー・マニア』の話である。

あの安野モヨコ氏の出世作であり、女性漫画史に残る名作『ハッピー・マニア』のシゲタカヨコが、時を経て帰ってきた。私たちと同じように年を取って。

そう、『後ハッピーマニア』の連載が始まったのである(1巻発売中)。

※ここから先は、前作『ハッピー・マニア』を読んでいない方にはネタバレになるのでお気を付けください。全11巻ですが、あっという間に読めるのでこれを機にどうぞ。

岡崎京子絶賛のリアリズム大人女子漫画

その昔、少女漫画の世界に現実の恋愛なんかなかった。

そこにあるのは、漫画の中にしかない恋愛模様で、ヒーローはどこまでもカッコよく、ちょっと不良だったり、冷たかったり、軽かったりしても、心根はいい人で、最終的にはヒロインを愛していることが判明する。

余談だけど、私たちがついダメな男に走ってしまうのは、そんな少女マンガの功罪もあると思っている(だって彼がそっけないのも冷たいのも、あのヒーローたちと一緒だし)。

しかし80年代後半、「んなわけねーだろ」というリアリズム大人女子漫画が登場した。岡崎京子桜沢エリカ内田春菊といった作家たちの作品である。それまで「キスしたらゴールイン」だった漫画の中で、やりまくるヒロインが出てきたり、ばんばん裸が描かれたり、赤裸々なトークが繰り広げられたりした。

そんな大人女子漫画がトレンドになったちょっと後、満を持して登場したのが、安野モヨコの『ハッピー・マニア』(1995年〜2001年)だったのである。

忘れもしない、第1巻の帯には、岡崎京子氏からの「こんなまんがが描きたかったと、ちょっと『ちぇ』と思います」という最高の賛辞が寄せられていた。

少女漫画のヒーローではなく、リアルな男とのしあわせ。

確かにこの『ハッピー・マニア』、それまでの大人女子漫画と比べても、衝撃的にリアルでぶっとんでいた。なんだろう、それまでは多少オシャレさとか文学性とかにくるまれていた女子の性生活が、あまりにも身近な形で描かれてしまったというか。

終始「彼氏欲しい」と呟きながら、凄まじい行動力で男とセックスしてしまい、その後、初めていろいろ考える“恋の暴走機関車”シゲタカヨコというヒロイン。

化粧がうまく、頭は切れて、仕事もできるが、男運はイマイチなく、ズケズケと物を言うフクちゃん(をはじめとするシゲタの友人たち)。

次々と出てくるシゲタの恋のお相手は、いつも何か問題を抱えている。浮気者だったり、既婚者だったり、思い込みが激しかったり、時には犯罪者だったりもする。しかし、それはどれも実在するとしか思えないくらい生きたキャラクターなのだ。

シゲタの恋愛エピソードはめちゃくちゃなようで、どこか自分の話のようでもあり、シゲタとフクちゃんのテンポのいい会話は笑えるようでいて心に突き刺さり、「ときめきか安定か?」「愛される愛人と愛されない本妻どっちがいい?」「しあわせって何?」「結婚の意味って何?」「で、仕事はどうする?」など、核心に迫るテーマが容赦なく描かれていく。

そして私たちは繰り返し思い知る。この世界にはヒロインもいなければヒーローもいない。ハッピーエンドなんてどこにもないのだと。

「恋の暴走機関車」の人生はその後も続いていく。

そんなリアルな『ハッピー・マニア』だが、唯一、ややファンタジーな存在がいた。タカハシである。第1話からシゲタを想うダサい学生として登場し、

こんなんじゃないの もっとカッコイイ人がいいの
あたしみたいな女の子 スキになんかならないカッコイイ男の子

なんて言われながら都合よく振りまわされ続け、紆余曲折しながらも最後はシゲタと結婚したあのタカハシ。

なんだかんだ言って、そんな風に一途にヒロインを想い続ける存在がいるところがやっぱり漫画であり、彼がいるからこそ、あのあまりにも目まぐるしい流浪の物語に、救いをもたらしていたようにも思う。

(ま、その存在を結局100%受け入れられないシゲカヨを描いたところがやっぱりリアルで、あの伝説の最終回につながったのだが)

それなのに。それなのにそれなのに、

この『後ハッピー・マニア』で、そんなタカハシにシゲカヨ(45歳)は、1コマ目から離婚を切り出されてしまうのだ。

シゲタのダメっぷりも、行動力も、わけのわからないギャグやスピード感もあの頃のままだけど、この45歳を過ぎてからの現実は、20代のそれよりもずっしりと重い。

失いたくないけど やり直せない
それは夫を愛してるからなのか 生活失いたくないからなのか

ちゃんと生きてこなかったから?

そう、人生は続く。たとえ「ふるえる程のしあわせ」を手に入れたとしても、それを我慢して安定を選んだとしても。

恐ろしい。恐ろしいけれど、やっぱり私たちはこの漫画から目を離せない。だってこれは、本を閉じれば終わる物語なんかじゃない。自分自身のすぐそばにあるかもしれないリアル(現実)なのだから。





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