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命か、真理か? あなたの生き様を問われる『チ。―地球の運動について―』

【レビュアー/こやま淳子

マンガ大賞2位を取った話題作

真理や思想を捨てなければ死が待っている、と言われたら、私は間違いなく自分の命を選ぶだろう。

だって死ぬのは怖いし痛いのもイヤだ。黙っていれば平穏な生活があるのに何故そんな選択ができるだろう。しかもその思想がそこまでする価値のあるものなのか、見抜けるような気もしない。

けれどこのいまの世の中は、命や立場よりも、自分の信じた「真理」を選んだ人たちのおかげで成り立っているのかもしれない。科学の進歩も、民主主義も、女性が自由に発言できる社会も。

この『チ。―地球の運動について―』は、「地球はまわる」と言っただけで死刑になってしまう時代、地動説を追求した人間たちを描いた漫画である。

2020年に連載が始まるやいなや、マンガ大賞2021の2位をとったり、この東京マンガレビュアーズ主催の「新刊マンガ大賞2021」でも3位になった話題作だが、巻を重ねてもその面白さは衰えることがない。いや、どんどん面白くなっている。

あなたならどうする? 真理と圧力の狭間で生きる人間たち

私が特に感情移入したのは、第3集に出てくる少女・ヨレンタである。頭脳明晰で優秀な実力を持ちながら、女性であるせいで認めてもらえず、論文も自分の名前で発表させてもらえない。それが当たり前の時代だ。

ただでさえ足の引っ張り合いが日常茶飯事な学者の世界で、女性であるヨレンタが頭角を表してしまえば、異端の魔女扱いだってされかねない。

「何もするな」。目立つな。栄光を目指すな。
変に目立って目をつけられたら、多分、
君の人生って軽く終わるよ?


それが、ヨレンタが父や師に言い聞かせられた処世術だった。

そんな彼女が地動説と出会い、その研究を進めようとするバデーニたちと出会う。そして最終的に次のような考えに至る。

この世の中で上手く動くより、
この世自体を動かしたいんですが、
それは無謀すぎるでしょうか?


そう、この漫画は、さまざまな人間社会の歪みのなかで、真理と圧力の狭間に立たされながら、そんな「無謀」な欲求に駆られた人間たちを描いた物語なのだ。

血が流れ、命を落とす危険の前でも、人は知への好奇心を止めることができない。それは上手な生き方とは言えないけれど、あまりにも尊く美しい人間のサガだ。

命か、真理か。こんなに人間の生き方を問われてしまう2択ってあるだろうか。私ならどうするだろう? 読みながら常にそう考えさせられてしまうのだ。そしてその想像の中で、いつも私はやっぱり保身を選んでしまうのだけれど。

これは単に地動説をめぐる歴史漫画ではない。人間そのものの奥深さを描いたもので、漫画というジャンルの可能性を広げた名作だと思う。

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