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物語

8
中途半端な話
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#創作大賞2023

「望」の月を傾けた王子さま

「望」の月を傾けた王子さま

僕にはどうすることもできなかった。

この痛ましい光景も、悲しい叫び声も、息を止めたくなるような耐え難い匂いも。

立ち尽くすばかり。

前に一歩踏み出そうにも、裸足で。
飛び散った硝子の破片が辺り一面にきらきらとしていた。

あぁ。空が飛べたら。

月明かりに照らされたガラス片。
空も地も光り輝き、そこはまるで宇宙だった。

この月は東の線から登りはじめて、
今ちょうど僕の脳天に垂直な光を刺して

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彼にとっての設計図

彼は昼に起きてそこから、
やらなきゃいけないことが山ほどとあるけど、
今日もギターばっかりやってしまっていた。

彼はどうしても届けたいと思ったから。
でも今日は納得のいくものができなかったらしい。

結局何も生まれずにおわった。

きっとその日、
惰性で浸かった湯船で自分に言い聞かせていただろう。

お前はミュージシャンでもないのに。

でもギターを抱えて歌うことは彼なりの、
一種の感情表現だっ

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寒いねっていえること

今日も散歩に、空気を感じに、空を見に、宇宙に近づきに行こうということだ。

自分のポケットに入れたカイロをお花が咲いたみたいに開かれた手に渡した。

昨日と同じ噴水の横のベンチに腰を下ろした。
水は出ていない、音もしない噴水。

しばらくの間座りながら
昨日と同じように空を見上げながら、
空間に抱かれた。

たまにする取り留めもない会話も愛おしく、
そして沈黙、静寂が何よりも私は愛おしく感じる。

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しらす丼

クライアントの会社を後にした麦子は足早に事務所に戻り、自分のデスクで書類を漁った。

あった。 これだ。
と冷静になり、その書類を見つめる。
何かを頭に入れたような素振りをした後、麦子はその書類が誰にもみられないようにとシュレッダーにかけた。

これで一安心とばかりに一息ついた。

廊下ですれ違った上司には愛想よく振る舞い、「お先に失礼します」の一言を添えて会釈し、去っていた。

夜風が涼

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