しらす丼

クライアントの会社を後にした麦子は足早に事務所に戻り、自分のデスクで書類を漁った。

あった。  これだ。  
と冷静になり、その書類を見つめる。
何かを頭に入れたような素振りをした後、麦子はその書類が誰にもみられないようにとシュレッダーにかけた。

これで一安心とばかりに一息ついた。

廊下ですれ違った上司には愛想よく振る舞い、「お先に失礼します」の一言を添えて会釈し、去っていた。

夜風が涼しい。今は梅雨真っ只中だが、時折雨の止む日がある。そんな雨のあとの夜は涼しい。

ただ、彼女にはそんな悠長に空気を嗜んでいる暇はなかった。

まだ、晩ご飯も食べていない。
空腹なのだ。

味わっていたい空気は最後に大きく一吸だけして、
早足で家へ駆けていった。

完成。なんちゃってしらす丼と味噌汁。トマトをスライスしてオリーブと塩で味付け。15分かからない程度で終わらせられたことに割れながら感心した。

しらす丼にはシソをまぶし、ごま油をかけるがこだわりだ。

空腹のなか、食べることに一直線でいた麦子だったが、4分の3くらい食べた頃にふと我に返って時計を見た。

19:48。

カバンに手をいれ、サイドポケットのどこかに入れていた気のするボールペンを探す。

見つけたボールペンの先を出す。
手の甲を上に向け机に置いた。そして、おおきく振りかぶって麦子はボールペンを自分の手の甲に突き刺した。

食べかけのしらす丼、のこり2枚のトマトスライス、部屋中に響き渡った麦子の叫び声。

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