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お金とはなにか・命をかけるほどの価値があるかの検証

ネバー・エンディング・ストーリーの原作者で、
ドイツの作家である故ミヒャエル・エンデをご存知でしょうか。

彼の書いた作品で最も有名なのは「モモ」だと思いますが、
エンデは彼を追いかけたNHKのドキュメンタリーチームが書いた
「エンデの遺言」にもあるように、「お金・貨幣」に関して
深く研究していました。

前述の「モモ」というお話は、
時間銀行の灰色の男たちが私たちの時間を奪っていくことで、
人々から柔らかな人間性が奪われていくという非常に怖い設定と、
それに立ち向かう少女モモのストーリーですが、
この話は現実に起きていることを寓話のような形に置き換えたもので、
実は銀行がお金に金利をつけた状態で発行していることが
この人間社会に与えている影響を描いたものです。

前述の「エンデの遺言」は書籍にもなっていますが、
この中に様々な経済的な困難を乗り越えるために、
かつて試された地域通貨の事例がたくさん出てきます。

基本的にはどの通貨も「使える期限が決まっている」とか
「時間が過ぎると価値が減っていく」などのルールがあって、
実体経済の中で、一定時間内にどんどん使われて、
人の手から手へ、どんどん動いていくように設計されています。

そうすることによって実体経済を元気にしていくのです。
当然、地域通貨なので投資などには使えませんから、
金融経済に持ち込まれることもなく、
金持ちに蓄えられてしまうこともありません。

主にヨーロッパの事例だと思いますが、
これらの試みは、ことごとく「成功」しています。

しかし今ではそれらは姿を消しました。
その効果を認めて加入する組織が増えると、
つまり、その通貨が使える範囲が増えると、
始めは限られた地域でしか使えないから、
という理由で放っておいた国や政府が、一気に禁止してきたからです。

なぜなのだと思いますか?

お金には価値の交換や、保存、尺度という機能がありますが、
現代のお金にはその他に「自己増殖」と
「他者を思い通りに動かす」という機能があります。

一方、国家には国民を「統治する」という存在目的があります。
「国民を思い通りに動かす」ということですね。
これが根源的にはどのように行われているかというと、
一義的には法律でルールをつくり、そのルールに違反すると罰する
というやり方ですが、その奥にあるのが、やはり「お金」なんですね。

税金です。

皆さん、税金はなんのために存在していると思いますか?
国家予算を履行するため、と思っている人は多いでしょう。
でも、これは一部間違っていませんが、実は間違っています。

自国通貨を持つ国は、お金を(無から)作り出すことができますから、
予算の執行に税金は要らないのです。
厳密に言えば、先にお金を作って使ってしまってから、
後から税金を徴収して穴埋めをしているというイメージです。

しかし、この税金がちゃんと徴収できなければ、来季の予算が足りない、
ということはありません。お金は作れるのですから。

では税金の究極の目的とはなにか?というと、
国のオフィシャルの通貨を決めるということなんですね。
オフィシャル通貨を決め、その通貨を発行できる存在であるということは、
その国で暮らす人間と、その国の経済圏を結びつける唯一の道具であり、
それが国民と国家を結びつける実質的な必然性なのです。

そしてそのお金を発行する立場であることによって、
国や政府は国民を統治するんですね。
統治されているからこそ、国民は国会で決められた法律に従うのです。

この意味がわかるでしょうか?
もう少し深めましょう。

例えば、日本では円が流通していますが、
なぜドル決済ではいけないのでしょうか。

同じお金なのだから、今夜の飲み代をドルで払っても良さそうなものです。
でもなぜドルで決済できないのかと言えば、
日本の経済圏の中ではドルは無意味だからです。

なぜ無意味なのかと言えば、ドルでは納税できないからなんですね。
もちろん普段、納税を考えて通貨を使っている人はいません。
しかし円でしか納税できないというルールがあるからこそ、
私たちは円だけで日本国内の経済を回しているのです。

ドルも使えるようになると何が起こってしまうのかというと、
日本政府が崩壊してしまいます。
通貨というのは、その国の力そのものとも言えますから、
日本が経済的にアメリカの属国になってしまうことを意味するからです。

もしドルでも納税が可能になったら、まさに属国ですね。
通貨にはそのような意味があるのです。

そろそろ、なぜ地域通貨の流通が盛んになると
政府がそれを禁じてきたのかが、わかってきたのではないでしょうか。

地域通貨は、言ってみればその地域の人たちが勝手に作ったお金です。
そもそもお金というものは「概念」であって「モノ」ではありませんから、
お金がお金であるためには、支払う側と受け取る側の両方が、
それが確かにお金であると信じている必要があります。

逆に言えば、お金の条件はそれだけなのです。

そして「この地域通貨は確かにお金だ」ということは、
実際に支払えること、実際にモノが買えることによって、
信頼されていきます。
つまり「みんなの意思でお金になっていく」ということですね。

通常は国の通貨以外のお金を「お金です!」と言い張っても
信じる人が少ないので流通するには至りませんが、
地域ぐるみで、しかも不景気を打開するための方策として、
ということなら、信じる人も増えますし、
参加者も主体的にそのお金を使います。

そうして小さな渦からは始まったオリジナルの経済圏が、
実績を積み重ねることで、まるで加盟店が増えるかのように、
使える場所が増えていきます。

調子が良い経済圏には、誰だって参加したいですからね。

そうやって軌道にのっていけば、もうそれは誰もが信じる通貨ですね。
問題はただひとつです。
その通貨では納税ができませんから、国にとっては関係がないのです。
ということは、もしその通貨がものすごい力を持つことになると、
それは国の中にもうひとつの国ができてしまうようなことになります。

例えば円を使っている国内に「丹(タン)」という
別の地域通貨が流通したとします。
例えばその丹には金利がありません。
いや、マイナス金利があるとしましょう。
つまり使っても使わなくても、
時間が経つとお金の価値が目減りしてしまう。
そういう性質であったなら、人々は丹をどんどん使いますね。

こうして多くの人が丹を使うことで丹の信頼が高まって、
さらに使う人が増えてくる。
こうすると、円という通貨に見向きもしなくなっていく可能性がある。

先ほど、通貨は「他者を思い通りに動かす機能」があって、
それを利用して、徴税という形で国は国民を統治していると言いましたね。
みんなが円を使わなくなってしまうと、円の統治機能は失われます。

なぜなら、お金は、
お互いがそれをお金と信じているから機能するからですね。
もうお金として用がなくなれば、
そのお金はお金ではなくなってしまうのです。

そうなることがわかってるからこそ、
国家は地域通貨に対してものすごくマークしているし、
それが力を持ってくることを恐れているわけです。
仮想通貨も同じですね。

私は今の成長資本主義には必ず物理的な限界がきて、
それほど遠くない未来には終焉すると思っています。

しかし、それがどのような工程によって起きるのかというと、
まだ想像がつきません。
しかし、資本主義=金利のついたお金
という図式によって成り立っていますから、
ここが突き崩されることが、
いちばん考えやすいことなのかも知れないと思うのです。

地域通貨ですね。

ある場所だけで使える地域通貨が生まれ、例えばその通貨には金利がない。
金利がないということは、お金によってお金を増やすという機能がない、
ということを意味します。
そういう場所では、時間はゆっくり流れることになります。
お金より人間との関係の方が重要になるからです。
その地域の在り方、人と人の関係性、暮らし方、
エネルギーの消費の仕方などが新しい時代にマッチしていると、
多くの人がそこに参加するようになって、
新しい大きな通貨経済圏が生まれるかも知れません。

もちろん政府はそれ禁止しようとするでしょうし、
弾圧するかも知れません。

そういう国からの支配の力も、ある分水嶺を超えると
「関係ないね」という人々の気持ちが勝つようになります。

そうなったとき、円の意味はなくなってしまいます。

支配というものは、いつだって支配される人を必要とします。
支配される側が被支配者であることをやめたとき、
その関係は存在しなくなってしまいます。
ベルリンの壁が一夜にしてなくなったように。

もしかすると地域通貨というものが、
持続可能な人間社会の未来を担っているかも知れない。
少なくとも、人々がお金の支配力のカラクリを理解していれば、
支配する側も緊張感を持つようになるので、
力の均衡を許すようになるでしょう。

円は日本国家そのものであるので、円の崩壊を望む日本人はいません。
私もそうです。
しかし、円がどのような仕組みで成り立っているのか。
それは私たちが円を使ってあげているからであるという
水平の関係であることを皆が理解していれば、
一方的に支配されることもなくなるのです。

日本が30年のデフレで経済成長してこなかった本当の理由は、
一部の人間がお金の「支配する力」に固執したからです。
みんながお金を持っている社会(誰もお金を持っていない社会と同義)は
支配者がいないか、もしくはその力がとても弱い社会です。

バブル崩壊以後、人々からお金がなくなり、
お金はものすごくアリガタイものに変わりました。
そんな状況ほど、統治者にとってラクな状況はありません。

つまり、今の日本の低迷は統治者の私欲によって生まれたのです。
しかし、時代は変わりました。もうお金が主役の時代を終わらせないと、
地球がダメになってしまう状況になったのです。

お金と人間の関係を、見直すときがきています。

最後に、11月21日に、お金に関する著書を発売します。
Amazonのみでの販売になります。
上記のようなことも自分の頭で考えられるようになる本です。
もしよかったらお手に取ってください。

以下にAmazon紹介文と目次を記しておきます。

『お金とはなにか ~命をかけるほどの価値があるかの検証~』


(デザインエッグ社)

<Amazon紹介文>
日本は働き盛りの人の自殺者の数が、先進国の中でも最も多い国です。
そしてその理由の多くは経済的な理由ではないでしょうか。
30年近くも経済成長せず、賃金がまったく上がらないこの国は、
人間が将来の希望を持ってイキイキと生きるということが、
もっともやりにくい国なのだと思います。
しかし政府も政治も、その本丸に手をつけようとしませんし、
この国で暮らす一人ひとりの市民も、
そのことを変えようと本気になっていません。
そのことが、今日もお金が原因で自ら命を絶つ人を産み続けています。

この本は、お金というものに、
人間が命を捨てるほどの重要な意味が本当にあるのか、
ということを見つめ直すためのものです。
お金の儲け方とか、資産運用の話ではありません。
貨幣経済に暮らす現実とその息苦しさの狭間で、どのように思考を巡らせ、
どのようなマインドセットを持てばいいのかを知るために、
「お金より先に、まず人間がいた」という不動の事実を出発点に、
お金とはいったいなんなのかという本質を探る旅です。

<目次>
はじめに

第1章 お金って、そもそもなんだろう
1-1 みんなお金を誤解している
1-2 お金の本当の意味
1-3 経済とお金を分けて考える
1-4 日本のお金は三種類ある
1-5 三つのお金の相互関係

第2章 お金の一生
2-1 お金の歴史
2-2 現代のお金
2-3 お金は誰がつくっている?
2-4 お金が死ぬとき
2-5 国の借金と銀行の借金の本質的なちがい

第3章 お金の持つ五つのチカラ
3-1 交換の仲立ちとしてのチカラ
3-2 値段という共通の物差しで価値を決めるチカラ
3-3 不確実な将来の不安に備えるチカラ
3-4 自己増殖するチカラ
3-5 他者を思い通りに動かすチカラ

第4章 「円」とはなにか
4-1 日本円の意味
4-2 財政赤字とはなにか
4-3 円の価値は誰がどう決めているのか
4-4 日本円はなぜ信用されるのか
4-5 円の信用が失われるとは、どんなときか
4-6 お金はどれくらい発行していいのか
4-7 インフレとデフレと税金の関係

第5章 思考実験・お金がない世界
5-1 お金がない世界とは、どんな世界か
5-2 争いが絶えないか、それともなくなるか
5-3 お金の魔力をうち破る方法
5-4 お金がない世界に近い世界を作るには?

第6章 お金なんかで死んではいけない
6-1 地球温暖化はお金が引き起こした
6-2 残念ながら、資本主義には永続性がゼロな理由
6-3 人類の未来はお金との付き合い方次第
6-4 お金に負けてはいけない
6-5 お金で死ぬ必要はまったくない

おわりに ~お金には、あなたが死ぬほどの価値はない~

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