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【中学受験ネタ】息子が目撃した隣のクラスのいじめ

 僕が野田君と廊下を歩いていたときのことだった。
 隣の1組の廊下に差し掛かったとき、大きな声が聞こえてきた。
「だからあ、委員はおまえがやれよ」
「僕はいやだよ」
 高木君がいやがる谷口君の腕をつかんでぐいぐい押している。
 1組の谷口君に、同じ1組の高木君が人気のない委員を押しつけているようだ。谷口君はあまり勉強ができる方ではなく、1組の中でいじめられているという噂を聞いたことがある。
「はあ? 誰もやりたがらないんだから、おまえがやるしかないだろ」
「いやだって」
 高木君が谷口君の頭をパチンと叩いた。
「おまえ、なに、逆らってんの」
 高木君は一年生のときから、よく人に言いがかりをつけていた。僕もクラスが同じだった3、4年生のときはよく意地悪をされた。悔しくて泣いたこともある。
「叩かないでよ」
 谷口君は性格が優しいためか、叩かれてもそんなに怒らない。だから高木君のような子が彼をいじめるのだ。周りには1組の子が数人いるが、みんなニヤニヤしながら、高木君と谷口君のやり取りを眺めていた。
 一度僕は1組の人に聞いたことがある。どうしてみんなは谷口君を嫌うのかって。そうしたら、存在自体が気に食わないと言われた。勉強もできない、スポーツもできないから、ただそこにいるだけで気に食わないと言われた。そんなのあんまりじゃないかと僕は思った。
 僕は谷口君は好きだ。谷口君はだれに対しても優しいし、怒ったのを見たことがない。
「ほらほら、どうするんだよ」
 高木君が谷口君の頭をぐいぐいと押さえつけた。1組のだれかが愉快そうに笑った。
 僕はどうしようか悩んだ。二人を止めたら、あとで高木君に意地悪をされてしまう。「隣のクラスに口を出すな」と言われるかもしれない。
 それに僕がやめろなんて言ったら、今度は僕が1組のみんなに嫌われて、いじめられるかもしれない。そうなったら、どうしよう。
 でも、明らかに谷口君がいじめられているのを見ていると、谷口君が可哀想でならない。やっぱりなんとか言わなきゃ。

 そのときだった。
 隣にいた野田君が憤然と高木君に向かい、谷口君を押さえていた手を払いのけた。
「な、なにを?」
 高木君は目を白黒させた。
 野田君は高木君の頭を乱暴に押さえつけた。
「こんなことやられたら、おまえだっていやだろ」
 野田君は真っ赤な顔をして、そう言った。それからニヤニヤしている1組のみんなに向かって大声を上げた。
「おまえらも、谷口がやられたことを自分がやられれたら、いやだろ。なんで止めないんだよ」
 野田君は決して体の大きい方ではない。僕と同じ新聞係にいるくらいなので、スポーツも特別できるわけではない。気も強い方ではない。野田君より喧嘩の強い子は1組にたくさんいる。それなのに野田君は1組のみんなに向かって怒っていた。
 1組の人間は野田君の剣幕に押されて、なにも言い返すことができず、ばつが悪そうな顔をした。
 やがて野田君は高木君から手を放した。
「寄ってたかって一人をいじめるんじゃねえよ」
「ありがとう、野田君」
 谷口君が言うと、野田君は谷口君の肩を優しく叩いて笑った。
 そして何事もなかったかのように、僕を見やった。
「さ、教室に戻ろうか」
 気づくと僕の瞳からは涙がぽろぽろとこぼれていた。
「あれ、どうしたの?」
 野田君が心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
 僕は野田君の勇気ある行動に、心を揺さぶられていたのだ。決して喧嘩の強い方ではない野田君は、我が身を顧みず、いじめの現場に敢然と立ち向かった。そして僕がやりたかったけど、できなかったことをやった。
「いや、野田君の行動に感動しちゃって……」
 野田君は照れくさそうに頭をかいた。
「谷口君の立場になって考えたら、だんだん腹が立ってきてね」
「あんなふうに行動できるなんてすごいよ」
 僕は泣きながら言った。
「なんだよ。君が泣いてたら、僕が君をいじめたみたいになるじゃん」
 そう言って野田君は笑った。
 僕もつられて笑った。涙をぬぐって言った。
「そうだね。さ、行こう。野田君」
「うん」
 野田君と並んで歩きながら、僕は本当にいい友達を持ったんだなと誇らしい気持ちになった。
 その日以来、僕らの見ているところで谷口君がいじめられることはなくなった。

※実際に息子が体験した話を息子視点で再現してみました。
 谷口君(仮名)はあまりいじめられなくなったようで、よかったです。

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