きまぐれな夜食カフェ

人にも、自分にも優しくするための料理/気まぐれな夜食カフェ

商店街の外れの、人が一人やっと通れるような細い路地の奥の突き当たり。夜だけ営業している夜食カフェ「マカン・マラン」。

このお店にたどり着くことができる人は、きっととんでもなくラッキーな人。

あらすじとしてはドラァグ・クイーンのシャールが夜だけ開くカフェ「マカン・マラン」に悩め人々が訪れ、少しずつ元気になっていくというもの。

【目次】第一話 妬みの苺シロップ第二話 薮入りのジュンサイ冷や麦第三話 風と火のスープカレー第四話 クリスマスのタルト・タタン

全部で4章からなるこの物語は、四季折々の料理を知ることができるのも嬉しいポイントで、目次にもなっている料理が章ごとの主人公を救ってくれます。

とはいえ、主役なのは料理ではなくあくまで人。わたしが惹かれたのは心情描写のとてつもなくうまいところです。

例えば一話目の『妬みの苺シロップ』では、ネット上で「ディスりの女王」として君臨する女性・綾が主人公のもの。盗み撮りがばれたことがきっかけでシャールに出会い、そこで「あなたには料理は出せない」と言われてしまう。

ここのお店はシャールが気まぐれにやっているもの。夢中になって、がんばっている人に対して、シャールが思いついた料理を提供しているにすぎないのだ。だから、人の粗探しばかりしている綾を見ても料理は思いつかないのだと。

だけど、人への妬みはこうして変えることができるのよ、とシャールが綾にくれたのはガラスの瓶と「苺シロップ」の作り方が書かれたレシピ。

「すぐに食べる必要のない保存食づくりは、夜中の憂さ晴らしに最適よ。恨み、妬み、つらみ、そねみ、ひがみ……。全部、旬の野菜や果物と一緒に、お鍋でぐつぐつ煮込んだり、瓶に封じ込めたり、樽に漬け込んだり、砂糖漬けにしてしまうの」色鮮やかな瓶が、ずらりとカウンターに並べられる。「青梅みたいに毒のあるものでも、漬け込むことで、ちゃんと食べられるようになるのよ。人の毒も同じことよ」

そういえば、わたしもむしゃくしゃすると夜中にスコーンを作り出すという趣味(?)を持っていたときがあった。あれもこねたりすることで自分のもやもやを封じ込めていたのかもしれない。

それから今年から始めた梅仕事。ちょっとまだ完成までには遠いけど、少しずつ色が変わり始めた梅を見ると、なんだか育てている感覚になってきてちょっぴり愛おしさまで出てくる。

この気持ちがもやもやを取り去ってくれるのかな。

自分自身に置き換えられる部分があったせいか、やけに感情移入してしまう。綾も、シャールの言葉がきっかけで、匿名で誰かを貶め続けていた自分を変える決心がつく。

前半の苦しみから、お店を訪れたことでほんの少し、暖かい光が見えてくる。人にも、それから自分にも優しくできるきっかけをくれるお店なのだ。

シャールの言葉はまるで自分にもかけてもらったような、あたたかみを持っていて、毎章ごとに響いてくる。

もし、わたしがシャールに出会えたらどんな料理を作ってもらえるのだろう。あなたを見ても何も思い浮かばない、なんて言われないようにせめて精一杯生きようと思うのだ。

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