きまぐれな夜食カフェのコピー

雨と映画館は似ているのかもしれない

「映画館」という存在が昔からすきだった。

足を踏み入れた瞬間漂ってくる甘ったるいキャラメルの香り、チケットを購入するときのガラス越しのひんやりとしたやりとり、どこの席にしようかなと悩む少しのドキドキ、期待と感想が入り混じったざわめくロビーと、非現実的な大きさのポップコーン。

もぎられたチケットを手に暗くなった場内に一歩入ればそこはもう、違う世界で。

何をすることも許されず、ただただ二時間スクリーンの中の物語に飛び込ませられる。

大きな駅には一つか二つある、小さな非日常の空間がわたしはとてもすきで、すきのあまり3年ほど働いていたことがある。

わたしが働きはじめた場所ではもう、フィルムではなくボタン一つで動くデジタルになっていたけど、それでも映写室の聖域のような空気感は独特だった。

それももうずいぶん前のことで、辞めてからは滅多に足を踏み入れることのなくなってしまった映画館の思い出に久しぶりに浸ることができたのが今回読んだ『レインコートを着た犬』(吉田篤弘:中公文庫)。

この物語の舞台は小さな映画館。主役はそこで飼われている犬だ。

犬だって考えるし、銭湯にだって行きたいし、図書館にだって喫茶店にだって行きたい、楽しいことがあれば笑いたい。どうして神様は犬に笑顔を授けてくれなかったのか、と思い悩む「ジャンゴ」がこの物語の語り手だ。

ジャンゴのいる映画館がある商店街で起きる、雨が降る日々の小さな事件のはなしは、読みながらどんどんと静かな気持ちにさせてくれる。

ジャンゴの目線で見る商店街の人たちはみな少しだけ滑稽で、とびきり優しくて、一生懸命だ。みんなゆっくりと変化して行くし、変わらないものを大切にしている。

読んでいるうちに雨もわるくないな、と思う。

雨が降るとどうしたってやろうと思っていたことは進まないし、外に出るのも億劫になってしまう。ひとりぼっちの部屋で何もできずに雨の降る音を聞いているとわたしに時間だけ止まってしまったのかなと思うときがある。

そんな少しだけ隔離されている感覚は映画館とも少しだけ似ているかもしれない。

ほんの少しの非日常。よほどのことがない限り、その場所から動けない。目の前のとても遠い世界の物語をただ眺めて、ただ感じて、考えて。


優しい優しい物語。今の季節に読みたい一冊。





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