ホットケーキ香る朝


「ねぇねぇ、明日は駅前に新しくできたカフェにパンケーキを食べに行こうよ!」

 ぼくの彼女は、何というかリスみたいなんだ。くりくりした目をキラキラに輝かせて、大きなペンギンのぬいぐるみを抱きながら下からぼくを覗く。

「もう、聞いてるの?」

 彼女の表情はコロコロ変わってみてて飽きない。特に今みたいに頬を膨らませて拗ねる様子はやっぱりリスみたいだ、リスに似ている。あ、そうそう足も速い。

「ちゃんと朝起きられたらね」

子どもみたいな彼女に返す。

「やったー!早く寝なきゃだね、おやすみなさい!」

 パンケーキ、プリン、あとはタピオカとかバスクチーズケーキとか、そういったものが彼女は好きだ。デートは30分も並ぶカフェを巡りたがるし、夢の国も大好きな僕の彼女。

 僕はというと、好きな休日の過ごし方は落ち着いた喫茶店かどこか、公園の日陰、いっそ自分の部屋でゆっくり本を読むこと。

 僕の彼女は本当にキラキラしている。少女漫画の主人公を切り取ったような女の子。よく友人にも、何でお前が付き合えたんだって不思議がられる。それでも彼女とはもう長い付き合いなんだ。

 いつも全力で気持ちのままに走り出す彼女、かたや僕は石橋も叩いて渡るタイプ。好きなものも得意なことも性格も全部がちぐはぐな僕たち。

朝、いい匂いで目が覚める。なんだろう、甘い、いい匂い。

お腹減ったなぁ、いま何時だろう。枕元の携帯に手を伸ばすと、

「11:56」

うわ!寝過ぎた!
今日は早起きして駅前にオープンしたカフェにパンケーキを食べに行く約束を彼としていたのに。

ふと隣に目を向けると、シングルベッドに一緒に眠っていたはずの愛しい彼が見当たらない。
きっと優しい彼のことだ、パンケーキを楽しみにしていた私に何度か声は掛けてくれたんだろう。

「せっかく久しぶりのデートだったのにな…。」

思わず口をついたひとりごと。それにしてもいい匂いだ、お隣さんがケーキでも焼いているんだろうか。懲りもせずにまだ眠たい私はなんとかベッドを這い出した。

やはり予想はしていたけれども彼女は起きない。幸せそうな顔をして寝ている彼女を起こすのはなんだか悪い。
最近オープンしたカフェって言っていたっけ。きっととっても並ぶんだろう。

「困ったなぁ、起きそうにないや」
思わず口に出してしまったひとりごと。

隣で眠る彼女の前髪をそっと撫でて、静かにベッドから出た。


「ホットケーキ?」

いつのまにか起きてきた彼女が、キラキラした目で覗き込む。


「え、美味しそう!!すっごく美味しそうだね!」

「キッチンに立っているのなんて初めてみた、どうしたの?」

「あ!…もしかして私が起きなかったから?カフェに間に合わないなって作ってくれたの?…すっごく嬉しい、そういうところ大好きよ」

「お店で出せるような、なんかフワフワした生クリームたっぷりのやつじゃなくて申し訳ない…」

きっと彼女が求めているのはこういうのじゃないんだろう。

すると彼女は笑った。

「私ね、あなたと一緒に過ごせるなら何処でも好きなのよ?もちろんキラキラしているところも好き。なんとなくああいう空間って全部吸い込めちゃう気がするの。その吸い込んだキラキラで私も輝くの。でもあなたのそばが一番好きなのよ。」

そうか、そうなのか。
彼女のこの瞳のキラキラは、纏うキラキラはそういうことだったのか。
彼女はとても不思議な表現をするが、なんだかひどく腑におちた。

あったかい少し片面が焦げたホットケーキ。
お店で見るような豪華さはない。
部屋の中には甘い匂いが広がる。

地味な僕と、キラキラした彼女。
向かい合わせで「いただきます」をして、同じものを食べて、「ごちそうさま」をする。

あ、幸せだな。
不意にそう思った。
なんとなく彼女も同じタイミングでそう思っただろう。

そんなところが好きなんだ。


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