佐原チハル@趣味小説置き場

趣味小説の置き場所。

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最近の記事

カナリアの子供(7)手紙

(まだ暑いな……) スズキが街に戻ってくるのはひと月ぶりだった。 道楽ジジイたちの避暑旅行に付き合って、いわゆる別荘地にこもっていた。車の運転や飯炊き、夜中の世話まで必要とする者も多く休まる暇はなかったが、その分実入りは悪くなかった。涼しかったのはよかったし。 暑さばかりでなく、ジトジトとした湿気もひどい街に戻ってくると、避暑地のありがたみを実感する。まだまだ夏真っ盛りだ。 中でもスズキの暮らす区画は住宅がせめぎあっていて、風通しも悪く、いつも何かの臭いがしている。寒い冬

    • カナリアの子供(6)また明日

      カラスの呼吸のペースが変わって、彼が寝付いたのだとわかった。 祭りの光景にも花火の迫力にも、カラスは随分と興奮していた。たくさん歩いたし、体も気持ちも疲れていただろう。 カラスは最近、朝まで眠れることが増えてきている。今日もこのまま眠っていられるかもしれない。そうだといいなと思う。 初めのころは随分と大変そうだった。特に初めてカラスと過ごした夜のことを、銀色人形は忘れることができない。 まだほんの数ヶ月前のことだ。 カラスと契約を結ぶことが決まった夜、銀色人形はさっそく紹

      • カナリアの子供(5)祭の後

        新緑の季節を過ぎ、やさしい雨の季節を過ぎて、夏になった。 「夏は袖が短くて、通気性のよい服を着る」と銀色さんから聞いた翌日、カラスはさっそく洋服を買いに行った。 通気性というのがよくわからないと伝えてみたところ、「いろいろな生地の服を試着してみるとわかりやすいかもしれません」と教えてもらったからだ。 実際の店舗に足を運ぶのは面倒に思われることもあったけれど、手間をかけるだけのメリットもあるものだ、とカラスは学んだ。 「銀色さん、今日はお祭りです」 ポーン。「はい、今日です

        • カナリアの子供(4)夜に

          カラスに購入の約束を取り付けた日の夜、銀色の人形は、さっそく自分の所属する紹介所へ向かった。 必要な購入者情報の入力は既に済ませていたから、紹介所側の承認を得さえすれば、すぐに契約成立となる。 紹介所は24時間営業を行っているから、夜間や急ぎの契約もスムーズに行えるのだ。 (今日の夜間担当は……) 担当者情報の検索結果に「よかった、これは運がいい」と思った。 人形の新規のリース契約が交わされた場合、紹介所で承認を行なった人形は、そのままその契約自体の担当者として割り振られ

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        • なんでもない記念日
          100本
        • なんでもない記念日2
          82本
        • 虹色メガネの物語
          9本
        • カナリアの子供
          7本
        • 冬箱
          7本
        • 秋箱
          6本

        記事

          カナリアの子供(3)変化

          「こんにちは」 ピッ。「こんにちは、カラスさん。お待ちしておりました。こちらが先日分のデータです」 どの街にも、大抵数カ所は人形を派遣するための紹介所がある。個人売買・契約で購入された人形以外はほとんどが紹介所に所属していて、そこで期間契約を行うのが一般的だ。カラスの銀色人形も紹介所に所属している。 紹介所では所属する人形のメンテナンスも行なっていて、数ヶ月に1度の頻度で定期検査を受けることになっていた。 とはいえわざわざ人が紹介所まで人形を連れて行く必要はなく、人形自身が

          カナリアの子供(3)変化

          カナリアの子供(2)契約

          指定されていた”帰るべき”家は、小さな平屋だった。 閑静な住宅地の中にあるけれど、駐車場や小さな公園、緑地に囲まれていて、隣家まで少し距離がある。 鍵の開け方も覚束なくて、家に入るのまで人形に手伝ってもらってしまった。本当に自分は何もできないのだと、カラスは自分でもよくわかっている。 ポーン。「とてもシンプルなお部屋ですね。引っ越してきたにしては荷物が少ないというか……荷物の到着が遅れてしまっているようですね」 心配して部屋の中までついてきてくれた銀色人形が言った。 「

          カナリアの子供(2)契約

          カナリアの子供(1)迷子

          どうしたらいいのだろう。 なにかをどうにかしたほうがいいのだろう、とまでは考えられたけれどその先、なにをどう、という具体性は浮かばなかった。 思考もめぐらない。少年は、長く考え思うことに不慣れだった。 ちょうど目の前に見つけた公園のベンチに座った。昼少し前、11時。昼食に向かう人たちが多く行き交う様を、少年はただ眺めていた。 人々の様子は、ひと時も変わらずに姿を変える。眺めているうちに思考はますます溶けて、少年はそのうち自分が風景の一部に溶けたような気持ちになった。 た

          カナリアの子供(1)迷子

          とても久しぶりにこのアカウントに買ってきました。見てくれている方いらっしゃるのだろうか……? 掲載途中のままぶん投げていたものがあっててれちゃうのですが、夏の間に新規なにか一個書けたらいいなという気持ちです。また作品でお会いできたら嬉しいです。

          とても久しぶりにこのアカウントに買ってきました。見てくれている方いらっしゃるのだろうか……? 掲載途中のままぶん投げていたものがあっててれちゃうのですが、夏の間に新規なにか一個書けたらいいなという気持ちです。また作品でお会いできたら嬉しいです。

          お久しぶりです。ご無沙汰しております。 ちょっと創作ができなさすぎているので、「佐原チハル@旅空文庫」というアカウントで、ブログらしきもの始めました。今日は https://note.mu/tiharu/n/n8b8a124599d8 こんなの書きました。よろしければご覧下さいませ〜

          お久しぶりです。ご無沙汰しております。 ちょっと創作ができなさすぎているので、「佐原チハル@旅空文庫」というアカウントで、ブログらしきもの始めました。今日は https://note.mu/tiharu/n/n8b8a124599d8 こんなの書きました。よろしければご覧下さいませ〜

          ずずず随分とご無沙汰してしまっておりますが、生きています。仕事増えたり入ったばかりの保育園でバタバタしていたりそれで子どもにいっぱい風邪ひかせてしまって病院三昧だったりしていますが。 近いうちに、また創作にも戻ってこられたら、と思う余裕はできてきました。というか創作したいです……

          ずずず随分とご無沙汰してしまっておりますが、生きています。仕事増えたり入ったばかりの保育園でバタバタしていたりそれで子どもにいっぱい風邪ひかせてしまって病院三昧だったりしていますが。 近いうちに、また創作にも戻ってこられたら、と思う余裕はできてきました。というか創作したいです……

          5月6日 ゴムの日

          「お前のそういう柔軟性あるとこ、好きよ」 ドタキャンも浮気も許した。 許せる柔らかさが、彼の帰ってくる所以だと思っていた。 上質なゴムのような俺は、けれどゴムなので、伸ばし続ければ萎び、劣化もする。 ある朝弾け、切れて、戻ることをやめた。 隣だと思っていた、掌の上。 #記念日BL #小説 #短編小説 #超短編小説

          5月5日 こどもに本を贈る日

          昔、本をもらった。 くれたのは憧れの、隣家のお兄さん。 憧れは募り、本は本棚から消すことができないまま。 20年後の今日僕は、彼が結婚し、妻子を連れて里帰りしてきていると知る。 今日だ、と思った。 彼の子に、この本を。 笑顔でいられるようにと念じつつ、隣家へ向かう。 #記念日BL #小説 #短編小説 #超短編小説

          5月5日 こどもに本を贈る日

          5月4日 ラムネの日

          咥え込むような姿に欲情する。 「ほら、お前も」と差し出され、初めてのそれを両手で包む。 壊れ物のようにそっと。 そして、口元へ。 喉に甘い刺激。 癖になる刺激。 跡をひきながら離した唇の残滓を舐めとる。 甘い。 もはや、甘いばかりの。 からん、とビー玉が小さく音を立てた。 #記念日BL #小説 #短編小説 #超短編小説

          5月3日 ごみの日

          なんであんな駄目な男に惚れたのかと不思議がられる。 友人らには、やめておけ、と忠告もしてもらえている。 けれど。 「ざけんなこのクソゴミ野郎。きもい。無理。きもい」 「あ…っ」 軽蔑の冷たい目で睨まれ暴言を吐かれる度、下半身が疼く。 そう、物事には、理由があるのだ。 #記念日BL #小説 #短編小説 #超短編小説

          5月2日 緑茶の日

          「ほれ、飲め」 寂れた住宅地の中にある、そこだけ陽だまりの落ちてきたような小さな庭で、緑茶を淹れてもらう。 お茶の美味しさなんてわからなかったのに。 パックのお茶なのに。 ふいに涙がこみ上げる。 50年後、60年後…老後までの約束を彼と交わせた奇跡が、静かに沁みて。 #記念日BL #小説 #短編小説 #超短編小説

          5月1日 語彙の日

          「好きだよ」 どれくらい? 「すごく好きだ」 愛してる? 「愛してる」 どれくらい? 「すごくすごく、すごく愛してる!」 …語彙力のない彼が一生懸命に伝えてくれるのが嬉しくて、いつもつい、しつこく聞いてしまう。 本当は別に、言葉なんか大して欲してないのにな。 #記念日BL #小説 #短編小説 #超短編小説