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なんでもない記念日

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365日分の「なんでもない記念日」を祝して。130文字以内の小話を、1日に1つ。1107〜0213 #記念日BL
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記事一覧

11月7日 鍋の日

肉は鶏。
豆腐、白菜、人参、椎茸。
去年もアイツとさんざんやった、泊まり込みの鍋の会。

去年までとの違いは1つ。
俺の鞄に、コンドームの箱が入っていること。

電話がなる。「遅い」と怒るあいつの声。

ドラッグストアの棚前で、俺が10分も固まっていたことは、一生の秘密だ。

11月8日 刃物の日

《1》

しなびた引戸。
日焼けた紙に「包丁研ぎマス」の6文字。
訪れたのは、ただの冷やかしの筈だった。

しかし目が合った瞬間に、俺の心臓は貫かれた。
下手に抜こうと抵抗すれば、きっと息が止まるだろう。

大将の刀で、どうかこの身も貫いて。

邪な想いを抱き、俺は今日も暖簾を潜る。

***

《2》

さんざ世話になった、今はもう使えなくなってしまった、彼の刃物が愛おしい。

ただ、口に含むだ

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11月9日 換気の日

「空気、入れかえますね」

そう言った僕に視線を寄越すと、眩む様な笑顔と声で、彼は姉の名を呼んだ。 姉の死以来、彼女の記憶を零さぬために、義兄は自分の時を止めた。
彼の中にもう僕はいない。

けれどいつか、もしかしたら。

あり得ぬ希みに縋って僕は、今日も部屋の窓を開ける。

***

※ 換気 ; 環境維持もしくは改善のため、内部の空気を排出し、新鮮な外気を取り入れること。

11月10日 ハンドクリームの日

献身的だとよく言われるが、別にそんなつもりはない。
ただ効率がよく、都合もいい。それだけの話。

「いつも悪いな。感謝している」

温かく長い指が動いて、ハンドクリームが塗りたくられる。
指先だけは器用な、不器用すぎる俺の男。

固く荒れた俺の指が、僅かに優しさを取り戻した。

11月11日 ネイルの日

「今日は俺にも塗らせろ」と言った昨晩の顔が思い出された。

仕事のせいだけでなく、いつも手指を荒れさせた男。
俺を不器用と言い、時に甘えさせたがる男。

何から何まで不器用な、甘えたがりは自分の癖に。

我儘を云わない彼の、謎の願い事。
透明な膜を引かれた、左小指の小さな光。

11月12日 皮膚の日

人の細胞は、およそ3ヶ月で全て替わってしまうらしい。
まるで別人。
彼のあの、射る様な目も刺す様な言葉も、何も変わらず、逃げられもしないのに。

「気持ち悪い。僕に構うな」

もう逃げる気もないくせに、そう言って笑うしかできない。
代謝して変わってしまいたい、卑小な僕。

11月13日 あいさつの日

「おはよう」と「おやすみ」を繰り返す。
「いただきます」とか「愛してる」とか「大好きだ」とか、時にはもっと歯の浮く言葉も挟んで。

繰り返し、ただ繰り返すこと。

そうする意味を知らなかった僕が、いつもあなたを思い出せるように。
あなたにいつか、思い出してもらえるように。

11月14日 いい樹脂の日

ジクジクと湧き出し、身を固くする。
その傷口を幾多に差し出し、群がる黒には甘い雫を含ませて。

雷に打たれ切られ削られ、歪さを増すその度に、深まる甘みに群がりは増える。

「私は醜い」

言った男の、群がりよりも強い黒色の傷。
深く明るい光に変わるのは、まだまだ遠い先の話。

***

※ 樹脂は樹液が固形化したもの。化石になったものが琥珀。

11月15日 いい遺言の日

「新しい人を見つけて」とか「でも時々は思い出して」とか「どうか明日もしあわせに」とか。
ありがとうとか。

言いたいこともやりたいことも、伝え足りないことだって、きっとたくさんあるのだけれど。
いつかのどこか、また会えた日までとっておこう。

それではまたね。
さようなら。

11月16日 幼稚園記念日

かけっこが速くて、いつも笑顔の中心にいた少年。

「ぼく⚫︎⚫︎くんと結婚する」
「おう、しようぜ!」

時が経ち、今僕は全く別の彼と生活しているけれど。
彼はムードメーカーで、社内運動会ではリレーのアンカーだったんだ。

名前も思い出せない少年は、今も僕の中に住んでいる。

11月17日 将棋の日

誰より先に動いても、到達できる望みは僅か。
蹴散らされて奪われて、それでも俺は歩き続ける。
一歩ずつの鈍間な俺にも、だってチャンスは平等だから。

懐で幾度翻れども、追いつけはしない自由の王へ。

「陥す栄誉を俺に与えて」

違う身分の俺たちだけど、歩く速さはきっと同じだ。

11月18日 雪見だいふくの日

コンビニの30m後。

「そうだ戻ってアイス買って」
「なんで」
「さっきビビって手ぇ離したペナ」
「ビビってねぇ金もねぇ」
「嘘つきは死ぬか別れろ。雪見だいふく半分こで許す」
「寒くね?」
「あったかいとこで食べよ。誰もいないし僕んち来なよ」

僕らは華麗にUターン。

11月19日 緑のおばさんの日

「おかえり」
「いってらっしゃい」
幼い俺を守ってくれていたあなたは、いつの間にか小さくなった。
あの腕だって、今は細い。

優しいのは同じ。
あたたかな眼差しも同じ。

「おかえり、じいさん」

恋じゃない。
介護の腹も座ってない。
それでも今度は、俺もあなたを守れるように。

11月20日 ピザの日

「悪い、またちょっと助けて」
そう声をかければ、喜んでほいほいされる阿保。

「いつも悪いな」
思ってもない俺の言葉。
「大歓迎ですありがとう!」
疑いもしない素直な彼。

ピザが好きなふり。
それで頼みすぎたふり。

溶けたチーズの口元。
彼の姿を見るためだけの、週末の嘘。