見出し画像

「生き物と人類の未来に向けて」③

■人類を継ぐもの
ここで再びガイア仮説を考えてみます。前節まで説明してきましたが、無機物の塊でしかなかった地球から、有機物が生じやがて生命が誕生します。すると地球では全球凍結が生じて、シアノバクテリアが爆発的に繁殖し酸素を大量発生させ、地球の大気組成が大きく変動して地球は不安定になります。するとこれを契機に、酸素を効率的に活かす生命が誕生し、多細胞生物となり驚異的な進化を始め大量に酸素を消費することで、地球の大気組成は安定化します。やがて多種多様な生物が生み出され、恐竜が地球を支配した時代が到来します。しかし6600万年前に巨大隕石がメキシコのユカタン半島近くに衝突したことで、地球環境が激変して1億6000万年もの栄華を誇った恐竜も絶滅します。生物が大量絶滅した地球で、わずかに生き残った哺乳類は進化を続け、大型化していきます。そしてホモ・サピエンスが出現し、地球全表面にまで進出していきます。すると今度は人類の活動によって、二酸化炭素濃度が上昇して気温が急上昇を始め、再び大気は不安定になってきたのです。
ガイア仮説の観点からみると、地球という「システム」は数十億年のスケールで生命活動を利用し、その恒常性を維持しているように思えます。もしくは地球そのものが、「生命」を育み進化させるための「孵卵器」なのかもしれません。孵卵器ならば、何を目的としているのでしょうか?孵卵器を生みだした宇宙の「意思」や「意図」はどこにあったのでしょうか?

画像1

現代版のオリジン・ストーリー(万物の起源の物語)では、宇宙は138億年前のビッグバンから始まったとされています。ごく短時間の「インフレーション」と呼ばれる超高速の膨張によって爆発的にエネルギーが生じ、時間が流れ始め、原子が生じ、物理法則が定まります。エネルギーは「重力」「電磁気力」、「強い核力」、「弱い核力」の4つに別れ、宇宙を形成していきます。宇宙に「意思」があるなら、もしくは「方向性」と言ってもよいですが、その始原から膨張であり拡大でしょう。138億年前のビッグバンによって、無の空間に物質をばらまき、埋め尽くそうとしていること自体が、宇宙の運命を定めたのかもしれません。宇宙空間に生み出された物質は、均等に広がらずに偏りが生じます。その偏りの一部が恒星となり惑星となって銀河を構成していきます。やがて惑星の一部に生命が誕生しますが、生命に刻み込まれた「宇宙の意思」は、やはり「産めよ、増えよ、地に満ちよ」です。すべての生物は、その遺伝子に書き込まれた「呪い」からは決して逃れることはできないのです。

138億年前に始まった宇宙は、その膨張路線を貫くため、無限にある時間と物質を使って、ありとあらゆるパターンの組み合わせを試したはずです。しかし無限の時間さえあれば、どんな複雑な事象でさえ実現可能となるでしょうか。猫がピアノの鍵盤の上を歩いて、偶然「猫踏んじゃった」を演奏したり、チンパンジーがキーボードを叩いて偶然「源氏物語」を紡ぎだすことができるのでしょうか。

宇宙は、その長い歴史の中で恒星を創り、元素を作り、太陽系を造り、生命を生みだしました。その「複雑さ」は加速度的に増大していきます。複雑さが増大していくほど、「ゴルディロックス条件」(ちょうどよい程度)は、厳しくなっていくはずです。より複雑なものが創発するには、いくらその原材料があったとしても、ゴルディロックス条件を満たす必要があるのです。しかも複雑であればあるほど、もろく短命なのです。

天体物理学者Eric J. Chaissonの指摘によると、複雑な現象・システムほど濃密なエネルギーを必要とします。複雑なシステムがその維持に必要とする、1秒間1グラム当たりのエネルギー量は、銀河を基準にすると、太陽はその4倍、地球表面は150倍、生物圏は1800倍、人間の体は4万倍、人間の脳は30万倍、現代社会は100万倍のエネルギーを消費しています。つまり複雑なシステムほど、時間当たり重さ当たりのエネルギー必要量は、けた違いに増えるのです。しかも複雑なものほど、そのエネルギーを精密に管理しなければなりません。複雑なものほど単純なものより壊れやすいのは、当然なのです。

生物は環境から情報を収集しエネルギーを獲得することで、生命を維持し繁殖します。つまり、あらゆる生き物は眼や鼻や触手などから局地的情報を得ることで、食物を確保しているので、哲学者ダニエル・デネットは「情報食者」と表現しています。そして弱肉強食を勝ち抜くために進化していく生物は、関節などの可動部分を増やし、より大型化し、環境情報を収集処理する能力を上げることで、より一層複雑化していきました。すると今度は故障個所が増えるリスクが高まります。そのため故障が起きないような仕組みと起きても代替する手段を何重にも用意して、生物は環境耐性をつけていきます。

生命ネットワーク

その進化の成果が、人体の「※臓器間ネットワーク」です。この人間は「※社会的ネットワーク」に構成員として接続されており、さらに生態系という「生命ネットワーク」に組み込まれています。また先ほどのガイア仮説の観点ですと、この生命ネットワークは地球という巨大な「生命体」の一部とも言えるでしょう。

宇宙は地球という惑星を使い、強力なエントロピーに逆らう「生命の孵卵器」を産みだし、さらなる宇宙の拡大を狙ったのでしょうか。人類が宇宙を最後のフロンティアとして選ぶのは、もしかしたら「宇宙の意思」なのかもしれません。だとしたら、地球という安定した環境下で進化し有機物で構成されている現在の生物は、はるかに過酷な環境の宇宙空間には不向きでしょう。次は宇宙空間という環境下に適応した、堅牢な無機物で構成された生命体を、宇宙は人類を継ぐものとして生みだそうとしているのかもしれません。その超人類とは、シリコンベースの人工知能かもしれませんし、まったく異なる形態の超知性体かもしれません。いずれにしろ我々人類には、想像することさえできないのです。

画像3

■ウェルビーイングを目指して
西洋において幸福とは個人が獲得するもので、また感情は個人のなかにありひとりで経験するという考え方が主流となっています。この考えは、「人生の唯一の目的は幸福である」とし、個人が幸福を追求することを説いた、古代ギリシア哲学者のエピクロスの快楽主義に端を発しています。ハラリ教授の「ホモ・デウス」においても、「生物学的に幸福とは快感の経験であり生化学的作用によるもの」だとし、「快も不快も人体内の感覚に反応しているだけ」と言い切ります。このような考え方では、ウェルビーイングを目指すことは、そのまま「欲望の追求」になってしまいます。人間の欲望は果てしなく、永遠に満たされることはありません。資本主義は、この人間の欲望という永遠に尽きない糧をむさぼることで発達したと言えます。欧米にはこのような考え方が底流にあるため、個人が麻薬などの薬物を用いて安易に快楽を追求して幸福感を得ることに、大きな抵抗がないのでしょう。

しかし幸福・ウェルビーイングは、社会的ネットワークから大きな影響を受けます。東洋には『この世のあらゆる事柄は因縁によって成り立っている』という因縁生起の世界観があるため、個人の幸福は社会全体で取り組むものであり、感情とは人と人のあいだにあり他者とともに経験するものだ、と昔から考えられています。このような考えの方が、もちろん社会としては健全です。イギリスのジェレミー・ベンサムも「最大多数の最大幸福」が最高の善であると断言しており、欧米の政治家も少なくとも公にはこのような考えを表明しています。

人類は自ら生み出したテクノロジーによって、その能力を拡張し続け、人類のエゴのために自然を破壊し、地球環境に多大な影響を与えアントロポセンの時代となりました。大河をせき止めてダムを造り、山を削って都市を建て、膨大な化石燃料を使った結果、地球に気候変動を引き起こします。弱肉強食の世界に生きる生物にとって、大都市は既に「自然環境」でしかなく、生物多様性は加速度的に失われ、カラスやゴキブリ、犬や猫など、都市に適応した生き物だけが生存競争の勝者となっています。

我々人類は高度な「※エピジェネティクス」の能力を駆使し、都市が提供するサービスがないと生きることさえ困難になるほど、人工的環境に適応しています。すでに大半の人類は、テクノロジー依存症と言ってよいほどです。伝染病を媒介する蚊を撲滅するために遺伝子を組み替えられ不妊化した蚊を熱帯地方にバラまき、人間とってじゃまな角を取り除かれた肉牛が大量生産され、親が望むデザイナーズベイビーまで生まれてしまう時代です。
しかしそんな人類でも、あらゆる存在をコントロールできるわけではありません。それどころか、自らのテクノロジーが生み出したはずのインターネット上では、ウイルスやフェイクニュースが勝手に徘徊し増殖しています。海にはマイクロプラスチックが蔓延し、南極のクジラや太平洋のウミガメの胃の中からも、プラスチックごみが見つかっています。テクノロジーが次々と提供するサービスを享受している人類は、このテクノロジーの負の側面を清算しなければ未来はありません。しかしテクノロジー依存症となってしまった人類にとって、頼れるのはやはりテクノロジーしかないのです。

デジタルヘルスは、人の健康寿命を延伸させるために創り出されたテクノロジーです。AIテクノロジーは、デジタルヘルスを支えるための単なる道具です。我々人類が希求するウェルビーイングを実現するためには、これらのテクノロジーを有効活用しなければなりません。しかしこれだけテクノロジーが発展しているにも関わらず、未だに戦争も貧困も、暴力も飢えも、克服できていません。テクノロジーは、享楽のために創り出したものではないはずです。我々は、誰もが等しくウェルビーイングを願っているのですから・・・   了

【著者注記】下記の言葉(専門用語)についての解説は、別稿に譲ります。
※臓器間ネットワーク  ※社会的ネットワーク  ※エピジェネティクス

「生き物と人類の未来に向けて」①

「生き物と人類の未来に向けて」②

他の「TickTack文明論」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?