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ピノとお散歩シリーズ「老人とヤンキー」

まったくもって、犬も人間も見た目では分からないもんだ、というお話。

ボクの愛犬ピノは、パピヨンのメス犬で、片手でも簡単に抱えられる小型犬だ。耳がやたら大きく、正面から見ると蝶が羽を広げているように見えるので、フランス語で蝶の「パピヨン」の名がついている。

お散歩する時は妙に大人しく、外では決して吠えることもせずに上品に振る舞うので、近所では人気者。しかし家の中ではやたらうるさい、外面ばかりいい犬なのだ。誰に似たんだかね、まったくもって・・・

休日の朝は、特にうるさい。犬にボクの休日かどうかが分かるとも思えないのだが、とにかくいつもの朝のパターンと違うので、ピノも気がつく様なのだ。散歩に行きたいと、餌をよこせと、朝からあまりに騒ぐので、しかたなく朝食を食べた後、散歩に行くことにした。

今朝は天気も悪くなかったので、チョイと遠くの大きな公園まで歩こうと、川沿いのお散歩コースを歩き出す。色づき出した木々の道をしばらく歩いていると、向こうから小さなポメラニアンが、若い女性に連れられトコトコ歩いてくる。ピノはその真っ白なポメラニアンを見つけると、いつものようにお座りして行儀よく待っていた。

すぐそばまでポメラニアンが来ると、ピノはきちんとご挨拶しようと、可愛らしいポメラニアンの鼻に、自分の鼻をそっと近づけた。ところが、いきなりポメラニアンは「ワン!」と吠えて、噛みつこうとするではないか。間一髪でピノは逃げたので助かったが、危なく鼻を噛まれるところだった。逃げ足だけは速くて良かったね、ピノ。

「ごめんなさい。この子は意外に気が強くて、突然他の犬に噛みつこうとすることがあるの」
 飼い主の若い女性は、ひたすら謝っている。
ピノとボクはビックリした。小型犬のピノより、さらに体が小さくフワフワして可愛らしいポメラニアンが、いきなり噛みつこうとするのだから、分からないもんだ。まったく犬と女性は、見た目だけで判断してはダメだね、ピノ。
飼い主は恐縮していたが、まあ怪我がなかったことだし、ピノはグイグイとリードを引っ張って逃げようとしているので、さっさと行くことにしたのだった。

川沿いのお散歩コースを抜けると、団地が見えてくる。その団地をトコトコと抜け、大きな幹線道路を渡ろうと、信号待ちをしていた時だった。正面からオンボロの軽トラックが右折しようとしている。ところが交差点の真ん中で、なぜか立ち往生だ。右折の信号が青なのに、ノッキングでもしているのか車はガタガタと大きく揺れているだけで、なかなか動こうとしない。後ろに連なっている車から、ブーブーとクラクションが鳴らされる。とうとう信号が変わってしまった。横から車が一斉に走り出すが、交差点の真ん中に車が止まっているため、たちまち渋滞してしまった。

ピノはさっさと道路を渡ろうとしていたが、ボクは何事だろうと横断することを止め、野次馬根性で事態を見守った。軽トラックの後ろで、クラクションをガンガン鳴らしていた黒いセダンから、金髪のヤンキーのような若者がドアを開け放ち、肩を怒らせて出てきた。開いていた軽トラックの窓から中をのぞきこんで、怒鳴り散らしている。オンボロの軽トラックを運転していたのは、遠くからでもかなり高齢に見える痩せた老人だ。

老人は、左手でギヤをガタガタしているようにも見えたが、体全体が痙攣でもしているように大きく震えて見えた。あれで運転できるのかな~
渋滞の列はドンドン延びていく。すると、若者は自分の車に戻って、助手席にいる茶髪娘になにか言っていた。

茶髪娘は大声で文句を言いながら、助手席を出て運転席に移った。若者は軽トラックの老人を運転席から無理矢理どかし、なんと自分が軽トラックの運転席に座ってしまった。あたふたと助手席に移った老人は、若者と何ごとか話している。若者は軽トラックをあっさりと発進させ、青い煙を撒き散らしながら強引に道路を右折して走り去っていく。慌てて黒のセダンも、軽トラックの後をついていった。

一斉に車が動きだし、渋滞していた道路は元のように流れ出していく。ボクは唖然として眺めているしかなかった。いったいあの金髪の若者は、どこまで行ったのだろうか。老人の目的地まで送り届けるつもりなのだろうか……

ボクは、じっとお座りして待っていてくれたピノに話しかけた。
「ねえ、ピノ。あんなヤンキーみたいな若者も、ずいぶんと親切なんだね。やっぱり犬だけでなく人間も、見た目じゃ分からないもんだな」
ピノは大きな眼で見上げながら、嬉しそうに「ワン!」と吠えた。

ピノとお散歩シリーズ

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