【連載小説】透明な彼女 vol.18「海」
翌日からは絵を描くことに専念する。
ユイが少しずつ大きなカンバスに色をのせていく。
俺はそれをチラ見しながら自分の絵を描く。
最近やっとファンができたようで、俺の絵も売れてきていた。
ユイにはかなわないけど。
ユイには手が届かない部分を塗るために、俺は小さな椅子を買ってくる。
これで全部塗れるだろう。
ユイはありがとう、と言い、また絵に専念する。
途中、絵の具が足りなくなり、買い足しに行く。
ユイが使う絵の具は、赤や黄といった、明るい絵の具が多い。
ほとんどを黒か紺で塗りつぶしてしまう俺の絵とは、本当に真逆だった。
俺はユイに絵を習い始めた。
最初は悔しい気持ちでいっぱいだったのが、徐々に穏やかになるのを感じる。
今は落ち着いて絵を習っている。
ユイの描き方はおれとちがってあまり細やかに描き込まない。
下書きはあくまでも下書きで、色をのせていくうちに絵が完成する。
俺の描き方は、まず、丁寧に下書きをリアルにし、そこから下書き通りに絵の具をのせていく。
全く違ったやり方に、最初は少し手間取ったが、両方が出来るようになってきて、俺の絵には幅ができたと思う。
ユイの絵はポスターのようで、俺の絵は写真のような感じだ。
最初にユイに絵を習いたいと言ったときには、ユイは俺の個性を潰してしまうかもしれないからと言って反対した。
それでも俺が本気だとわかると、黙って準備を始めた。
俺は実に器用に2つの絵を描き分けた。
同じ題材でも全く違うものを描けるようになった。
黒や紺だけの背景から抜け出し、自由に背景を描けるようになった。
ユイ風の俺の描いた絵は、ファンだろう人に即効売れる。
俺とユイが入れ違っていることに気がつかないようだ。
俺の普通に描いた絵も、味が出てきたからか、売れるようになってきた。
いつしか、俺は絵描きとして独立していた。
梅雨があけそうになってきたこの時期、ユイの絵はずいぶん進んでいる。
絵の具を乾かす時間も要るため、作業には結構時間がかかる。
俺はユイの作った旨い飯を片手に、絵の手直しなどをする。
梅雨の間はほぼこうして部屋に閉じ籠ったままだった。
セミの鳴き声が聞こえ始め、夏がやってきた。
ユイが亡くなってから、三度目の夏だ。
俺はショッピングモールに行き、ユイに似合いそうな水着を買う。
サイズはよくわかんなかったけど、このくらいかなぁ、という目分量で買ってきた。
ユイは見て大喜びする。
「早く着たいから、早く炊き上げてね!」
と言い、木切れまで集めてきた。
俺が炊きあげると、早速着替えてくれる。
胸のところが若干小さかったけど、着れた。
よく似合う。
「これを買ってきてくれるってことは〜、海?それとも川かな?」
ウキウキでいるユイを見て、ふと悲しくなって俺は隠れて泣いた。
生前に行っておけばよかった、そしたらふたりでスイカ割りもできただろう、水の掛け合いだってできただろう。
俺がもっと気の利く男だったら、もっといろんなことができただろうに。
「ユイ、海に行こう!」
俺はまたしても親父のボロ車を借りてきた。
ユイのストレートボブの髪が揺れる。
いつだって俺はそれを見ながら、なんだって現実じゃないんだろう?と思っていた。
海に着く。
俺はパラソルを借りると、ど真ん中に突っ立てた。
ユイが着替えをしてくる、と言う。
俺はユイが帰ってきてから着替えをしに行くことにする。
ユイが戻ってくると、
「荷物、見張ってて」
と頼み、着替えに行く。
よくよく考えたら、ユイは幽霊なんだから、見張っててと言っても効果ないんじゃね?ということに気付き、慌ててユイの元へと戻った。
ワニの浮き輪を借りてきた。
これに掴まってプカプカ浮かぶ予定だ。
ユイが波打ち際で遊んでいる。
冷たくて海に入れないと言う。
「そんなもんは、気合いをいれて、こう、肩まで浸かっちまえば慣れるさ」
でも……ともじもじするユイ。仕方ないので、水を掛けてやって身体を慣らす。
海は広いし、人出も多かったから、俺が一人で不思議なことをしていてもなんともないようだ。
なんという解放感!
売店で焼きそばとかき氷を買い込み、パラソルへ戻る。
二人でわけっこしながら食べた。
どうしてこうも、海で食べる焼きそばは旨いんだろう?
ちょっと咳き込んで、ユイから
「ゆっくり食べなさいね」
と念を押された。
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