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45歳、中流家庭。それでも家を買う(1)

「申し訳ないですが、お母さんに貸せるお部屋はありません」

押しても引いてもダメです。無表情を決め込む不動産屋の顔にはそう書いてある。こういう表情をする人は、経験上何を言ってもダメだ。73歳の母親が単独で家を借りようとしているのだ。厳しいことはある程度予想していた。不動産屋は、おそらく、私のような相談を何度も経験してきたのだろう。
そして、その度に断ってきた。行き着いた先が、すべてを跳ね返す無表情なのだ。
「わかりました」とだけ言い残して、店を後にしようとした。
「お力になりたいのですが…」とドアを開けてくれる不動産屋。
チラッと顔を見ると、本当にすまなそうな顔をしていた。少し救われた気がした。

家主は老人に家を貸したくはない

高齢者、特に”独居老人”が家を借りるのは難しい。家主からすれば、いつ孤独死するかわからない。そうなれば賃料の源泉である賃貸物件は事故物件になって、収益は激減してしまう。やっかいな老人には貸さないに限る。

コロナ禍に入る直前に、父親が突然死した後、母は一人暮らしである。それまで郊外に住んでいたが、墓参りがしやすい都心が良いと引越しを考え始めた。さすがに母に部屋探しをさせるわけにもいかず、私がかわりに動いたのだ。

老人の部屋探しは困難だ。冒頭のように門前払いされることも当たり前。話が進んだとしても、「収入は十分か?そもそも定期的な収入があるのか?」「保証会社の審査が厳しい」など越さなければならないハードルは無数にある。私が借主になれば良いかとも考えたが、私自身も賃貸住まい。二重に自宅を契約することは事実上困難なのである。大手から個人経営まで、考えられる限り不動産屋を回った。借りられそうなのは、ズタボロの1Rアパートだけだった。

高齢者にとっては救いのUR賃貸

結局、民間の会社は全滅し、最終的にUR(都市機構)の賃貸に入ることになった。
URは高齢者向けのさまざまな賃貸を用意している。これらの建物では、できるだけ段差をなくし、手すりなどを随所に設置するなど、バリアフリー化が図られている。また、高齢者向けの見守りサービスまで手がけるなど、建物のバリアフリー化だけではなく、ソフト面でもサポート体制がある。ここ10年で、URの居住者平均年齢は、約6歳上がって、52.7歳。世帯主は実に48.5%が65歳以上となっている(令和2年R賃貸住宅居住者定期調査調査)。家を探す高齢者の駆け込み寺になっているのだ。申し込みをした日も、フロアを見回すと高齢者で盛況だった。

引越しの日、「こういうバリアフリー住宅なら安心ね」と母は言ったが、
ステレオタイプな団地然とした内装を眺め、少し悲しそうな顔をしていた。
言葉にこそしなかったが、自分が家探しで困るとは思わず、家なし老人になりかけたのを悔いているようであった。

私の父母はずっと賃貸派だった。気に入った家に住み、飽きたら引越しする。子の独立などで必要な部屋数が変われば、その度に家を変える。一時期は京都に住み、柔軟性こそが魅力だと言っていた。銀行マンをしていた父は、「そうは言っても資産がないのは怖い」とキャッシュを充実させ、いざというときに備える家計運営をしていた。おかげで、母は金銭的には困っていない。

しかし、である。支払い能力はあっても、70を超えた独り身の老人に、賃貸市場は冷たい。民間賃貸市場は貸主の意向が絶対なのだ。家主が首を縦に振らなければ家は借りられない。そして、年金しかインカムが無く、孤独死のリスクがちらつく独居老人には容易にイエスと言わない。母の家探しを手伝うことで、個人の力ではどうしようもない壁を味わった。

家なし老人。明日は我が身

途端に、我が身が怖くなってきた。将来、私も家なし老人になるかもしれないのだ。
賃貸派の父母の元で育ち、私自身もそれでいいやと思っていた。しかし、自分が年老いて体の自由が効かなくなってきた時、家はどうする?まだ、私がひとりで残されるなら、何とかなろう。しかし、奥さんが一人になったらどうする?普段は活発な女性だが、契約ごとや交渉ごとになると、とても頼りないのは知っている。自分がまともなうちに、奥さんが一人になっても大丈夫な場所を作っておかないと。
将来、自分が死んだ後、奥さんが困るのは嫌だ。不動産屋で門前払いされている姿なんて想像したくない。ズタボロのアパートに住む奥さんなんて、絶対に嫌だ。次から次に、嫌なシーンを想像してしまう。

母の引越しを手伝った帰り道、家で待つ奥さんに電話した。

「家、買おうか」

2022年10月末。44歳、ギリギリのタイミングだと思っていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。何となく、自由に書いてみたいと思いnoteをはじめました。と言っても、書くならちゃんと調べたものを書きたい。なにか実体験に基づくものを書きたい。という欲が出ました。一方で、なかなかnoteのためだけに調べ物もできないと思いました。唯一見つかったのが家についてです。中年になり、突如として家を買う(というか建てる)ことになり、自分のために色々調べて、ショールームを巡り、工務店さんとバトルもしながら完成に至るという、なかなかタフな経験をしました。写真もたくさんあるので、それはまた別の機会に。どこまで書けるかわかりませんが、竣工までのあれこれをまとめていこうと思います。不定期ですが、お付き合いください。。。しかし、竣工までたどり着けるのか?


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