大学院でジェンダー研究をやろうかな?と考える学生・院生へ。進路選択のすすめ

 悪いことは言わん。やめとけ。

 ……と言いたいところですが、
 それでも行きたいという方の参考になればと思い執筆しております。

 私は院での5年間、心理学でジェンダー(セクシュアリティ)を扱ってきた身ですが、この話はおそらくすべての学問領域のジェンダー研究志望者に通ずる話です。
 あくまで個人の経験をもとにしたひとつの意見として。


【1】志望動機-「なぜ研究なのか?」を言葉にする


「ジェンダー(LGBT)関連の差別問題を扱うならなんで大学院なの?
 活動家になって社会運動したら?

 私は修士課程受験の時も、博士課程受験の時も、面接にてこれを先生に尋ねられました。
  まずこの質問に積極的な理由を以て答えられないならば、大学院はおすすめしません。

 大学院は研究を行う場所です。
 社会運動を行う場所でも、その支持母体でもありません。

 ですので当然、大学院の志望動機とは、あなたがなぜ研究をしたいのか、ということです。研究することが目的でないのであれば、大学院に入ることはお勧めしません。

 参考までに、私が今現在ジェンダーに関する社会運動に参加せず研究に従事している理由を以下に3つ示します(私個人の考えです)。

 1.法で差別を規制しても差別はなくならない
 2.差別的態度を持つ人についてまず理解することがその低減の近道
 3.科学たる科学は人々から正しさが認められる

  1「法で差別を規制しても差別はなくならない」について。
 半世紀前に法で禁止となった人種差別が根強く残っているのが良い例です。もし法規制が差別をなくすのなら、世の中のすべての黒人はすでに差別を受けていないことでしょう。
 ここでは詳しく触れませんが、潜在的態度(implicit attitudes)や偏見の正当化-抑制モデル(justification-suppression model; Crandall & Eshleman, 2003)が論拠となります。
 ジェンダーやLGBT関連の社会運動といえば大抵が何らかの法規制が目的ですので、この点で多くの活動家の方々と私とで考え方が異なります。

 2「差別的態度を持つ人についてまず理解することがその低減の近道」について。
 私は異論者を理解する手段として科学を始めたと言っても過言ではありません。  
 一般論として、相手に自分の考えを理解してもらいたいなら、一方的に考えを押し付けるよりも、理解してもらいたい人についてまず理解した方がより確実ですしかえって手っ取り早いですよね。
 自分は相手よりも正しいという信念のもと、相手にマウントを取ったり、相手を正しい方向に導いてあげようだなんて態度を取ったりするのは、むしろ相手の態度を硬化させ対立を深めてしまう手段だと考えております。

 3「科学たる科学は人々から正しさが認められる」について。
 科学には決まりごとがあり、その決まりごとに従って適切に行われた科学研究の結果は、一般に人々から支持されます。そしてその結果は人々に扱われる道具となります。
 私が差別や偏見を理解するための道具を作り出せば、それを用いる人々によってどんどん理解は進んでいくのではないか。その帰結として不当な偏見が減っていき、それが差別の低減にも結び付くであろう、と考えています。
 だから私は、その道具作りをしたくて科学をやっています。

 もちろん、ここまでで述べたのはあくまで私の話です。
 院試の面接で聞かれ得ることでもあるので、自分なりの、先生を納得させられるだけの志望動機を言葉にしておく必要があります。


【2】研究計画-自分の研究に必要な環境を知る

 志望動機をはっきりさせることができたなら、その欲求を達成するための研究計画を考え、文章化します。
 学術論文で言うところの「問題(目的)」と「方法」の記述にあたります。

 受験の時点で完璧な計画を立てる必要はありません(もちろん、完璧であるに越したことはありません)。
 自分がやりたいことを人に伝えられる形にすること、その過程でそのやりたいことを行うために何が必要かを自分ではっきり理解しておくことが、進学のためには重要です。

 ただ、合格したならば、院進学までに研究計画をブラッシュアップしておくことをお勧めします。
 留年しなければ、修士課程はたったの2年間です。入る前にできることはやっておいた方が、貴重な時間を無駄にせずに済みます。


【3】研究室選び-「ジェンダーに詳しい先生」よりも「研究ができる先生」

 研究室を選ぶ際の必要条件は2つです。

(1)立てた研究計画が実行可能であること
(2)立てた研究計画の分野の心理学に詳しい先生がいること

 (1)「立てた研究計画が実行可能であること」について。
 たとえば先行研究で扱われている高額な機材やプログラムを使って研究したいのであれば、それがある大学に行く必要があります。
 また、男女両方の学生のデータが欲しいなら共学の大学に行った方が明らかに研究が楽です。女子大学はジェンダー研究が盛んであることが多いものの、心理学分野でジェンダーやセクシュアリティの研究をしたいのであれば、大学内で男性のデータを取ることができないという点について考えておくことをお勧めします。

 (2)「立てた研究計画の分野の心理学に詳しい先生がいること」について。
 これは心理学専攻を志望するならば、の話ですが、立てた研究計画が社会心理学の範囲なら社会心理学の先生のところに、犯罪心理学の範囲なら犯罪心理学の先生のところに……といった感じです。もちろん、先生が具体的にどのような論文を発表しているかも確認し、自身の関心と照らし合わせます。
 研究室の先生が心理学に精通していることは、研究室の先生がジェンダーの研究をしているかどうかよりも重要だと考えます。
 むしろ先生がジェンダー研究をしているかについては、個人的にはそこまで重要ではないと考えています。ジェンダーについては自分がプロであれば十分です。
 心理学以外の学術分野についても、基本的に同じことが言えるのではないかと思っています。研究の道に進みたいのであれば、やりたい研究の分野についてしっかりと指導を受けられる先生のもとで、意義のある研究を積み重ねていくことを優先して考えるべきだと考えます。


【4】大学院生活における人間関係

 最後に、この分野の研究を大学院で行っていく際の心構えのお話です。

 ジェンダーやセクシュアリティの研究をしていると、イロモノ扱いされたり、忌避されたり、セクハラされたり、パワハラされたり、いじめに遭ったりする機会が……誰にでもあるわけではありませんが、私の知る限りではあります。
 「気に入らない人間は言葉でぶん殴って良い、それでその人間が病もうが自業自得」といった考え方をする方々は、心理学の世界にも須くいます。
 そしてそのような方々は自己の正当性を確証するために、あらゆる手段を講じて味方を増やし、孤立させようとしてきます。

 マイノリティに関する差別や偏見の研究をするということは、自身がマイノリティの理解者であることを表明することに等しく、それはその偏見を持つ狭量な方々に敵意を知覚させ得ることでもあります。
 ですので、この分野の研究を行う以上は、同じ研究環境にそのような方々がいた場合や、自分が攻撃のターゲットにされた場合の自衛手段は予め考えておくに越したことはありません。具体的には、少なくとも、自らケンカを売らないことと、無用なケンカは買わないこと。
 そして自身がセクシュアルマイノリティの当事者ならば、できるならばクローズでいた方が身のためと考えています。その方が自分の研究に時間を使えますし、精神的健康のためにもなります。大学院という狭い環境で、個人のセクシュアリティを理由にネガティブな扱いをする人間が存在し得る以上、理想論に従って生きていくためにはかなりのエネルギーが必要です。

 もちろんこれらは指示ではなく、また唯一の正解でもない、あくまで一個人の感想です。仮にあなたが私の考えを過剰であると思うのであれば、あなたは少なくとも私がいる世界よりも恵まれた世界に今生きているのでしょう。


 下準備や心構えとしてすべきと私が思うのはこれくらいです。
 記述試験の勉強方法についても学生からよく聞かれますが、これは大学入試と同じです。志望校の過去問を手に入れたら、同じ出題形式で自分で問題を作って解いて採点の繰り返し。
 繰り返しにはなりますが、ここに示したのは唯一の正解ではなく私の意見です。できるだけいろんな人の考えを聞くと良いと思います。


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堀川佑惟(Yui Horikawa)
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