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【こころ #5】ボランティア経験から精神医療の研究者へ

川口 敬之さん


 『NCNP』という組織をご存じだろうか?正式名称は『国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター』とちょっと長いが、精神疾患・神経疾患・筋疾患・発達障害を克服する高度専門医療を提供する国立の組織である。

 『作業療法士』資格を持つ川口さんは、そのNCNPで、メンタルヘルスのより良いサービスの開発や政策研究に関するリサーチをされている。


 川口さんは、もともと今の仕事と全く関係ない物理を専攻して大学に入学した。そこで、ある学生ボランティアサークルに出会う。毎週土曜日の午前中、18歳以上の知的障害者であって雇用されることが困難な方が入所または通所される『授産施設』を訪問し、意思疎通が難しい方と一緒にゲームやスポーツをするボランティア。その企画内容は基本的に学生に任されており、「利用者さん一人ひとりの特性に合わせて準備することが楽しくて、それで笑ってくれたりすると嬉しかった」。

 これを「仕事にできないか」と思い始めるや、好きな物理の授業も手につかなくなる。仮面浪人して医療系の大学を受け直すことを両親に伝えると、止めるどころか「中途半端なことをするな」と言われ、在籍中の大学に退学届けを出し、医療系の大学に入学し直した。


 大学に入り直してどの道に進むか。「ボランティアに目覚めた」延長で知的障害や心に病をもった方に携われる仕事がよかった。得意な物理を活かして『理学療法士』の選択肢もあったが、「ちょっとしたつまづきを分析したり、こういうサポートがあれば乗り越えられるという視点が作業療法に近かった」から『作業療法士』の資格を取得した。さらに、その先の進路も、脳卒中や小児リハビリまたは高齢者施設に進む学生が多い中で「精神障害の専門領域と決めていた」。

 言葉通り、大学卒業後は、精神科病院を二カ所経験し、母校の大学教員としても勤めた。そのキャリアを通じて、川口さんの中で自身が深めたいあるテーマが膨らんでいった。精神障害のある患者さんの入院やその期間、治療内容などを、地域の現場で、医師の指示だけでなく患者本人の意見も取り入れて共同でどう意思決定していくか。


 そんな折、運命の出会いが生まれる。現在、NCNPの地域精神保健・法制度研究部で部長を務める藤井千代先生の講演。内容は、精神障害のある方が必ずしも入院ではなく地域の中で住みやすくする「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」。まさに川口さんが深めたいテーマだった。さらにその後、同部の精神保健サービス評価研究室長を務める山口創生先生の「患者市民参画(Patient and Public Involvement: PPI)」に関する講演を聞く機会にも恵まれ、「二人の講演で雷が落ちた」という。PPIとは、障害のある当事者・市民と研究者が一緒に、あるいは当事者・市民によって研究を行うことを意味する。

 大学を入り直すことを決めたときのように、居ても立ってもいられなかった。川口さんは、自身の名刺を握りしめ、将来の上司となる藤井先生の講演後の質疑応答の列に並んだ。質問は一つ。「研究部にポストの募集はないですか?」。その一言のために、後ろに並ぶ人には順番を譲り、最後にゆっくり話せるように画策したのは、今となっては笑い話だ。


 最初にお仕事をご紹介した通り、川口さんは念願叶って、NCNPでメンタルヘルスサービスの開発研究に携わる夢を実現した。そして、ご自身の中で育ててきた、より患者自身の意思を尊重する「当事者主体」の延長として現在、PPIの中でも当事者・市民の最も研究へ参加度が高い「当事者主導研究」に注力されている。

 「当事者が感じている課題や希望を、当事者主体で研究に反映し、研究成果が活用されること」、さらには「そこに企業も一緒に入って新しいサービスや製品の開発につなげていくことができるはず」と力説され、「そのための『PPIセンター』のような枠組みをプラットフォームとして、研究者と開発者でこういう開発したい、市民からはこういったものが欲しい、をマッチさせるお膳立ての基盤づくりをしたいですよね」と語り合った。

 同じ想いを共有する仲間に出会えた気がした。想いだけで留めず、これから共に歩みたい。



▷ 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター




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