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【こころ #22】当事者起点で社会が変わることを諦めない

山口 創生さん


 山口さんは、精神疾患・神経疾患・筋疾患・発達障害を克服する高度専門医療を提供する国立の組織である『NCNP(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)』に勤める研究者であり、地域精神保健サービスの研究に当事者や家族と一緒に取り組む『患者市民参画(Patient and Public Involvement: PPI)』の実現に尽力されている。それは、第5話でご紹介した川口敬之さんが、NCNPに入るきっかけにもなった。


 山口さんは、福祉学部に進学して多様な実習を重ねる中で、純粋に「精神疾患の当事者と一緒にいること、会話をすることが楽しかった」という。さらに、「知人が統合失調症を患うと、その人の周囲からサーっと人がいなくなった」経験が、『スティグマ』に関心を持ち、その研究の道に進むきっかけになった。『スティグマ』とは、「精神疾患など個人の持つ特徴に対して、周囲から否定的な意味づけをされ、不当な扱いことをうけること」を指し、日本語の『差別』や『偏見』にも対応する。


 スティグマを無くすために、どうすればいいか。山口さんは、それを専門にする英国の研究者のもとへの留学も経て、「(精神疾患の)当事者と会うことが解決策だと気付いた」。加えて、一過性ではなく「継続的に出会うことが必要で、しかし学校教育の中に入れることは難しい。だから地域の中で自然と身近に当事者がいる形をどう作るか」という結論に至った。

 その観点で、今の日本の状況をどう見るか、山口さんに聞いてみた。「昔に比べて障害福祉事業に民間企業も参入するなど、精神疾患の当事者にとって地域で通所や訪問などたくさんのサービスを選べる時代になったと思います」。でも「中重度の精神症状を抱えた当事者は家からなかなか出られない。そういった方々が地域で暮らしていけなければ結局入退院を繰り返すことになってしまう」。そのような状況は、精神障害を悪い意味で特別なものにしてしまう。

 それを避けるためには「(医療・福祉に携わる)多職種が連携して自宅や生活圏に訪問していく“アウトリーチ”を通じて生活を支えることが必要で、他の先進国であれば標準装備。」と話された。一概に日本が世界より遅れていると言いたいわけではない。「日本の医療アクセスは自分から医療・福祉機関を訪れることができる人にとっては抜群だけど、自分からSOSを発信できない人にとっては利用しづらい」。後者の目配せを願ってのことだ。


 そんな中から、今の仕組みを変えていけないかと、当事者と共に研究をする『患者市民参画(PPI)』という活動を始めた。現在では、研究者や当事者がパートナシップを築き、責任を分かち合いながら、研究活動の全ての側面で協働する『共同創造』という言葉のほうが注目されているかもしれない。

 山口さんが取り組んだ背景には、英国の事例があった。例えば、電気で頭部を刺激することにより、脳のけいれんを誘発し、様々な精神疾患によって障害を受けた脳の機能を回復させようとする『電気痙攣療法』という治療法があり、かつて研究者の間では副作用がないものと高評価されていた。しかし実際に当事者が中心になって取り組んだ研究からは記憶が飛ぶなどの副作用が指摘され、最終的に治療のガイドラインが変わるまでに至った。まさに、当事者起点で仕組みが変わったのだ。


 PPIに対して大きな期待を抱く一方で、山口さんには当事者のご家族から言われた忘れられない言葉がある。「でも、日本だとそういったエビデンスって意味ないですよね?どれだけ研究を頑張っても社会を変えられる気がしない」。英国で『患者市民参画(PPI)』が盛んな理由は、研究結果が政策に生かされやすいという土壌があるからに他ならない。

 英国など「他の国にも当事者・家族団体はたくさんあり、そういった団体の存在は大きい。それは日本も同じです」。そう言う山口さんは、こう続けたかったのではないか。だからこそ一緒に得たエビデンスが政策に生かされてほしいと。

 山口さんから続けて出た言葉はこうだった。「『患者市民参画(PPI)』や『共同創造』は、現場で一緒に考えるところから始まります。政策でなくても、まずは地域で“身の回り”から始めてみてほしい」。

 現場から政策にたどり着く道は遠いのかもしれない。でもやめる理由にはならない。だから誰もが自分のできる範囲から精神疾患への理解を深め、そして一緒に考えてくれないだろうか。そんな願いを受け取った。



▷ NCNP(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター)




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