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始皇帝はすごい人!中国とその歴史にハマり始めた西安滞在【DAY32-34】|働きながら世界一周

旅と全然関係ないのだが、学生時代の友達からメッセージをもらって、この旅行記を読んでくれているとのこと、「旅している気分になれる」という感想をもらって、とても嬉しくなった。

書くのは好きだけど、やっぱり仕事もして観光や移動もしたあとに、パソコンを開いてブログを書いて、気づいたら深夜2時みたいなことになって、そろそろ眠いな、でも書き上げたい気持ちと戦い続けることはあるから、やっぱりそういう言葉は励みになる。

さて、桂林から移動して、西安に丸3日間滞在した。深夜便だったため、西安の空港についたのは、深夜0時半ごろ。西安空港は立派で綺麗で、大きかった。中国4000年の歴史に迫る、どきわくの西安の旅が始まる!


1.深夜のハイキング

事前情報では、西安の空港から市内に移動する手段は、深夜の場合はタクシー以外ないとのことだった。空港から市内まで、これまた40kmくらい離れていたので、「タクシーでも良いけど、毎度ここでお金かけるのも勿体ないな、、」と思い、空港で朝まで過ごすつもりだった。

同じく深夜便に乗っている旅行客はたくさんいて、西安の空港は深夜にも関わらず、ある程度の賑わいを見せていた。これは、何かもしかしたら移動手段があるかもしれない。到着口を出て、ベンチに座って様子を伺っていると、何やらみんな空港を出て、別の場所に向かっていく。これだけの人数の人たちがタクシーに乗るわけなさそうだと、と私もその行列について行ってみることにした。

そうすると、空港のバスセンターにたどり着いた。たくさんの人がいる。
これは深夜でもバスが動いているということなのか!
希望を胸にチケットを券売機で買おうとすると、中国のIDカードがないとチケットが買えない仕様だった。このパターンは桂林の空港でも経験していて、近くにいた係員の方に聞いたらチケット発券の対応をしてくれた。出発時間は書いていなかったけど、発券してくれるということはバスが動いているということで良いと認識した。バス乗り場に向かうと、すでに多くの人が並んでいる。
1本目は満席になって乗れなかったのだが、そのあとに来たバスになんとか乗ることできて、これで空港で寝ずに済む!と安堵の気持ちでいっぱいだった。

ただ1つ、自分のおりなければいけないバス停で、本当に降りられるのか、という不安があった。バス内では案内板もないし、バス運転手が叫ぶ停留所の名前は中国語なので、理解ができない。中国版Googleで自分のホテルの場所と、現在地を見比べて、良き場所でおりようと思っていたのだが、こういうときに限って充電が今にもきれそう。

西安は古都ということもあり、道がまっすぐで、私が泊まるホテルの付近まで、このままバスが真っ直ぐ進めば着く。バス停からホテルまでは500mと事前の案内であったので、ホテルのちょっと手前らへんのバス停で降りようと思っていた。

そして結果、私はホテルの2kmくらい手前のバス停で降りてしまった(笑)地図の縮尺と中国の広さをきちんと理解していなかったこと、そして何よりも乗り過ごしてはいけないという焦りが敗因だ。降りた時点で、深夜2時すぎ。ここから深夜のハイキングが始まる。

地図上で見ると、交差点を7つくらい越えれば着く予定のホテルなのだが、さすが中国、1つの交差点までに辿り着くまでが長い。最初は余裕だと思っていた徒歩も、だんだん9kg近くあるバックパックが肩に食い込んでつらくなってくる。ちなみに車線も片側4車線くらいある大通りで、深夜2時でも人通りや車通りはそれなりにあった。途中歩いていると、タクシーのおじさんが乗らない?と言ってきて、だいぶ誘惑されたけど、ここで乗ってしまっては負けた気分になる。私はこの深夜ハイキングを全力で楽しむんだ。もはや意地だった。

しばらくすると、城壁のようなものが見えてきて、西安らしい雰囲気になってきた。暗い中でずっしりと構えた西安の城壁はかっこよく大きく、この雰囲気を感じられただけでも歩いてよかったのではないか、と思えた。

西安の城壁。車の大きさと比較してもかなり大きい

そしてやっとの思いでホテルについた。時刻はもう3時を回っていた。
今回泊まるホテルは、宿泊客やスタッフの交流も比較的盛んなホステルタイプの宿だった。24時間フロントだったのだが、着くと長髪でアロハシャツを着たファンキーなお兄さんが親切に対応してくれた。

絶妙な時間だったので、ちょっと仕事をして軽く一眠りをした。

2.人生初の蛙料理

西安1日目は、仕事をしつつ、観光の準備をしつつ、周辺をぶらぶらするという地味な1日だった。

ホテルから歩いて1分のところに、西安鐘楼という明朝時代に建てられた立派な鐘楼があり、明るい時間と夕方、夜とで全然雰囲気も違うので、それを見るだけでも十分西安っぽさを味わうことができた。

西安鐘楼

桂林に比べるとやっぱり都会で、飲食店の数も多いし、綺麗な建物も多い。朝ごはんはホテルの近くでワンタンを食べて、昼ごはんもホテルの近くで牛肉あんかけご飯のようなものを食べた。日本より少し安い金額で食べることができて、美味しい。

朝ごはんで食べたワンタン

中国のレストランだと、いわゆる日本のメジャーな中華のメニューはあまり置いていないことが多い。地域によって料理が違うのもあるけど、青椒肉絲は、結構どこのお店にも置いてあることが多く、麻婆豆腐やエビチリ、回鍋肉などはあんまり見かけない。

大の麻婆豆腐好きの私からすると、中国に来て1度は美味しい麻婆豆腐を食べたい!と思っていた。

それで、泊まっているホテルの近くで中国の地図アプリを使って探してみると、歩いて10分くらいのところに評価の高いお店がある。そこに行ってみることにした。

お店につくと、少し1人だと入りづらそうな雰囲気はあったが、勇気を出して入ってみた。当然中国語しか通じない。

メニューを見てみると、麻婆豆腐らしきものは見つからない。地図アプリで麻婆豆腐と検索してきたときは出てきたのだけど、、そもそもアプリが中国語だし、勘違いをしていたのかもしれない。しょうがないので、何を頼もうかと悩んで、業務委託先の会社の人に「蛙は食べないの?」と聞かれたことを思い出した。

ちょうど蛙という文字が書かれたメニューを見つけたので、せっかくならと頼んでみることにした。それと青島ビール。

ビールを飲みながら待つこと10分、きた、蛙。辛くて美味しそう。

蛙料理。山椒と唐辛子が良い感じ。

頭の片隅に、蛙の姿がちらついてはいたものの、意を決して食べてみる。
よく鶏肉みたいだよって言うけれど、本当に鶏肉みたい。
身は弾力があってそれでいて脂身が少なく、美味しい。大量の山椒と唐辛子が乗っているのも、さらに旨みを倍増させた。

懸念点をいうなら、やっぱり頭の片隅に蛙の姿が消えないのと、骨が多く食べづらいことくらい。

量がかなり多かったので、全部は食べきれず、ごちそうさま。辛かったので、だいぶ汗をかいた。良い経験だった。

それにしても中国は日が長くて、夜19時半でも、まだ辺りは明るい。夕日に照らされる西安鐘楼はとても綺麗だった。

3.憧れと現実の間で。それでもすごかった兵馬庸

今回の西安訪問の目的でもある、兵馬庸。西安滞在の2日目に訪れた。前日にホテルの人に聞くと、兵馬庸行きのバスが最寄りの駅のチケットカウンターで買えるとのこと。当日行くのは不安だったので、前日の夕方にあらかじめチケットを確保しておいた。

朝8時半発のバス。バスに乗る前に、朝ごはんを食べようとたまたまホテルの近くに出ていた屋台で、お客さんが並んでいたので、私も並んでみた。おじさんがクレープのようなものを焼いていて、焼いた生地に野菜や魚肉ソーセージをサンドしている。あとから調べたら「鸡蛋灌饼」という名前で、卵が入った生地にいろんなものを挟んで食べるみたい。とにかくこれがめちゃくちゃ美味しくて、それまで食べた中国料理の中でベストグルメだった。位置付け的にはB級グルメだと思うのだけど、私はこういう安うまグルメが好きなのかもしれない。生地に味付けの味噌っぽいものを塗っていて、さらに少しラー油をアクセントとして入れているのも美味しい。

朝から並ぶ屋台
買ってみた。中には野菜や魚肉ソーセージが入っている

駅前のベンチでそれを食べたあとに、集合場所のチケットカウンターに向かった。すでに10人ほどの人が待っていた。まずミニバスでバス乗り場まで移動し、バスに乗り換える。他のツアー会社のお客さんも乗り込んできて、バスはほぼ満席だった。

兵馬庸まではバスで1時間半ほど。私はバスでMTGに参加しながら、移動する予定だった。
ただ桂林でも経験した、バスの添乗員のアナウンスが長い問題。

今回はバスが発車してから、結局降りるまで、ほぼ1時間半添乗員の方は途切れなく喋り続けていた。しかもマイクでお話をされるので、Airpodsをしていても耳にガンガン中国語が響いてくる。中国語ってあんまり途切れ目がなく、文字が並んでいるイメージで、本当に心休まる瞬間がなく、お願いだから静かにしていただきたい、、、最後の方はもうそれしか考えられなかった。おそらく現地でのツアーの案内やプロモーションをしていたんだと思う。バス移動は、単純な交通手段というより、その運営会社のPR手段として使われているんだろうな。

それでもなんとか現地についた。すぐに兵馬庸がある博物館の方に行きたかったのだが、1件打合せに出ないといけなかったので、エリア内にあるスタバ(中国語だと星巴克)に行って、その後兵馬俑博物館のチケット売り場についたのが12時過ぎ。チケット売り場は、省人化されていて、基本WeChatでチケット買ってくださいねというスタンスだった。ただ、このWeChatで観光地のチケットを買うパターン、中国内の電話番号を求められるケースがほとんどで、純粋な外国の観光客はすんなり買えない。ということで、結局ほぼ人のいないチケット売り場の近くに立っていたお姉さんに声をかけると、だるそうにチケットを発行してくれた。
苦労しつつなんとか、チケットを買って、入口に並び、いざ中に。平日にも関わらず、入口も中も人でごった返していた。

そもそも博物館って書いてあるから、入口に入ったら建物があるのかと思っていたら、普通に野外だったので拍子抜けした。しかも、教科書で見たことのある、何体もの兵馬俑が並んでいるところに行くには、入口から10分ほど歩かないといけなかった。ゴルフ場のラウンド回るみたいなイメージ。お金を払ったらリアルにカートで移動できるようになっていて、そのカートにも大行列ができていた。これもWeChatでチケットが発券できるのだが、案の定中国の電話番号がないとだめ。外国人に優しいのか優しくないのかわからない。

西安に着いて深夜のハイキングをしたときに思ったのが、「中国って広いなー」だったけど、この兵馬俑の敷地も相当広い。いろんなお土産屋さんや飲食店が並んでいるエリアも広いし、博物館の中も相当広い。途中の野原で、見知らぬ美しい鳥に出会った。

見知らぬ美しい鳥

炎天下の中、自然溢れる敷地を10分ほど歩き、やっと目的のエリアに着くことができた。兵馬俑が埋められていた坑は全部で4つあり、そのうち1号坑が最も大きく、写真でもよくみるやつ。2号坑と3号坑も見ることができる。

いよいよ本物の兵馬俑が見れるんだ、と高鳴る胸をおさえ、また炎天下の中行列に並ぶ。やっと順番がきて階段を登ると、その先には圧巻の兵馬俑の数々、、、の前に圧巻の観光客の数だった(笑)
そらそうだよな、と思いつつ、ほぼ360度から見れるようになっている見学の柵にはたくさんの人が敷き詰められていた。特に正面については、写真を撮ろうとする人、子供に見せようと必死なお母さん、謎のおじいちゃんなどで戦いが繰り広げられている。中国の人の数と圧力はやっぱりすごい。

それでも圧倒的な数の兵馬俑だったし、特にサイドから見た時にそれぞれの兵隊さんに個体差があったり、首がないやつがいたりするのが見れて、面白かった。これを作ろうと言って、実際作らせた始皇帝はすごい。当時の始皇帝の権力と、巻き込まれた労力と、そして実際にこんな兵の数々が戦場に出ていたと思うと、リアルキングダムの世界だ。

正面から見た兵馬庸
サイドから見た兵馬庸

そこから人混みを抜けて、2号坑も見に行って、資料館みたいなところにも行って、3号坑まで行く元気はなく、ここで終了。

その後ご飯を食べて、またスタバに行って、打合せをして、現地のバス手配してくれそうな窓口でバスに乗ることができて、ホテルについたのは19時すぎだった。ちなみに帰りのバスの添乗員の人もずっと喋っていらっしゃったけど、行きよりかは短めで安心した。謎にたくさんのお菓子を配布されて、おそらくお土産として買えよってことなんだと思った。

兵馬俑に行って、始皇帝という人の功績や作った国について、俄然興味が湧いてきた。始皇帝が作った中央集権制度や、貨幣や文字、単位の統一、そして外敵から国を守るための万里の長城など、未だ現在の中国の礎となっているものが多く、そう思うと本当に、当時は誰もやろうとしなかったことを始めたイノベーターだったんだな。その分、反感も大きく最終的には反乱が起きてしまったのだけど。

兵馬庸博物館から見た景色。
昔中国の将軍たちはこういうところで戦ったのだろうか

秦の始皇帝の話から派生して、その後の項羽と劉邦についても、昔漫画で読んだことを思い出した。項羽は激情型な一方、劉邦は無骨なやさしい人かと思いきや、劉邦も漢を作ったあとに項羽との戦いで活躍した側近の軍将たちを殺していて、なかなかこの時代はやることがえげつないな、、、と改めて思った。でも時が変わっても、政治の世界で行われていることって似ているよね。権力を持ち続けるために、なぜそこまでするのか、というのが私の感覚からすると信じられないのだけど、生まれた出自や運命のようなものがあるのかなあ。それか、1度手にした権力への執着か。1度得た幸せや快感を手放すことって、人間は苦手だよね。

4.陝西曆史博物館で中国の歴史を学ぶ

西安最終日には、中国の特に西側のエリアの歴史と文化遺産を見ることができる陝西曆史博物館というところに行ってきた。
この博物館、予約が必要なのだが、純粋な予約チケットは私がネットで見た時はとれそうになく、ツアーに参加するしか入館する方法はなさそうだった(多分)。

いろいろ情報を探してみて、ちょうどよく参加できそうなのが、中国語のツアーしかなかったので、中に入れれば良いかと思い、それを申し込んでおいた。

当日朝にツアーの集合場所に行くと、現地ツアー担当者がそこら中にいて、どの人が私が申し込んだツアーの担当の人かわからない。1人1人それっぽい人に話しかけるも違うと言われる。困ったと思っていたら、別のツアー参加者の中国人の女性が助けてくれた。担当者の人からWeChatで電話がかかってきたのだが、私の代わりに出てくれて、担当者と会話して引き合わせてく
れた。本当に中国の方は親切で優しい人が多い。

ツアーは当然中国の人しかおらず、全部で15人くらい。いざツアーが始まり博物館の中に入ると、人でごったかえしていた。東京の上野の美術館の土日の人の多さもすごいけど、その2倍くらいは人がいたと思う。やっぱり中国の人口はすごい。

博物館の中の様子

耳にワイヤレスイヤホンのようなものをつけて、ツアー案内の方が見所の展示物のところで説明をしてくれる。私は中国語がわからないので、説明は聞き流しながら、自分の見たい展示物を見ながら、英語表記の説明を解読し、博物館を楽しんだ。ただ、その表記の説明を読むのも人をなんとかかき分けて見ないと見ることができない。館内は人の多さで熱気がこもっており、空気が薄かった。

博物館は中国の紀元前から周、秦、漢、戦国時代、隋、唐、宋など時代順に展示がされていて、展示室を4つほど回るような仕様だった。

最初の入り口にある石のライオン。唐の呉則天皇后の母が埋葬された石の複製らしい。

最初の方は人の多さで辟易していたが、やはり時代の変遷に合わせて、作られているものの素材が変わって行ったり(最初は石とかだったのが、途中から青銅器になり、鉄や金になりみたいな)、色合いも変わって行ったりする(唐の時代は色合いが華やかだった)のを見るのは面白かった。

周の時代らへんの石器
ここにも兵馬庸
守神たちもいろんなバリエーションがある
明の時代の王様のお墓に埋められていたらしい

また、やっぱり当時の人たちの権力を表すものとしてお墓があると思うが、そういったものの展示を見るのも興味深かったし、唐の時代に作られていた絹の展示もあって、これが1500年前誰かが身につけていたものかと思うとわくわくした。

お墓の入り口(たしか唐の時代だったはず)
唐の時代の絹

途中、中国が他の国々と作った貿易路の地図があって、そういう他の国々との交流も含め国を発展をさせていったことがわかった。日本の文化もやっぱり中国なしでは発展しなかった部分もあるだろうから、切ってもきれない関係性がある。


各地とつなぐ貿易路

見たものを心に留めておこうと思って(人が多くて嫌になっていたのもある)、あんまり写真は撮っていないのだけど、西安に行く機会がある方はぜひおすすめしたい博物館だ。そして行くなら平日をおすすめする。

博物館を出ると、雨が降っていた。中国に来てから初めての雨かもしれない。雨に濡れながらご飯屋さんに走って、その後タクシーでホテルに帰った。

5.ホステルの人たちとの温かな触れ合い

今回西安で泊まったホステルはとても居心地の良いホテルだった。

部屋は8人の女子部屋だったけど、きちんとベッドごとにプライベート空間が確保されているし、大きめのロッカーもあるのでセキュリティも安心だし、何より綺麗だった。水回りも共同だが、清潔感もあり問題なく使うことができた。

そして、共用部はバースペース、ワークスペース、読書スペース、ビリヤードスペースがすべて一緒になったような広いエリアがあって、そこで仕事することもできたし、ゆっくりリラックスすることもできた。軽い軽食や飲み物も頼むことができるので、カフェ代わりとしても使える。

スタッフの人たちはオープンで親切な人が多かった。英語も喋れる方が多かった。ランドリーを使おうとして、またもや中国の電話番号がないと使えない問題が発生したときも、助けてくれた。

金曜と土曜の夜には、ライブがあると書いてあって、たまたま2日目の夜が金曜だったので、共用部で仕事していると、チェックインのときにお世話になったアロハシャツの長髪のお兄さんがギターを持って歌い始めた。とても優しく素敵な歌声だった。
中国語の歌が多かったのだが、途中で「Let it be」を歌っていた。その週、仕事で辛いことが多かったため、だいぶ胸に沁みた。本当に良いことも悪いこともいろいろあるけど、ありのままでいることしか私にはできないよなって、思った。

ホステルのライブ

最終日、チェックアウトした後も結局夕方までそのホテルの共用部で仕事をしていた。Youtubeの編集をしていたら、スタッフのお兄さんが話しかけてくれて、雑談した。西安滞在話や、そのお兄さんもクルーズ船のツアーで日本に行ったことがあること、出身は中国の白銀市というところだと言っていた。何もないところだよ、と笑っていた。

6.西安まとめ

西安は、思った以上に快適な滞在で、もっと長くいてもよかったと思えるくらい名残惜しい滞在だった。大雁塔という唐時代に建設された建造物など、見れていないものもある。

至るところにフォトスポットがある街でもあった

世界旅行が一通り終わったら、また帰ってきても良いかもしれない。同じホステルに泊まって。世界各地に、そんな風に自分の居場所ができるのって幸せだ。そう思うと、ゲストハウス業もすごく素敵な仕事だな。

西安最終日は午後からずっと雨で、雨の中西安駅に向かった。18時過ぎ発の北京行きの列車に乗る。

雨の西安駅

旅はまだまだ続く。


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